192.エアコンの設置と魔石への付与
「夜はやっぱり、空気がひんやりしていますね」
「ですね、風が気持ちいいです」
アリアの言葉に応じながら、冒険者ギルドの前で停まった馬車を降りる。
冒険者ギルドは滞在していた鷹のくちばし亭からも距離が近く、今でも納品の関係でよく足を運んでいるけれど、日が落ちて人の絶えた建物の中はなんだかいつもとは違う顔を見ているようで、少しワクワクした。
王都の街灯は基本的に二十四時間つきっぱなしなので、通りは明るいままだけれど、各地区に設置された鐘が夜の九時を知らせた以降は治安の問題もあり、一気に人通りが少なくなる。オーレリアも王都に来て一年以上が過ぎたけれど、こんな時間に出歩いたのは数えるほどしかなかった。
冒険者ギルドのロビーでは、一足早く作業に入っていたガリレアがオーレリアたちを見て、やあ、と軽く手を上げる。
いつも紳士的なきっちりとした服を着ている印象のガリレアだが、今日は洗いざらしたシャツの上から黒いオーバーオールという作業しやすい服装で、大きなポケットには工具類が無造作に差し込まれていた。
「お疲れ様です、ガリレアさん。こちらは私のパートナーのアリアです」
「はじめまして、アウレル商会に所属しているアリア・ウィンハルトです。あなたがガリレアさんですね。優秀な職人だと、お噂はかねがね伺っています」
「はじめまして、ガリレア・ガーリーです。ウィンハルト家には度々お世話になっているよ」
「姉から、とても信頼できる職人がいると話は聞いていましたが、世間は狭いですね」
一年前、ウィンハルト家でエアコンの試作品を作った折、職人に無理を言って間に合わせたという話だけは聞いていたが、それが誰かとまでは知らなかった。
ジーナとジェシカに紹介してもらったのが、その試作品を作ったガリレアだったというのだから、まさに世間は狭いと言うべきだろう。
「アリアさん、オーレリアさん、よく来てくれたわ。夜中にお疲れ様」
挨拶を交わしていると、残っていた職員から連絡がいったらしく、奥から二人の職員とともにエレノアが現れる。
「エレノアさん、こちらこそわがままを言ってしまってすみません」
「いえ、こちらとしても日中は何かとバタバタしているから、設置が夜なのは都合がよかったわ」
エアコンは、まだ注文すれば誰でも設置できるという段階には来ておらず、大きな公共機関かそれに近い場所への設置を優先しているため、アウレル商会が絡んでいることも発注者以外には基本的に秘匿されている状態である。
そのため設置を希望する施設には、付与と動作確認の作業は夜に行うことを当面の条件として引き受けることになった。
今夜は冒険者ギルドのロビーと応接室、職員食堂に設置されたエアコンの付与を行う予定である。
「先日エアコンの利き目を確かめようと王立図書館に足を運んだけれど、本当にすごかったわ。戻ってすぐギルド長に、絶対に導入するべきだと説得にかかったくらい」
「王立図書館の夏の快適さはかなり噂になっているみたいだね。館長にどうしているのかと尋ねてものらりくらりと躱されるという話らしいけど、今年の夏からは多少解消されるかもね」
「体感できる場所が増えて、ますます問い合わせが増える可能性の方が高いと思いますよ」
アリアが言う通り、大きな施設に優先的に設置を決めたのは、まさしく多くの人がエアコンとはどういうものか体感するのが簡単だという理由である。
「人は快適なものを味わったら、なかなか忘れることができないものです。我が家なんて、父も母も最近は遅くまで団欒室に居座って寝室に戻りたがらないくらいでしたから」
どうやら、かなり気にいってくれたらしい。ウィンハルト家にはとてもお世話になっているので、私室や寝室にそれぞれ設置してはどうかと、あとでアリアに伝えておこうと決める。
「もう少しコストダウンすることができたら、裕福な家なら一台ぐらいは普通に設置できるようになるだろうけどね」
「ガリレアさんのおかげで、夏以外のエアコンの管理もだいぶ楽になりそうですし、家庭用の付与の素材も、これから研究していくつもりです」
