オネエは妄想する
私の名前はアデルハイト・フェルナンデス。
フェルナンデス伯爵家の3男で、趣味で仕立て屋を経営する女装が趣味の変わり者・・・というのは表向きの姿で、本当の仕事は・・・まあ今は関係ないわね。
そんな私の店にマーヤが来るようになったのは、今から2年近く前のこと。
初めて見た彼女の第1印象はとにかください。その一言だった。
白いブラウスにグレーのだぼっとした分厚い生地の上着を着て、スカートは踝までの長いスカート。
背も低く黒目黒髪で地味な印象なのに、服のせいでもっと地味になっている。
そんな彼女はおどおどと私に言った。
「あの、ここに来るのは初めてなんですけど・・・」
「あら・・・まあいいけど。どんな服をご希望ですか」
「ええっと、あまり目立たないような・・・地味な服が欲しいんです」
この女これ以上地味になってどうするつもりなのかしら。気がしれない。適当に置いてある在庫を押し付けてとっとと帰ってもらいましょう。
そんな事を考えていた私は、今思うときっと態度がむちゃくちゃ悪かったと思う。
「・・・地味ねえ。まあいいわ、とにかく一度採寸するから上着を脱いでちょうだい」
「あ、はい」
私は彼女を採寸室へ連れて行くと上着を脱がせ、背中に回ってメジャーを当てようとしてーーー驚いた。
黒い髪からのぞく白く細いうなじは妙に艶めかしく、サイズの合わない白いブラウスの襟足からは黒の繊細なレースの下着がちらりと見えていた。
思わず私は息を呑み彼女をまじまじと見つめる。
ありふれてるはずの黒髪は艶やかに肩の上で揺れ、神秘的な漆黒の瞳は所在無さげに揺れている。野暮なブラウスに隠された身体は華奢だけど、魅惑的なふくらみがブラウスのボタンを外そうとささやかな抵抗をしていた。
なにこれやばい。
突如として動かなくなった私の様子を不審に思ったか、彼女は顔をあげ鏡越しに私を目を合わせた。
「あの・・・?」
「あ・・・いえ、ブラウスもスカートもサイズが合ってないわね」
「ああ、そうなんです。これは借りてる服なんです。・・・えっと、もしかしてブラウスとスカートも脱いだ方がいいんですか?」
「えっ!?ええと・・・そうね、着てない方が測りやすいわねっ」
恐らく彼女はこの国に来たばかりで、仕立て屋の事など何も知らないのだろう。
そんな彼女の無知につけ込む自分は卑怯だと分かっているけど、正直この時ほど自分がこの仕事をしていてよかったと思ったことはない。
彼女は顔を赤らめ少し躊躇してからゆっくりスカートを下ろすと、ブラウス1枚になった。
「全部脱ぐのは恥ずかしいので・・・あの、これでもいいですか?」
「も、もちろんよ」
思わずごくりと唾をのみ、平静なふりをして彼女にメジャーを当てる。
ふとももの半分まで隠れるブラウス1枚だけの彼女は、鏡の中で不安げに、そしてひどく儚げに見えた。
職業柄女の身体はそれこそ飽きるほど見てきたし、フェルナンデス家の3男という餌に食いついてくる女にも食傷気味だったのに。
あんなだっさい服の下にこんな魅力的なものが隠れてるなんてね。まいった。これが一目惚れってやつかしら。
やがて服を着た彼女に胸を目立たせない、綺麗な足が隠れる、敢えて地味な色の服を勧めると、彼女は何故か嬉しそうに頷いた。
「そうね、そんなに難しい注文じゃないから1、2週間で出来ると思うわ。その頃またお店に来てもらえる?ああ、私の名前はアデリーンよ」
「私はマーヤです。あの、実はあまりお金を持ってなくて・・・お給料が入ってからの支払いでもいいですか?」
「そんなこと気にしなくていいわよ。貴女、服を受け取った途端に逃げやしないでしょ?」
「それはもちろん!あの、私、港にある食堂で働いてますから」
