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【完結】忘却の少女ミテル  作者: ジュレヌク


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第四話 嘘はいっていない大公子息 Sideサトイ

この世に生まれ落ちた日のことを覚えていると言うと、人々は、彼が狂ったかと思うかもしれない。


しかし、温かく心地よい空間の中から引きずり出され、自分と繋がっていたはずのナニカと切り離された時の痛みと衝撃は忘れられるものではない。


そして、月日が流れるに従って記憶が整理され始めると、自分が一度死んだ身で、数百年後に生まれ変わったのだと理解できた。


自分の前世が『初代』と呼ばれる建国の父であると分かると、今にも崩れ落ちそうな自国の現状に情けなさと後悔が湧く。


次の国王に据えられた王太子トロイの不出来は想像を絶し、それを支える側近達の自己顕示欲の高さに辟易とした。


あれでは、国を支えるどころか崩壊を早めることしか出来ないだろう。


そんな中でも、唯一の希望があった。


それは、ミテル・リメンバー公爵令嬢だ。


あのトロイを必死に立て、少しでも国を良くしようと必死に頑張る姿は健気という他ない。


八歳で無理矢理王太子妃にされたにも関わらず、日々研鑽を重ね、余程側近達よりも頼りになる。


彼女より一つ年上のサトイは、一つ年上のトロイと常に同じ授業を受けさせられていた。


あまりに授業の進捗度が違いすぎて、トロイに合わせると退屈で仕方なかった。


しかし、そこにミテルが入ってからは、彼女の一挙手一投足を愛でる時間を楽しみにした。


たとえ己の婚約者ではなくとも、今後、国を支える同志として一生共に生きられるだけで満足だった。


ただ、歳を重ねるにしたがって、トロイは益々悪い方へと変わっていく。


全てを丸投げにし、己は楽な方へと逃げ、必死に引き戻そうとするミテルを邪険に扱う。


『私なら、大切にするのに……』


そんな切ない思いで二人を見つめ続けるうちに、サトイは己の恋心が引き返せないほど深いものになっていることに気付いた。


それでも、国のためと心に秘め、トロイに婚約者を大切にするようコンコンと説いた。



『なら、サトイが嫁にもらえばいい』



売り言葉に買い言葉だとは、分かっている。


トロイがミテルにベタ惚れなのは、誰もが知る事実だ。


しかし、この言葉だけは、サトイに言うべきではなかった。



『その言葉、忘れるなよ』



トロイに聞こえぬくらいの声音で囁くと、それ以降一切サトイは、トロイに口うるさく言わなくなった。


その事により、益々ミテルが矢面に立たされた。


トロイに礼儀作法から勉強態度、食事の仕方から、はたまた側近との友達のような気安すぎる関係まで注意をしなくてはいけなくなる。


それ程、トロイの出来は悪い。


ミテルが冷静に指摘するほどに、トロイは、感情で答えるようになっていった。


時には甘えるように謝り、時には悲しげに口を尖らせ、そして回数が多くなるほど不満を隠さなくなっていく。



『僕とミテルは、違うんだ!君は、普通じゃないんだ!』



何を普通とするのかは、人によって違う。


確かに知能の平均値から考えても、トロイは低すぎてミテルは高すぎる。


相容れない差が、どうしても存在するのだ。


しかも、ミテルが望むのは、彼女にとっての普通ではなく、『最低限』。


それすら出来ないと言われたら、どうしたら良いのか分からなくなる。



『サトイ様……私がおかしいのかしら?』



嘆くミテルを慰めるのが、サトイの役目になるのに時間は掛からない。


なにせ、ミテルとサトイの『普通』は、ほぼ同じ感覚であり、他人から見れば化け物級の天才なのだから。


更に、ミテルには同じような兄や姉がいる。


『普通の尺度』が一般人と違っても、致し方ないことだった。


この状況を打開せねばと、サトイは頭を悩ませた。


トロイに取って代わり、己が王太子になる方法は幾らでもある。


早期に結果を求めるならば、暗殺してしまうのが一番簡単だろう。


しかし、一度トロイの王太子妃となってしまったミテルをそのまま自分の妻にするのは難しい。


ただでさえリメンバー公爵家は、王家への不信感を募らせ、機会があればミテルを取り戻そうと躍起になっている。


相手がサトイに変わったからといって、ハイそうですかと素直に彼女を差し出すとは思えない。


そして、サトイ自身、



『別に、彼女さえ手に入れば、国などどうなろうと構わない』



と思っている。


前世の自分が建国した国ではあるが、だからこそ、崩壊が免れないほど衰退しているのは手に取るように分かる。


メモリー大公家とリメンバー公爵家くらいしか、まともな貴族がいないからだ。


重税を課し、市民を苦しめ、自分達は夢のように甘い世界で生きる者達は、いつか底辺の人間達から糾弾されることだろう。



『さぁ、先ずは、ミテルの代わりを用意しなければ……』



サトイは、王家の禁書に記されている聖女召喚について調べ始める。


この数百年の歴史の中で数度行われた禁術は、濃くなりすぎる王家の血筋をリセットする為に『聖女』と呼ばれる魔力量の多い女性を異世界から無理矢理こちら側に引き込む為に編み出された。


サトイの時代にはなかった為、一から研究しなければならなかったが、彼の頭脳をもってすれば難しいことではなかった。


しかも、サトイは、更に『聖女』の条件付けまで書き換えてしまった。

 



魔力無し


能力無し


男好き


見た目重視

 

