191.歓迎会と気になる話
拠点に到着しドアを開けると、ふんわりといい香りが漂っていた。
「おかえりなさい、もう準備できてますよ」
「荷物、先に部屋に運んでおいたよ」
ジェシカに出迎えられ、ウォーレンに声をかけられる。先に着いた引っ越しの荷物は、来訪していたウォーレンとライアン、エリオットでアリアの部屋に運んでくれたらしい。
アリアが拠点に移動するにあたり歓迎会を開くという話は聞いていたが、広間の大きなテーブルの上には所狭しと料理とお酒が並んでいた。普段の食事は屋台で購入したもので済ませることも多いが、今日はデリバリーを利用したらしい。
「アルも一品作ってくれたんですよ。このビーフシチュー、すごく美味しいんです」
「大げさだな。同じ作り方をしたらみんな同じ味になるよ」
「とりあえず座った座った! ビールも冷えてるよ」
賑やかに言い合って、席に着く。
黄金の麦穂のメンバーは、ウォーレンとアルフレッドを除いて今やほとんどがアウレル商会の事業に関わっている。
ウォーレンはオーレリアの婚約者で、アルフレッドはアリアが法務関係で大変信頼と尊敬を抱いている人である。どうせなら人が多い方が良いという話になり、今日は全員に集まってもらった形だった。
席につくと次々と瓶に入ったビールが回される。こちらの世界では友人間でのお酌の習慣がなく、基本的には手酌だ。素早くグラスにビールを満たし、全員に行き渡ったところでウォーレンに声をかけられる。
「オーレリア、乾杯の音頭を取って」
「えっ、私ですか?」
「そりゃそうだよ、アウレル商会の会頭の一人で、この家の主なんだから」
ジーナに笑われ、ジェシカも微笑んで頷いている。全員のグラスにビールが注がれて、慌てて立ち上がり、緊張しつつも声を張った。
「ええと、新しくこの拠点にアリアを迎えられて、嬉しく思います。これからのアウレル商会のますますの発展と、みんなの健康を祈って、乾杯」
「乾杯!」
グラスを掲げ、まずは最初の一杯。
ジーナが言うようによく冷えていて、晴れて気温の上がっている今日の天気には嬉しいのど越しだ。
並んでいる料理はどれも見栄えが良く美味しそうだった。まずはエビをからりと揚げて辛いソースをかけたものを皿に取る。見た目からなんとなくエビチリのようなものを想像していたが、かかっていたのはブイヨンと唐辛子のソースで、ピリリと辛い。
バゲットにハムやチーズ、生ハムやサラミなどを薄くスライスしたものを好きに載せる。貝のワイン蒸しやグリルした野菜、アヒージョなど、どれを食べても美味しかった。
「この肉団子、すごく美味しいですね。スープで煮てあるかと思ったら、一度揚げてあるんですね。表面がとろりとした食感で、面白いです」
「近くにあるレストランのデリバリーなんだけど、何を食べても美味いんだよね。元々は中央区で店をやってて、そこから分店を出したらしくて最近はいつ行っても混んでるよ」
デリバリーでこれだけ美味しいのだ。店で提供される出来たてはさぞ美味だろうと想像できる。
王都は屋台だけでなくカフェやレストランも多く、一般人でもそれなりにグルメな人が多い。地区によってそれぞれ特色があり、王都を食べ尽くすのに五年はかかるというのが半ば慣用句になっているほどだ。
「そのうちお店の方にも行ってみたいですね」
「今度行きましょうか、オーレリア」
これからは待ち合わせをする必要もありませんしと笑うアリアに頷く。
「アルフレッドさんのシチュー、すごく美味しいですね」
いわゆるブラウンシチューだが、上にチーズのソースがかけられていて、鍋から掬うとその二層が複雑に混じり合い、とてもいい味になっている。大ぶりに切った牛肉はほろほろと柔らかく、スプーンで簡単に切ることができた。
「ふふ、もともとアルのお母様の得意料理なんですよ。おばさまの料理はどれも美味しかったですが」
「うちは男も、生きて行くなら料理ぐらいできなきゃって方針でね。子供の頃から仕込まれたのさ」
「素敵なお母様ですね」
ある程度裕福な家は、家事を使用人に任せるのがこちらの世界の一般的な考え方だ。中流階級以上はオールワークスメイドと呼ばれる、掃除や料理、裁縫や子供の世話などすべてを請け負うメイドが住み込みで暮らしているのも珍しくない。
アルフレッドは弁護士の兄がいるというし、本人の知識量や立ち振る舞いからしても明らかに裕福な家の出のように思える。そんな彼の特技が家事と料理というのは、どうやら母親の影響らしい。
「実際、学んでよかったと思うよ。全くうちの連中ときたら、放っておいたら携帯食と干し肉と現地調達の肉を焼けば探索はそれで済むと思ってるんだから」
「実際、アルの料理がなかったら、最下層の踏破は難しかったかもしれませんねえ」