「ああ、あそこね、わかったわ」
以来女友達のふりをして、まるで怯えた小動物のような彼女が私に心を開くのを辛抱強く待った。
少しずつおどおどした様子がなくなり、口調もくだけ、私の前でよく笑う様になった。
まるで花が綻ぶように、隠しきれない魅力がどんどん溢れてくる。
そんなある日、マーヤは言った。
「私、これからは好きな服を着たいの」
聞けば今まで目立たないように暮らしていたけど、もうそろそろ変わりたい。
一人暮らしを始めるから、それを機に服も自分の好きな物を着たい。
そう言って私の前で嬉しそうに笑うマーヤ。
「いいじゃない、私も協力するわ。あんたもとは悪くないんだからもっと可愛い服を着ないと。そのうち私ぐらいしか見る人がいなくなっちゃうわよ」
私にすっかり気を許した彼女に、少しずつ私の好みの服を着せていく。どんどん私の好みになっていく可愛いマーヤ。
そんなある日、彼女が嬉しそうにこれが着たい服だと描いてきたデザインを私に見せた。
鮮やかな色の、私が今まで見たことのない扇情的なデザイン。
マーヤ!この服一体誰の前で着るつもり!?
思わず彼女がこの服を着たところを想像して、一気に箍が外れそうになる。
「小さい時からこの服に憧れてて、一度着てみたいって思ってたんだよね」
「あら!これなかなか可愛いじゃない。マーヤは胸が大きいんだからもっと主張する服着ればいいのよ。武器は使えるうちに使わないと」
「あははー、そうかなあ。女が一人だと色々危ないかと思って、極力目立たないようにしてたんだよね。でも私元々地味だからさ、そんなことする必要まったくなかったって、最近ようやく気が付いたよ」
かれこれ2年近く隠れるようにして暮らしていたマーヤ。もう隠れなくていいの?マーヤを変えたのは誰?それはもしかて・・・?
「大丈夫よ!いざとなったら私がマーヤのこと護ってあ・げ・る・か・ら!」
「えー、そこはやっぱり素敵な彼氏に護って欲しいんだけどなあ」
「なに贅沢言ってんの。あんたには私で十分よ!さあ冗談言ってないでちょっとこっちに来なさい。色を見させてちょうだい」
そう言って私は笑う彼女を採寸室に閉じ込める。
必要もないのにわざと彼女の髪に触れ、かすめるようにうなじに触ると、彼女はくすぐったいのかくすくすと笑った。
「・・・ふふ、アデリーンの方が髪の毛結ぶのが上手いってどういうこと?」
「あんたほんとに女子力の低い残念な子ね」
ああもうなんて可愛いの!今すぐ食べちゃいたい!
この場で押し倒したい衝動を堪えて、彼女を私の腕でそっと包んだ。
「うん、マーヤの肌の色だと、少しグリーンが勝ってるほうが似合うわ。これにしましょう。ほら見て。最初のブルーのよりこっちの方が似合ってるでしょ?」
私の腕の中にマーヤがいる。少し力を入れるだけで、あっという間に彼女を捕まえられる・・・
そんな妄想をぐるぐるして彼女の話なんて聞いてなかった。
急にマーヤが振り向いて、その唇に危うくキスしそうになるのを何とか誤魔化す。
「・・・まったく、あんたは自分で自分のこと知らなさすぎ。鈍感なのよ!」
1週間したらまた来ると言って帰っていくマーヤ。
わかったわ、あと1週間ね。今までさんざん私のこと待たせたんだから、もう待たない。次こそいただくわよ?
「・・・まったく鈍感にも程があるわ。もうそろそろきっちり捕まえとかないと、これ以上放置しておくのは危険ね。マーヤ、覚悟しておきなさい」
「アデル?アデルどこにいるの?アデール?アデルハイト!どこですか!?」
「・・・ああ母上、聞こえませんでした。何か御用ですか」
アデリーン呼びに慣れすぎてしまい、うっかり本名を呼ばれてるのに気が付かない人。




