第二話 悪行は行わなかった王太子 Sideトロイ
Sideトロイ
トロイは、生まれながらに国王となることを義務付けられた少年だった。
国法によって、第一子が国を継ぐことが定められていたからだ。
こんな法律が作られたのも、過去に血で血を洗う王位継承の争いがあった為で、誰が悪いわけでもない。
激減した王族は、今ではトロイの父とその弟であるメモリー大公しか残っていない。
母を同じくする二人は、今後、争いを続けさせない為に、この法律を作った。
そのせいで、トロイは、幼い頃から想像以上の重圧に押しつぶされそうになっていた。
「もう無理だ……。何故、私なのだ……」
次々と生まれる弟や従兄弟は、皆が揃ってトロイよりも優秀だった。
特に、その最たる者は、メモリー大公の長男サトイである。
トロイよりも一年遅れて産まれたはずの従弟は、トロイの何倍ものスピードで魔法を習得し周りを驚かせた。
その理由は、明白だ。
白に近い金髪のトロイと違い、サトイの髪の毛は魔力が最も強いとされる漆黒。
王家の中でも最強と言われた初代と同じ色だった。
先祖返りとも思われる彼の出現に国中が狂喜し、口には出さないがサトイこそが次期王に相応しいという空気感が王宮内にも漂っていた。
そのことは、トロイも十分理解していた。
だからこそ、自ら王太子の座を辞すると何度も直談判したが、父には認めてもらえず、それならばと優秀な婚約者をあてがわれて更に追いつめられた。
彼女の名は、ミテル・リメンバー。
リメンバー公爵家の末っ子。
夫婦仲の良さでも有名なリメンバー家は、子沢山家族としても知られていた。
その中でも、ちょうどトロイの二つ下に産まれたミテルは、母親マリアの美貌と宰相でもある父親キテルの知性を最も受け継いでいた。
イッテルと、長子である兄キテルを始めとする6人の兄と4人の姉達は、トロイとの婚約を反対したが、王家の強い要望と母マリアの、
「私達が断れば、この国の行く末はどうなるのですか」
という説得により、最後には首を縦に振るしかなかった。
皆の心配をよそに、トロイは、ミテルに対して予想以上に誠実に接し始めた。
元々自信のなかったトロイが、二つ下の少女から勉強の手解きを受けるなど屈辱でしかない。
しかし、
「トロイ殿下、そこは、この公式を使うのです」
「そうであったか。ミテルは、賢いな」
このようなやり取りを1時間の授業で数十回繰り返しても、鼻の下を伸ばすばかりで嫌な顔一つしない。
トロイは、完全にミテルに惚れ込んでいたのだ。
馬鹿だが憎めないトロイ。
大人の思惑でハズレくじを引かされたミテルだが、ヨシヨシと彼の頭を撫でて、なんとかやる気を出させようと頑張ってくれていた。
しかし、それだけでは、焼け石に水。
未来の国王としては不甲斐なさすぎる少年の周りを固めるべく、他にも次々と彼を支えるべき若者が選び出された。
財務大臣の長男は、彼の世代ではトップの成績だった。
国王としては、王立学園創立以来一番の天才と呼ばれたイッテルに側近に付いて欲しかったが、王太子より一回り以上年上であることと、リメンバー公爵家が力を持ちすぎることを理由に本人から断られた。
辺境伯の次男は、その剣術の腕前から将来は軍部を担う存在と期待されていた。
ただ、未来の剣聖と呼び声の高いリメンバー公爵家の三男ヤッテルに比べれば見劣りした。
無論、ヤッテルにも声は掛かったが、
『妹との婚約を破棄していただけるなら、やってもいいです』
と歯に衣着せぬ物言いをされた為、即刻却下された。
そして、最後に選ばれた魔法師団団長の末っ子は、家族の中でも一二を争う魔力量を誇っていた。
残念ながら、それでも、国一番の魔力量を誇るメモリー大公家の長男サトイに比べると全てが格下だったが、反王政が推す次期国王候補を側近に据えるわけにはいかない。
選びに選んだ側近のはずなのに、なんとなくケチがついた人選になったのは否めなかった。
一応、他と比べれば三人三様に優秀である彼ら。
そして、三人同様に内心トロイを軽んじていた。