「十五階層くらいまでなら結構力技で行けるんだがな! やはり長期の探索となると体力の維持もそうだが、精神的にも温かい料理っていうのは助かるな!」
エリオットが豪快に言って、そうそうと思い出したように続ける。
「あの「レトルト」は、そういう意味で今後の冒険者たちの深層への挑戦を大いに助けると思う。次の食事が楽しみだと思えるのは本当にいいな。量が少ないのが少し難点だが」
「あ、量少なかったですか」
「オーレリア嬢、そこは気にしなくていいよ。冒険者は大食いが多いけど、エリオットは特に人の三倍食べるんだ。そもそもダンジョン内であんまり腹いっぱいになること自体よくないことだしね」
「そうなんですか?」
「単純に体が重いと機動力が下がるって理由だよ。食事の最中にいきなり大型の魔物が襲ってくるなんてことも、ないわけでもないし」
その疑問にはウォーレンが答えてくれて、頷く。なるほど、やはり危険の多い場所なのだ。
量は重量と嵩の関係であまり増やすことは難しいが、もう少しカロリーを上げることはできないだろうか。手っ取り早いのは糖と油を増やすことだが、今度は食事の後に眠くなっても困るかもしれない。
そんなことを考えているとライアンがそういえば、と言う。
「次の十四階層への探索だが、双星の二人は不参加だそうだ」
「そうなんですか?」
双星は火の魔法使いであるロゼッタと水の魔法使いであるノーラのパーティである。浄水器の研究のため定期的なミズベタの捕獲が必要なので、ライアンやエリオットと共に十四階層に潜ってくれている貴重な戦力である。
「ああ、何か事情があるらしい。詳しいことは聞いていないんだが」
シルバーランクからゴールドランクに上がったばかりで本人たちの意欲も高く、数年後の三度目のダンジョン踏破を目標に頑張っている二人だ。
ロゼッタはほかでもない、ようやく王都での暮らしが落ち着いた頃、オーレリアにナプキンの依頼をしてくれた人である。鷹のくちばし亭を出た後も何かと気にかけてくれた人だ。
「心配ですね。今度様子を見に行ってもいいでしょうか」
「ああ、パーティの拠点なら知っているから、あとで教えよう」
勝手に聞いてもいいものかと迷っていると、冒険者のパーティは簡単な探索以外の護衛などはギルドを通さず単独で受けることも多いので、拠点を公開しているものが多いのだという。
「少しケースは違うが、ジーナやジェシカがオーレリア嬢の護衛を個人で受けているようなものだ」
高ランクのパーティはギルドが人品を認めているということもあり、そうして個人の仕事を受けながら冒険者を引退した後の道を模索していくのだとライアンは丁寧に説明してくれた。
「まあ、僕たちはきりがないから非公開だったけどね」
「結成当初は公開していたんですが、この拠点に決まるまでライアンとウォーレン目当ての恋文がたくさん届いて、困ることも多かったですしね」
「そうなんですね」
ウォーレンは上背も高くきれいな顔立ちをしているし、当時も伯爵という地位を持っていたので、それはモテただろう。ライアンに至っては眩いばかりに目を引く美形である。容姿にそれほど興味のないオーレリアから見ても、一目見るとなかなか忘れがたいほど整った顔立ちをしている。
おまけにどちらも高位の冒険者。なるほど、モテないほうが不思議というものだ。
「いや、俺はモテていたというよりもっと別の感じだった気がするけど……。しがらみが面倒だったから、一度も返事はしていないし」
「言い寄られるのがいい気分だった時代が懐かしいな……」
ウォーレンはなぜか焦ったように言って、言い寄られ過ぎてトラブルの連続らしいライアンは、ビールのジョッキを握ってどんよりとこぼしている。
「俺は嫁さん一筋だけどな!」
「僕は言い寄る方だからねえ」
妻帯者であるエリオットは豪快に笑い、冒険者ギルドの職員であるケイトを口説いているらしいアルフレッドは素知らぬ顔だ。
「ええと、公開されているなら、お見舞いに行きたいですし、教えてもらえると助かります」
「ああ、冒険者が依頼を受けるかどうかは中々繊細な問題だから、俺も深くは聞かなかったが、いいパーティだからできれば継続して組んでいきたいと思っている。よかったら気にかけてやってほしい」
ライアンの言葉に頷く。
二人には色々と世話になったし、何より大切な友人でもある。
あれだけ意欲に燃えていたロゼッタが依頼を中断したというのも気になるし、美味しい食べ物でも持って話を聞きに行ってみよう。
「おっ、ビールがもうないな。新しい箱を取ってくる!」
「エリオット、奥の保冷樽にまだあるから、そっちを先にしてくれよ」
「デザートもあるから、お腹のスペースは少し残しておいてよね」
その話はそこで終わり、賑やかな酒宴はその日、日が暮れるまで続くことになった。




