月光草は夕方に光る
第1章 目覚め編
北の森へ向かう道は、なだらかな上り坂だった。
腰が、一歩ごとに悲鳴をあげる。私が、ぜえぜえ言いながら歩いていると、ノエルが、さりげなく歩幅を合わせてくれた。
「ヒナさん、荷物、お持ちしましょうか」
「荷物ないから! 持ってるの、この腰だけだから!」
ノエルは、鼻に布をあてながらも、一度も、嫌な顔をしなかった。この子、礼儀正しすぎる。
「ノエルはさ、なんで騎士見習いなの?」
「……僕の家は、没落した貴族で。剣の修理代も、なかなか、出せなくて。それで、依頼を」
ノエルは、少しだけ、遠くを見た。
「でも、それだけじゃないんです。子どもの頃、魔物に襲われたとき、誰かが、助けてくれたんです。顔も、名前も、思い出せないのに、大きな背中だけ、覚えていて。その人に、もう一度、会いたくて」
大きな背中。
どうして、胸が、ちくりとしたのか、私には、わからなかった。
「……会えるといいね」
「はい」
ノエルの横顔が、少しだけ、明るくなった。
森の入口の湿地に着いたのは、日が傾きはじめた頃だった。
私が腰を押さえてしゃがめないでいると、ノエルが、「僕が」と言いかけた。
「いやいや、報酬は折半でしょ! 働くよ、私も!」
意地で、しゃがんだ。腰が、悲鳴をあげた。それでも、やった。
夕暮れが、ゆっくりと、空を紫に染めていく。
そのときだった。湿地の草むらが、ぽつ、ぽつと、青白く光りはじめた。
「……きれい」
月光草だった。
足元一面に、小さな光が、ふわふわと灯っている。まるで、星が、地面に降りてきたみたいだった。
「すごい、ガチで、きれい……」
二人で、夢中になって、十束を摘んだ。
最後の一束を、袋に入れたとき、私は、ふと、手を止めた。
「……ノエル。なんか、静かすぎない?」
鳥の声が、しない。虫の声も、風の音すら、聞こえない。
さっきまで、あんなにうるさかった森が、まるで、音だけを、誰かに持っていかれたみたいに、しんと静まり返っていた。
ノエルが、剣の柄に、手をかけた。
「……ヒナさん。僕の後ろに」