それなのに、トロイは、それすら当たり前と受け止めて、
「ありがとう。君たちのおかげで、私は立派な王になれそうだ」
と無垢に微笑むのだ。
なんとも憎みきれない彼は、人誑しという素質のある馬鹿だった。
だから、誰も気づかなかった。
ミテルが婚約者に据えられるまでは、トロイも、自分なりに努力を続けていたことを。
どんなに歩みが遅くとも、彼は、彼で足掻いていたのだ。
しかし、自分の代わりにすべてを担ってくれる優秀な補佐たちを得た彼は、丸投げをする甘さを知ってしまった。
ただ、微笑んで感謝を伝えてさえいれば、心地よく過ごせる上に、可愛い婚約者までついてくる。
気付けば、トロイは、怠惰な馬鹿に成り下がってしまっていた。
いち早く気付いたミテルが何度も苦言を呈したが、それが鬱陶しくて共に過ごす時間を短くしていく。
すると、他の三人は、未来ある地位を捨てることが怖くて口をつぐみ始めた。
どうせ、お飾りの王だ。
いずれは自分達が国を回すのだという自負という名の奢りが蔓延していた。
そんな悪循環の中、運悪く『聖女』が学園に舞い降りた。
トロイに対し、勿忘草ミナは、トロリと蜜のように甘い言葉で甘やかせてくれる。
何か大切な物を忘れてしまった気がしたが、それすら考えるのが億劫だった。
ミナと居ると、心がフワフワとしてきて、目の前のこと以外どうでも良くなった。
ただでさえ考えるのは苦手なのだ。
しかも、周りの人間も、この行いが正しいと手を叩いて喜ぶ。
「あぁ、私は、なんと幸せなんだ」
己にとって都合の良い事しか見てこなかったトロイは、食中植物に捕まった虫のように徐々に思考を溶かしていった。
しかし突然視界が鮮明になり、重いまぶたを開けると、目の前にいた神父が訝しげに首を傾げている。
「殿下、いかがなさいましたか?さぁ、指輪の交換を……」
差し出されたのは、一つの小ぶりなリングと四個の男性用リング。
デザインは同じもので、シンプルながら埋め込まれたダイアの輝きは類を見ないほどの美しさだ。
しかし、かなりの金を使って作り上げたであろうマリッジリングは、トロイの背筋を凍らせるには十分な破壊力があった。
後ろを振り返ると、自分と同じデザインの決して品が良いと言えないピンクのタキシードを着た三人の側近がこちらを見上げていた。
それぞれの青年が、苦渋、後悔、焦燥、様々な表情を浮かべている。
「トロイ様、どうしたの?」
男性陣の異変に気付いたミナが声をかけ、トロイの肩に手を置いた。
「触るな!」
バチン
トロイは、ミナの手を払いのけると神父に向かって叫んだ。
「オイ、神父!この世に神はいないのか!」
「なんと、不敬な」
「居るなら、何故こんなことになっている!」
教会の祭壇の前で、ウェディングドレスを着ているのが愛するミテルでない事に、トロイは、恐怖を覚えた。
そして、この瞬間まで彼女を忘れてしまっていたことに絶望する。
王家の人間として、魅了魔法に対する注意喚起と対策は幼い頃から行われていたはずだ。
教会から与えられた護符を常に身に着け、毒見役が口にしたもの以外は食べていない。
教えられてきたことは、全て守ってきた。
それなのに、今ある状況は、王家に語り継がれてきた『魅了魔法に落ちた出来損ない王太子』と同じではないか。
トロイは、震える両手で自分を抱きしめた。
何故なら、抱きしめてくれる人間が誰もいないからだ。
「ミテル……ミテル……ミテル……」
呼んでも、あの愛らしい婚約者の姿は何処にも見えない。
「なんでだ!私は、何一つ悪事は行わなかったのに!」
確かに、トロイは、悪いことをしていない。
ただ、良いこともしていなかった。
漫然と時間を過ごし、甘い蜜に浸って己の快楽を優先した彼に、救いの手を差し伸べてくれるはずのミテルも居ない。
「わ、私は、何故、彼女のことを忘れてしまったんだ!」
半狂乱になったトロイは、頭を掻きむしり自分の馬鹿さ加減を呪った。
もう少しだけ、思慮深ければ。
もう少しだけ、勤勉であれば。
しかし、もう、時既に遅しであった。




