第六話 後悔するより前を向いた父親達 Side父親
「この度は、我が娘のために尽力していただき、ありがとうございました」
ミテルの父キテルが頭を下げるのは、サトイの父であり、メモリー大公当主のオールだ。
彼は、国王である兄に対し、唯一残された家族というしがらみの為に長年苦悩し続けていた。
二度と身内での争いを起こさない為に国王の長子を次期国王に定めた法律を作ったが、トロイのあまりの資質のなさに直談判をしたのは一度や二度ではない。
しかし、その度に、
『やはり、お前も王になりたいのだな』
と兄が疑心暗鬼を深めていく。
そうではないことを示すため、必死に国のために働いたが、全てが焼け石に水。
優秀と名高いリメンバー公爵家のミテルを半ば無理矢理王太子の婚約者に据えたことすら、トロイの積極的な他力本願のせいで無意味となった。
「いや、もとはと言えば、兄に付き合いすぎてしまった私のせいでもある。ミテル嬢には、長い間つらい思いをさせてしまった。申し訳ない」
血で血を洗う権力闘争の末に、現在の国王が国を治めることになったことは、全ての国民の知るところだ。
何年もの間、それで国が疲弊し、今もなお残党とおぼしき賊が、各地で騒ぎを起こしている。
だからこそ、争いの起こらない方法で早く跡継ぎを決め、その子を支えようとしたのだ。
こうなると、トロイも被害者だ。
父親である国王が、自分の選択が間違いだったと認めたくない故に、王太子から降りることも出来ずに被害を拡大した。
「息子に言われました。何を一番守りたいのかと。私は、自領の民を守りたい。我がままだとは思うが、この国の為に彼らをこれ以上疲弊させるわけにはいかないのだ」
オールを慕い、彼の治める地域に多くの移民が流れ込んでいる。
手厚い保護と安い税のお陰で、他の領地では考えられないくらい住心地が良いからだ。
「今、国は聖女降臨にわいている。兄も、久しぶりに穏やかな表情を浮かべていた。私が、大公国を独立させたいと言うと、『聖女の恩恵を受けられなくなるというのに、馬鹿なやつだ』と逆に哀れまれたよ」
悲しげに笑うオールは、この衰退していくしかない国を憂いているのだろう。
それでも、沈む泥舟に乗り続けるわけにはいかない。
「リメンバー公爵家は、爵位を返上したらしいが大丈夫なのか?」
誰もが羨む家柄と広大な領地を全て国に返してしまえば、リメンバー家には何も残らない。
それでも清々しい表情を浮かべるキテルは、ニヤリと口の端をあげた。
「オール様、私は鬼宰相と呼ばれた男ですよ?娘を人質のように取られてから、この国を離れるために、やれることはすべてやり尽くしているのですよ」
前々から、国境を接する某国より声は掛かっていた。
来てくれるなら、領民も全て受け入れるだけの領地も与えようと言われていた。
そして、ミテルが半強制的に王太子の婚約者にされたその日に、キテルは、国を売ることを決めたのだ。
「子供達は、それぞれの留学先で伴侶も見つけ永住することを決めたようです。私は、残りの人生を妻への贖罪に使おうと思っています」
ミテルとサトイのことを、それぞれの家族以外が全員忘れてしまった。
この不思議な現象を解き明かしていくと、辿り着いたのは長年連れ添った妻だった。
愛らしく、常に笑顔を絶やさなかった彼女から聞かされた『忘却魔法』の存在は、キテルに衝撃を与える。
「私は、上手くやっていたつもりだったのです。妻を愛し、子を愛せば、自ずと幸せは訪れるのだと。しかし、その裏で、父から受ける虐待にも近い仕打ちに彼女が耐えていたことなど知ろうともしなかった。きっと、よく見れば、気づけたはずだったのに……」
既に魔法により記憶を消し去ってしまっている妻。
その中には、嫌な思い出と共に大切な思い出も含まれていたはずだ。
「二度と、彼女に消したいと思うような辛い思いをさせるつもりはありません。たとえ何かあったとしても、話し合い、支え合う道を選ぼうと思ってもらえる男になるつもりです。まぁ、こんな歳になって情けないはなしなのですが」
常に人を寄せ付けない空気をまとっていた宰相が、普通の男に見えた。
その様子に、オールは、
「耳が痛い。私も、しかと気をつけよう…」
と頷いた。
誰しもが、一人では生きていけない。
だからこそ、互いを思い合う気持ちを持たなければ、誰かが苦痛や不幸を背負うこととなる。
その事に気づいた男達は、聖女と王太子の結婚式を前に、国を去った。
もう二度と、戻ってくることはないだろう。




