195.水の神術使い
「それにしても、ひとつ屋根の下にゴールドランクの冒険者が四人もいるなんて、とても贅沢ですね」
ビールを片手にアリアがしみじみと言うのに、オーレリアも頷く。
プラチナランクは一種の名誉職であり、冒険者史上でも数えるほどしかいないのだという。ゴールドランクは冒険者の中では実質最上位に位置する等級で、単に探索を行うだけでなく相応の信用や振る舞いを要求されるものらしい。
その最上位の冒険者が四人もいるのだから、確かにとても贅沢な状態と言えるかもしれない。
「ゴールドランクと言っても、私らは昇格したばかりだし、黄金の麦穂の二人にはまだまだ敵う気がしないよ」
「あら。私もジーナもエディアカランの踏破の褒賞のひとつとしてゴールドランクに昇格したので、昇格自体は割と最近ですよ」
「いや、魔力の使い方を見ればわかるよ。あんたの水魔法はすごく繊細で、綺麗だった。王都の魔法使いの中でも上から数えた方が早いだろう」
その言葉にノーラもうんと頷く。
「ジェシカの水の魔法はすごかった。巫女三人の神力から作られた水を消して、魔力の水を生成しないところまで調整してた。すごく的確に魔力を使ってた」
二人の手放しの称賛に、ジェシカは頬に手を当ててあらあら、と照れくさそうに笑っている。
彼女には知識の上で助けられることがとても多いけれど、やはり冒険者としても一流なのがそれだけで伝わってくる。
「そういえば、神力と魔力って違うものなんですか?」
「効果はほとんど同じですが、魔力と神力はその力の方向性が逆向きだと言われています。魔力は神力をぶつけることで打ち消せますし、私がしたのはその逆ですね。ところで、ノーラさんの使う力も神力なのではないですか?」
ジェシカが不思議そうに首を傾げる。
「それだと、ダンジョンの中で活動するのは随分難しいような気がしますが」
その言葉に不思議に思っていると、ダンジョンの中は魔力で満ちているので、神力を使う人間は力を振るうことが難しくなるのだと続けられる。
「魔法も神術も、自分の持っている力だけでなく外部に満ちている力を利用して効果を発現させています。ですので、ダンジョン内のように魔力が優勢の環境では外部の神力の助けが利かなくなるんです。逆に神域と呼ばれる神力の強い場所では、魔法使いの力は低減しますし、人によっては全く使えなくなることもあるみたいですね」
ジェシカの丁寧な説明に、ほう、と思わずため息が漏れる。
付与魔術に適性があったとはいえ、オーレリア自身は魔力の属性を持たず魔法を使うこともできないため、魔法の知識も漏れ聞いたもの程度のレベルだけれど、一言に魔法と言っても色々とあるらしい。
「私の神力は特に強い。ダンジョンの中でも探索する程度なら、問題なく使うことができる」
「それは相当の力ですね。むしろダンジョンの外で困ることはありませんか?」
「魔力も神力も、感情と連動することが多い。身も心も喜怒哀楽の全ては神に捧げるものと教わった。巫女として感情を出さないように訓練してきたから、大丈夫」
「その辺りはあたしも見習わなきゃならないところだな。あたしはカッとしやすいから、昔から時々、昼間みたいなことが起きちまうんだ。ノーラが一緒にいてくれるようになってからはかなり助けられてるよ」
ロゼッタが少し雑な手つきでノーラの頭を撫でると、慣れているのだろう、されるがままになりながらノーラは鳥を素揚げにして甘辛いソースを掛けたものを咀嚼している。
「本来は神への誓いと供物としての修行ですが、それが功を奏しているということですね」
「巫女って大変な役割なんですね」
オーレリアには想像しかできないが、聞けば聞くほどノーラを取り巻く環境は大変なものであったと思う。
確かにノーラはあまり感情を表に出す人ではないけれど、感情がないわけではないことは接していればわかることだ。嬉しそうにしていればなんとなく嬉しそうだなとわかるし、お菓子があるかと尋ねたときも目を輝かせていた。
一方、神殿の人たちがいたときはロゼッタの後ろに隠れて、ひどく不安そうな様子を見せてもいた。
心があるのに心を隠していかなければいけないというのは、辛くないのだろうか。そんなことを思ってしまい、少ししんみりとなる。
「それにしても、なぜノーラさんを連れ戻しに来たのでしょう。強い水の神術使いであることは変わらない様子ですし、お話を聞く限り、一度放逐したノーラさんを連れ戻す理由は神殿側にはないような気がします」
「あたしもそれがよくわからないんだ。……あいつらはこの子を生きていけないと分かった上で放り出したような連中だ。何があったにせよ今更返す気はないし、戻ったところでいい扱いが待っているとも思えない」
「ノーラさんには、何か心当たりはありませんか」
ノーラはしばらく考えるようなそぶりを見せたけれど、結局首を横に振った。
「分からない。でも今日来たのは本殿に仕える正規の巫女だった。神殿の中でも選ばれた人たち。分院の巫女や神兵じゃなかったから、それが不思議だった」
