194.困った癖と拠点への招き
倒れた家具を元に戻し、床をほうきで掃き清めた後、ロゼッタは瓶ビールを出してくれた。
「家じゃ全然料理なんてしないしね。こんなのしかなくて悪いけど」
手土産に持ってきたクッキーを出すと、ノーラは嬉しそうに目を輝かせている。あまり感情が表に出ない彼女だが、甘いお菓子が好きらしい。
「家では、お茶は飲まないんですか?」
「外では飲むけど、家の中でお湯を沸かしてまでは飲まないね。自宅だともっぱら白湯ってところかな」
ジーナとジェシカも料理はほとんどしないので、冒険者とは案外そういうものなのかもしれない。
「ダンジョンに潜っていると、どうしても魔物をさばいたり野草を煮たり焼いたりして食べるのですが、その分地上にいるときに料理をしたくなくなっちゃうんですよね」
「ああ、わかるわ。そういうのは食えないわけではないけど、体力の維持が目的って感じで味も良くないし、あんまり自分で作って食べるものにいい思い出がないんだよな」
どうやら冒険者あるあるらしく、ジェシカの言葉にロゼッタはカラリと笑いながら言う。
結局ノーラは白湯と共にクッキーをつまみ、他のメンバーはビールを開けることになった。
「改めて、変なところを見せちまって悪かったよ。探索を休むって聞いて、心配して来てくれたんだろう」
「はい。ロゼッタさんは実績を積むことに意欲的だったので、何かあったのではないかと心配になって……」
ロゼッタとの出会いも、女性冒険者がより深層への探索をしやすくなるためのものだった。そんな彼女がゴールドランクに昇格してそうそう、定期的に探索する仕事を休むというのは、よほどのことがあったのではないかと思わせた。
そう説明すると、ロゼッタはうん、と悔し気に眉を寄せる。
「最近、あの連中があたしらの周りをウロウロしていたからね。目的がわからないぶん不気味だし、地上を離れている間に変に外堀を埋められる可能性もなくはないから、様子を見ていたんだ。そしたらとうとう今日、直接訪ねてきてふざけたことを言い出してね」
「ノーラさんを渡せということですか?」
ジェシカの問いかけに、ロゼッタは頷く。
「全く、なんで今更……この子はとっくに、神殿とは無関係の立場だっていうのに」
「その。神殿というのは、以前ノーラさんが白の誓いをしていると言っていた神様の神殿ですか? 確か、水の神様の……」
「ああ、あいつらは水神フルウィウスの神殿に仕える者たちだよ。もともとノーラはその分院にいたんだ」
もともとはその神様に仕える巫女になる予定だったというようなことも、話のついでにちらりと聞いたこともある。
「私は巫女になるために赤ん坊のときに神殿に引き取られた。でも巫女の資格をなくしたから、追い出された。困っていたらロゼッタが拾ってくれた」
ロゼッタは複雑そうな目でノーラを見る。
「こいつ、この見た目だろ? 白や白銀の髪はフルウィウスが最も好むっていうんで、巫女の中でも最上位になるらしいんだ。おまけにノーラは目も同じ色をしているからな」
「たぶん親に売られた。私も覚えていない」
ノーラはなんの感情もなさそうだけれど、ロゼッタはそんなこと言わなくていいんだよとぶっきらぼうに続ける。
「でも、なぜ分院に? その話でしたら神殿の奥で大事に育てられそうなものですが」
「ただの巫女ではなく、フルウィウスの聖女になることを期待されて修行していた。分院は山奥のフルウィウスの滝の傍にある神域。そこで神力に触れながら育つことで、強力な力を得る」
「聖女ですか……実際に認定されたという話は、とても稀だと聞きますが」
「うん、フルウィウスの神殿でも最後に聖女が出たのは二百年くらい前だったって言われた。私の見た目は条件を全部満たしていて、容姿そのものがフルウィウスへの供物として機能するって」
容姿云々で条件が満たされたとか、親に売られたという話は、オーレリアにとってあまり良い印象のない話だったけれど、ノーラは相変わらず淡々と話している。
隣にいるロゼッタの方がよほどそれに腹を立てている様子だった。
「まあ色々あって、ノーラはその資格を失ってしまったんだ。それ自体は不運なことだったけど、あいつらは赤ん坊の頃から神殿での暮らししか知らないこいつを、そのまま放逐したんだよ」
神殿での暮らしがどんなものかオーレリアには分からないけれど、山奥の神域にこもっていたという話を聞くに、おそらく外界からはある程度隔絶された環境であることは想像に難くない。
王都に来た日、それまで暮らしていた町とのあまりの規模の違いに、自分が場違いな場所に迷い込んだような不安を覚えたことを思い出す。おそらくあれとは比べ物にならないくらい、ノーラの置かれた環境は過酷なものだったのではないだろうか。
「森で迷って、飢え死にしかけているところをロゼッタに拾ってもらった」
「私はその頃、故郷の南部から出て各地を回って冒険者としての下積みをしていた頃でね。商隊の護衛の仕事が終わって、その終点の街で近くの森に大きな野生動物が出るようになったから調査してほしいって依頼を受けた。その途中だったんだ。薄汚れてたけど、真っ白な服を着ていたから、すぐに気づいたよ」
