番外編23. ある子息の初恋
メアリーの言葉に打ちのめされて、体中の力がぬけていく。
もう、立っているのもつらい……。
が、なんとか、メアリーの腕をつかんでいる手だけは放さなかった。
この手を放してしまったら、今のメアリーはなにをするかわからないから。
僕の残った力の全てで、メアリーの腕を強くつかむ。
が、メアリーは僕のほうをちらりとも見ない。
銀色の髪の令嬢を見たままだ。
その顔は、もれだした感情で歪んでいる。
嫉妬、憎しみ、そんなものがごちゃまぜになったような顔。
ぞわっとした……。
今まで、どんなに闇にそまった目を見ても、どんな表情をしたメアリーであっても、僕はいつだって美しいと思ってきた。
でも、今のメアリーの顔は、正直怖い……。
「せっかく、婚約を解消して、アーノルド様の前から消えてくれたと思ったのに……。なんでここにいるのよ……! しかも、あの時よりきれいになって……。あの子ばかり、ずるいわ……! そんな姿で、アーノルド様に近づかないで……!」
憎々し気につぶやくメアリー。
婚約を解消……?
そういえば、さっき、「あのとき、身をひいたはず」とか、言ってたな……。
ああ、そうか……。
つまり、あの銀色の髪の令嬢は、アーノルド様の元婚約者だった令嬢なのか……。
ショックで、ぼんやりしている頭で、やっと、そのことに思い至った。
ということは、あの令嬢は、ドルトン公爵家の令嬢。
この国では、アーノルド様のキングス公爵家と並び立つ家柄の令嬢だ。
その正体に気づけば、これだけ目立つ容姿の令嬢なのに、みんなが知らないわけがわかった。
ドルトン公爵家の令嬢は、学園には通っていなかったはずだから。
憧れの的であったアーノルド様の婚約者ということで、女子生徒たちの話題にのぼっていたけれど、聞こえてくるのは、ドルトン公爵家のひとり娘で、アーノルド様より年下、そして、体が弱いというようなことばかりで、容姿や人柄についてはなにも聞こえてこなかった。
つまり、ドルトン公爵家の令嬢本人を知らなかったということだ。
しかも、婚約解消の後は、ドルトン公爵家の令嬢はベイリ国に留学したと風の噂で聞いた。
もう卒業した頃だとは思うが、社交界にでていないのなら、今もこの国で顔が知られていないのは当然か……。
などと、ぼんやりした頭のまま、つらつらと考えていたら、突如、令嬢たちの黄色い声があがった。
見ると、銀色の髪の令嬢に、アーノルド様がかけより、まるで、みんなの視線から守るように令嬢のそばに立ったから。
「アンジェ、どうしてここに……? 来週まで、ベイリ国にいるはずだったんじゃ……」
驚いたように声をかける、アーノルド様。
「本当は、昨日、ベイリ国から帰ってきてたの。嘘をついて、ごめんなさい、アーノルド」
そう言って、申し訳なさそうに微笑んだ令嬢。
その愛らしい笑顔に、神秘的な雰囲気が、一瞬にして、親しみやすいものへと変わった。
「アンジェリン嬢に、今日ここへ来ることは、アーノルドには黙っておいてほしいと頼んだのは私だ。贈り物はサプライズのほうが楽しいからな。……って、おい。アーノルド、無視するな! 私の言葉は聞こえていないのか!? 相変わらず、アンジェリン嬢しか見えてないな、アーノルドは……」
あきれたように言うオズワルド様の隣で、リンダ様が笑っている。
確かに、オズワルド様の言うとおり、アーノルド様はオズワルド様の声が聞こえていないかのように、返事をすることもなく、その視線は、銀色の髪をした令嬢にだけ注がれていた。
「アンジェ……。ベイリ国では、いつものように忙しかったんだろう? つかれているんじゃないのか……?」
「ううん。慣れてるから大丈夫よ」
「本当に? アンジェは無理をするから。オズワルド様に頼まれて、無理やり、今日きたんだろう? もう帰ろう。早く休まないと」
心配でたまらないといった表情で、令嬢を気づかうアーノルド様。
「もう、アーノルドったら、心配しすぎよ。本当に私は大丈夫だから。……それにね、オズワルド様に声をかけていただいて、私も今日を楽しみにしていたの。社交は避けてきたから、ダンスも自信がないけれど、アーノルドとなら踊ってみたいなって思ったから」
そう言って、恥ずかしそうに微笑む令嬢に、アーノルド様が虚を突かれたように動きがとまった。
そして、次の瞬間、破顔した。
さっきまでの冷静で、大人びた表情のアーノルド様とは全く違い、本当に嬉しそうで、幸せそうな、心からの笑顔。
婚約解消をしたふたりが、再度、婚約をしたかどうかなんてわからないけれど、今のアーノルド様を見れば、これだけははっきりわかる。
ドルトン公爵家の令嬢が、アーノルド様にとったら、だれよりも大事な存在なんだということが。
僕だけじゃない。
ここにいるみんな、そう思っているだろう。
アーノルド様に惹かれて、ダンスを申し込んでいた令嬢たちも、今や、うっとりしたように、ふたりを見つめている。
今や、ここにいる誰もが、思いあっているふたりを祝福しているかのようだ。
メアリーをのぞいて……。