「神殿側はかなり本気ということなのでしょうけれど」
ジェシカとロゼッタは、考え込むように黙ってしまう。
「どうやら今の時点では情報が出揃っていないようですね。あちらの目的が何であれ、お話を聞いた限りでは簡単に諦めることはないと思います。ノーラさんはゴールドランクの冒険者ですし、すでに俗世に関わりを持っている方ですので、あまりにしつこいようなら冒険者ギルドに仲裁に入ってもらうという手もありますが……」
言いかけてアリアは何か考えるように言葉を途切らせた。
「アリア?」
「いえ、神殿が俗世の組織の仲裁を受け入れるかどうか、また話が別ですね。中央神殿のような大きな神殿に話を持ち込む方が効果があるかもしれませんが、それがどう作用するのか少し読めない部分もありますし」
中央神殿とは、この大陸で広く活動している、最も民間に影響の大きな神殿である。
病気や怪我の治療には主にこの神殿が利用され、小さな町にも分院が多く広く受け入れられているため「神殿」と言えば中央神殿というイメージが強い。主神は世界を創造したといわれる女神であり、単に「女神」と呼ばれている程度しかオーレリアも知らなかった。
「神殿は一種の特殊治外法権扱いですし、神殿側があまり俗世と関わりを持たないのであまり目立つこともありませんが、いざトラブルが発生すると対処が難しいのですよね」
「神殿とのトラブルって、例えばどのようなものがあるんですか?」
ジェシカがちらりとノーラに視線を向けると、米をブイヨンとクリームで煮たものに衣をつけて揚げたライスコロッケをもぐもぐと食べていたノーラはこくりと頷いた。
「一番多いのは、その神の最も好む容姿を持って生まれた子供の譲渡に関するものです。親が養育権を神殿に任せると認めた場合は合法的に引き取られていきますが、そうでない場合は親と執拗に子供を引き取ろうとする神殿との間で問題が起きることになりますので」
「それって、子供を誘拐するとか、そういう話ですか?」
アリアが難色を示すと、ジェシカはいえ、と苦笑を浮かべる。
「さすがにそこまですることは稀だと思います。神殿はあくまで神に仕える集団ですので」
ただ、巫女や神兵に適性の高い容姿の子供と引き換えに多額の謝礼金を提示するケースは珍しくないらしく、それが人身売買にあたるのではないかという批判は少なからずあるらしい。
それに、ジェシカは言葉を濁したけれど、稀だということは、僅かながらそういうことも起きているということなのだろう。
「神殿には孤児院を併設している分院も多いですし、そうした神殿は行き場のない子供たちの受け皿となっています。決して存在自体が悪いものというわけではないのですけれど」
「そうですね。私も慈善事業の一環で孤児院への慰問に足を運んだことがありますが、公営の孤児院より神殿の運営する孤児院のほうが環境は整っていると感じることが多かった気がします」
「神殿は信仰する人々の寄付で成り立っている部分が大きいですし、その分きちんとした体裁を整える必要がありますので。それに、神殿の孤児院を出た子は信仰する家が就職を世話することが多いので、将来へのきちんとした目標のある子が多いという理由もあると思います」
ノーラの環境を聞くとあまりいい印象の持てない神殿ではあるけれど、決して反社会的な一団というわけでもないということらしい。
「ですので、まあ、あまりに目に余るようでしたらそうした泣き所を突く方法が効果的ではありますが、少しやり方が難しいですね。今の時点では神殿側が放逐した巫女に対し戻って来て欲しいと求めて今の後見人に追い払われたという状況ですし、決定打には弱いと思います」
「ノーラさんのプライバシーのためにも、最後の手段はあくまで最後の手段、ということですね」
ジェシカの言葉にアリアは納得したように頷く。
何か怖いことを言っているのはうっすらと理解できたけれど、あえて明らかな言葉にしないのは、この二人の優しさなのもなんとなく伝わってくる。
「もどかしいですが、しばらく様子を見るしかありませんね。お二人は休暇だと思ってのんびりするといいかなと」
「いや、あたしらで手伝える仕事があるなら、手伝うよ。最近はアウレル商会も色々手を広げているって聞いたし、護衛でもなんでもできることはさせてくれ」
「うん、私もできることはする」
二人はしっかりと頷いた。
「では、私かオーレリアが出かける時に護衛についてもらうのはどうでしょう。別行動のことも多いですし、ジェシカさんは浄水器の研究施設に出かけることもあるので、ちょうどいいと思うんですが」
「私も、ロゼッタさんとノーラさんなら信頼できると思います」
アリアの提案に賛同すると、ジーナがそれはいいやと笑う。
「頼れる仲間が増えたみたいですね」
「はい、頼もしいです」
そう言い合って、改めてビールのグラスを満たし、乾杯する。
そこからはダンジョンの話や最近の開発の具合、二人の好きな食べ物や苦手なものについて花を咲かせつつ、明るい話題に終始することになった。