低身長




トロイは、背が高くない。


もっと成長すれば、女性としては長身でスレンダーなミテルは、彼の身長を抜いてしまう可能性がある。


多種多様な条件を付け、そして、満を持して公衆の面前で召喚することにした。


場所は、学園の中庭。


生徒が集まる昼休み。


そこで、最近日常になり始めたミテルのお小言とトロイの口答えが始まる。



「貴方は、未来の王なのです」


「分かっている。何度も、何度も、何度も……聞き飽きた!」



いつものように不貞腐れ、プイッと顔を横に向けたトロイの目に入ったのは、心配そうにミテルを見つめるサトイの姿。


あえて、サトイが視界に入る立ち位置に移動したことに、気付ける頭はトロイにはない。



「ミテル…」



わざとらしく、切なげにサトイが呼べば、



「サトイ様……」



と今にも泣きそうな顔で、ミテルは、己の婚約者ではない男に救いを求める視線を向けてきた。


彼女の苦悩を知るのは、サトイだけ。


王家から丸投げされたトロイの矯正は、既に八方塞がりで、どうにもならないところまできていたのだ。


しかし、そんなことは、お花畑の中で生きているトロイには関係ない。



「なっ………お前ら」



従兄弟と婚約者の間に見える信頼の絆は、今まで一度たりともトロイに向けられたことのないものだ。


裏切られたような気持ちになった彼は、思わず感情の高ぶりに勝てずミテルに手を挙げてしまう。


公衆の面前で王太子に失態を起こさせることがサトイの最初からの思惑だったとしても、流石に愛しいと思う女が殴られそうになっているのを許すはずはない。


ミテル自身、どんなに言い争ったとしても手だけは挙げなかったトロイの振り上げられた拳に愕然とした表情を浮かべてフラリと後ろによろめいた。



ドサッ



淑女の鏡と言われるミテルが、無様に床に尻餅をつく姿は、周りの観客に様々な感情を生まれさせた。


多くのものが、トロイに向かって失望と怒りを見せ、ミテルには、同情とともに、完璧過ぎる彼女が崩れ落ちた事への微かな愉悦のようなものが混じっていた。


一部の男達は、嗜虐的な視線を向け、多くの女達は、初めて自分達より下に落ちたミテルにコッソリと口の端を挙げた。


そんな奴らに見下されるミテルは、どれほど怖かっただろう。


ミテルを庇うためにトロイの前に立ちはだかったサトイは、己の未熟さを恥じた。


しかし、このままでは、騒ぎを起こさせた意味がない。


サトイは、予め仕込んで置いた魔法陣に魔力を流し込み、召喚魔法を起動させた。


すると、突然裂けた空間から光が溢れ出し、一人の少女が現れる。


小柄で、華奢で、サトイほどではないが、やや黒に近い色の髪の毛。


なのに全く魔力が感じられず、この状況にも戸惑う素振りもなく、興味津々といった表情で辺りを見回している。


誰も言葉を発しない中、床に体を横たえたまま、ミテルが小さな声で呟いた。



「聖女様が、降臨されたのね…」



その囁きが、一つの道を示している。



『聖女降臨は、数百年に一度の慶事。何事においても、尊重すべし』



長年伝えられてきた伝承に従い、その場にいた全員で、この聖女をもてなさなければならない。


そう、先程起きた王太子の粗相など、取り上げる暇などないのだ。



 

パン!




サトイが魔力を込めて手を叩くと、円形に音が広がっていく。


精神支配系の魔力が込められた音を耳にしたものは、一種の酩酊状態に陥る。



ワーーーーーーーー!



鼓膜が震えるほどの歓声。



聖女様!聖女様!聖女!



こうして、一瞬にして全ての人間の視線は、聖女勿忘草ミナへと奪われていった。


ここで、半ばサトイの作戦は完成したと言っていい。


しかし、聖女が自分に向ける熱っぽい視線に気づき、煩わしさに舌打ちを打った。


彼女には、道化になってもらわなければならないが、自分は関わるつもりは全くない。


この歓声の中、サトイだけが剣に手を掛け、威圧とも言える鋭い視線をミナに向けた。


すると、途端にビクリと体を縮こまらせて別の方向に顔を向けた。


殺意を向ける人間を、慕うものなどいないという証明だ。


そして、周りの人間がミナに向かって走り出す中、サトイは、ミテルを助け起こして流れとは反対方向に歩き出した。



「サトイ様……我らも、聖女様を迎え入れる準備をしなければ……」


「ミテル、もういいんだ。君は、十分頑張った。聖女が降臨すれば、王太子妃の座は自動的に彼女へと移ることは知っているね?」



全てのことよりも優先されるのは、聖女の血を王家に入れること。


その為に、この召喚術が作られたのだから、結果は不動なのだ。



「君は、今この瞬間をもって、王太子妃の任を解かれる。これは、婚約の際に署名させられた婚約届にも明記されていることだよ」


「そうなのですか?」


「あぁ、私が、君に嘘を言ったことがあるかい?」



嘘はいっていないが、伝えていないことは山ほどある。


既に、サトイが、メモリー大公家から籍を抜いていること。


聖女を召喚することを予めリメンバー公爵家に伝え、ミテルを王太子妃から解放することを伝えていたこと。


そして、ほとぼりが冷めるまで、サトイがミテルを保護し、身を隠すこと。


この国の行く末に絶望した二つの大物貴族が、既に手を組み国を捨てる覚悟を決めていること。


数え上げればきりが無いが、ミテルに伝えなくても問題ないことばかりだ。



「後のことは、父上たちに任そう。私達は、ここから離れるべきだ」



下手をすれば、ミテルは、側妃に降格された上に、実務だけを受け持たされる可能性もある。


それだけ、彼女の能力は高いのだ。



「逃げてもいいんですか?」


「私が、許す。一緒に、逃げよう」



サトイの言葉に、やっとミテルは立ち上がった。


そして、この混乱の中姿をくらました二人の存在は、王太子の結婚式まで誰の記憶からも消されてしまっていた。




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