番外編21. ある子息の初恋
アーノルド様に近づく令嬢たちを見た途端、いきなり動き出したメアリー。
あわてて、メアリーの手をつかもうと手を伸ばすも、すりぬけてしまった。
「メアリー、待って……!」
まわりの人たちに変に思われないよう、小さい声で呼び止める。
が、メアリーは振り向かない。
密集している招待客の間をぬうようにして、進んでいくメアリー。
その向かう先にいるのは、もちろん、アーノルド様だ……。
ダメだ、メアリー!
そっちへ行ったら、ダメだ!
近づくな、メアリー!
心の中で叫ぶけれど、当然、メアリーには届かない。
まさか、メアリーはアーノルド様に声をかけるつもりなのか……!?
ダメだ!
それだけは阻止しないと!
こんな目立つところで、みんなの関心を集めているアーノルド様にメアリーが声をかけたりしたら、噂好きな貴族たちの格好の餌食になる。
なにより、メアリー自身が一番傷つくだろう。
アーノルド様に贈り物をとりにいったオズワルド様もリンダ様もすぐに戻ってくるだろうから、絶対に、メアリーをとめないと!
「すみません……! 通してください……すみません……」
僕は謝りながら、かなり強引に混みあった招待客の間をおしわけるようにして、メアリーを追った。
そして、やっとメアリーに追いつき、無理やり腕をとった。
前にすすむことを邪魔されたメアリーが、いらだったように振り返る。
「手を離して……」
そうつぶやいたメアリーの目は、どろりとした闇にそまり、焦ったように何かを求めている。
学生時代、最初にメアリーに興味をもったのは、輝くような笑顔なのに、目には暗いものがまじっていたから。
見合いで再会したとき、いきなり結婚を申し込んだのは、闇が濃くなった目を見て、その闇ごと全部、メアリーを受け入れられるのは僕しかないと思ったからだ。
でも、今は、闇に染まったメアリーの目を見て、僕は猛烈に不安に襲われていた。
例え、仮初の姿であったとしても、闇が影をひそめたメアリーは、僕に好意をみせてくれて、僕との結婚を楽しみにして、僕のそばでおだやかに過ごしてくれた。
そんなメアリーが二度と戻ってこないような気がするから。
メアリーの目に宿る闇は欲望か、執着か……。
どっちにしても、その闇が僕に向けられることはないということだけは痛いほどわかる。
その時、アーノルド様のいるほうから、令嬢の弾んだ声が聞こえてきた。
「わたくし、ロズベル伯爵家のブリジットと申します。……わたくしと踊ってくださいませ!」
アーノルド様に近づいた令嬢たちの中から、ひとりの令嬢が話しかけたようだ。
僕がつかんだ腕をはずそうともがいていた、メアリーの動きが止まった。
アーノルド様に近づいた令嬢を、じっと見るメアリー。
令嬢は、真っ赤な色の目立つドレスを着た勝気そうな令嬢だ。
確か、ロズベル伯爵家といえば、鉱山から金がでたとかで、羽振りがいい伯爵家だったか……。
すると、今度は別の令嬢がアーノルド様の前に近づいた。
「あの……私は、マルダン伯爵家のアンナと申します。私とも踊ってくださいませんか」
「それなら、私も踊っていただきたいわ! 私は、デズモン侯爵家のティナと申します」
「あ、私はサバル子爵家の娘、カトリーヌと申します。私とも是非踊ってください!」
せきをきったように、他の令嬢たちもアーノルド様にダンスを申し込みはじめた。
「アーノルド様と踊る……? 私でさえ踊ったことがないのに……何言ってるのよ……」
憎々し気につぶやいたメアリーの声が、グサグサと僕の心を刺した。
メアリーと夜会で初めて踊った、へたくそだった僕たちのダンス。
でも、最高に幸せだった。
僕はこれからもずっと、メアリーとだけ踊りたいのに、やはり、メアリーはアーノルド様と踊りたいのか……。
そう思うと、幸せな思い出さえも、黒く塗りつぶされていく。
アーノルド様のきっぱりとした声が聞こえてきた。
「申し訳ないが、僕は踊りません」
アーノルド様の言葉に、「え、そんな……!」「少しだけでも」などと、あきらめきれない様子でざわつく令嬢たち。
その時だ。
「ご令嬢たち。そのへんにしといてやってくれるかな」
と、よくとおる声がした。
広間に戻られたオズワルド様だ。