ロゼッタは困ったように笑いながら、懐かしそうに目を細める。
「ほんと、最初の頃はこの子何も知らなくてね。孤児院に入れるには大きくなりすぎていたし、かといって放っておいたらろくなことにならないのは目に見えていたから、連れ歩いて世話をしているうちに水の魔法が使えるって分かってね。ちょっとずつ体力もつけて、一緒に冒険者をやるようになって、まあそのまま今に至るっていうわけさ」
「きっと二人の出会いは運命だったんですね」
そう言うと、ロゼッタは照れくさそうに苦笑を漏らす。
「そんな大層なもんじゃないけど、いい出会いだったよ」
「でもその話だと、なんで今更神殿の連中があんたらに関わってくるんだ? そんな状態の子を放り出したってことは、神殿側もよっぽどのことだったように思うんだが」
ジーナの問いかけに、ロゼッタは軽く首を横に振る。
「正直、よく分からないんだ。王都はあの街からはかなり離れているし、ノーラは外見に特徴があるにせよ、よっぽど探さない限り見つけるのは難しいと思うんだけど」
そこのところはロゼッタにもまだ分かっていないらしい。当のノーラはクッキーをかじりながら首をかしげていた。
「どのみち私はもう聖女にはなれない。神殿が何を考えているのかもよく分からない」
「まあ、あんまりしつこいようだったら、冒険者はどこでだってやっていけるから、別にこの国でなくたっていいし、どっか遠くに行けばいいさ」
「それはダメ」
わざとだろう、軽い調子で言ったロゼッタに、珍しくノーラがきっぱりと言った。
「ロゼッタの目標はエディアカランの踏破だから、それはダメ。それくらいなら私が神殿に行く」
「あんたがいなかったら、踏破なんて一生かかっても無理だよ」
ロゼッタはあくまで軽い調子で笑い、それからオーレリアに向き合った。
「まあそんな感じで、私たちにもまだ何が起きているのかよく分かっていないんだ。仕事も中途半端な状態で休むことになって、悪かったと思ってるよ」
「いえ、それは構わないんですが」
これはきっと自分の悪い癖だ。
その場の親切心のつもりで手を出して、後から困ったことになるのはすでに何度も経験している。
けれどロゼッタにはとても助けられたと思っている。王都に来て最初に手を差し伸べてくれたのがスーザンなら、ロゼッタは進む道を示してくれた最初の人だ。
助けになることがあるなら、少しでも、力を貸せればいいと思う。
「あの、もしよければ」
緊張感は強かったけれど、きっと言わない方が後悔する。
そう思って、オーレリアは口を開いた。
* * *
「それで、連れてきてしまったんですか」
アリアの声は呆れたものではなかったけれど、苦笑するような少し困った色を含んでいた。
拠点に戻り、アリアの部屋を訪ねて客人を連れてきたこと、しばらく彼女たちを空き部屋に泊めてほしいと事情を説明した。
「すみません、アリアが引っ越してしてきたばかりだったのに。でもあそこにいたままではまた同じことが起きると思って」
住む場所が知られている以上、神殿の者たちはまた訪れるだろう。今回はジェシカが割って入って事なきを得たが、次はもっと大きな騒ぎになるかもしれない。
王都はいまだに不動産の高騰が続いて宿も取りにくく、取れたとしても非常に高額な値段がついているという。簡単に住む場所を移動できない状況で、彼女たちを放っておくことはできなかった。
「部屋も余っていますし、いいと思いますよ。それにこういうのを放っておけないのが、オーレリアのいいところですし」
「すみません、独断で勝手なことをして」
この拠点はオーレリアが主に暮らしているけれど、そもそもアウレル商会のものであり、権利はアリアと半々だ。人を住まわせるならあらかじめアリアに相談し許可を取るのが筋というものだろう。
「大丈夫ですよ。それにお二人ともゴールドランクの冒険者ですし、一緒に暮らすなら心強いと思います」
「オーレリアさん、アリアさん、夕飯の準備ができたよ」
階下からジーナの声が響き、アリアが立ち上がる。
「さあ、そんなに気にしないで。私に新しい仲間を紹介してください」
「はい、ありがとうございます、アリア」
本当にアリアに甘えてしまっていると思いつつ、笑ってくれる彼女にほっとして立ち上がる。
近くの屋台でいろいろ買い込んできてくれたらしく、広間のテーブルの上には所狭しと料理が並んでいた。
「アリア、紹介しますね。こちらがロゼッタさんとノーラさんです。ロゼッタさんは最初にナプキンを作れないかと提案して、発注してくれた方です。ロゼッタさん、ノーラさん、こちらはアリア。私の親友で、商会の経営のパートナーです」
「始めまして、アリア・ウィンハルトです」
「ロゼッタ・フローレンスだ。こっちはノーラ・ホリデー。急に世話になることになって、すまないね」
「いいえ、ナプキンはアウレル商会の主力商品のひとつです。その最初の依頼主に今までご挨拶できなかったことが申し訳ないくらいですから。女所帯ですし、ゆっくりしていかれてくださいね」
アリアはそつなく言うと、さあ食べましょうかと元気よく言った。