以前オーレリアが作ったエアコンは、夏以外は冷却器もしくは筐体そのものを外して仕舞うしかなく、収納のスペース的にもコストのかかるものだったが、ガリレアの提案により新しくブラッシュアップしたエアコンは、付与を冷却機にはめ込む魔石に行うことによって使用シーズン以外はその魔石を取り外し革の袋に入れて保存するという方法が採られており、筐体は設置した状態のままにしておけるようになった。
前世のエアコンと同じように高所に筐体を設置し、そこから下に向かって冷たい風を流す方式なので、魔石の取り外しは多少手間がかかるものの、魔石自体が高価で防犯上簡単に取り外せない方が好ましいという一面もある。どちらにしても、取り扱いは随分楽になるはずだ。
「本体への【防水】はもう付与してあるから、あとはオーレリア嬢に冷却器本体と魔石に付与を入れてもらって、それを設置すればすぐに動かせるよ」
「魔石はギルドからこちらを用意しました。【吸気】と【排気】にはコカトリスの魔石を、できれば【冷却】にも氷属性の魔石も用意したいところだったけれど、王都のダンジョンには氷属性の魔物はいないから、すぐには手に入らなかったので、込められる魔力の多いキマイラの魔石を使って下さい」
エレノアが取り出したケースには、それぞれビー玉ほどのサイズの魔石が収められていた。コカトリスの魔石は中に霧が閉じ込められたような白っぽいもので、キマイラは青やオレンジが淡く魔石の中で揺らめいているように見える。
今夜設置する三台のエアコン用に、コカトリスの魔石は六個、キマイラの魔石は三個、それぞれ区切られたスペースに几帳面に並べられている。
「お預かりします」
「オーレリア嬢、作業台はあっちに用意してあるから、終わったら声をかけてくれ」
魔石を受け取り、ガリレアに言われて少し離れたところにある作業台に向かう。台の上には三台の冷却器が置かれていて、空いたスペースにそっと魔石を置いた。
図書館での仕事を得てからというもの、ほとんど毎日のように付与を行っているけれど、高価な魔石にとなると流石に少し緊張する。
――落ち着いて、いつもと同じように。
まずは冷却器に【結露】を付与し、魔鉄でメッキされた表面に魔力で書いた術式が馴染むのを見守る。それからコカトリスの魔石にそれぞれ【吸気】と【排気】を丁寧に付与していった。
魔石は一度付与を入れれば二十年からそれ以上、機能し続ける。誤字をしてしまうと取り返しがつかないので、慎重に行った。
「……ふう」
無事コカトリスの魔石に付与を入れて、キマイラの魔石にも同様に【冷却】を入れる。エレノアが込められる魔力が多いと言っていただけあって、なるほどコカトリスの魔石より多めに魔力を持っていかれる感覚があった。
「ガリレアさん、終わりました」
「了解。じゃあ、あとは任せて」
ガリレアは脚立を使い危なげなく冷却器を筐体にはめ込むと、ピンセットを使って魔石を設置していく。エレノアを含む数人の冒険者ギルドの職員が見守る中、作業は数分で終わり、すぐにエアコンから冷たい風が吹いてきた。
「これはかなり涼しいですね」
ギルド職員の一人が、感嘆したように声を上げる。
「結露した水は外のパイプから下水に流れるように設置してあるから、明るくなったら水の流れに問題がないか確認をしておいてくれ。設置の数が少ないうちは機能が安定しないこともあるだろうから、当面メンテナンスはいつでも受け付けるよ」
「助かるわ。明日の朝にはみんな驚くわね。私の執務室にも一つ欲しいくらい」
「しばらくは各ギルドや銀行などへの設置で予定が埋まっていますが、来年には個人の屋敷や部屋などにも設置できるようになっていると思いますよ」
「まあ、その辺りは仕方がないわね。今年は時々ロビーに顔を出して涼むとするわ」
「エレノア様がロビーに顔を出すと、職員の皆さんが緊張しませんか?」
アリアが言うと、エレノアの後ろに控えていた職員二人が顔を見合わせて、わずかに苦笑を漏らす。
「あら、いいじゃない。仕事には適度な緊張感があった方がいいと思うわ」
エレノアはそれに対し、きれいに微笑み、緑の瞳を細めた。
「快適になった分、気を抜かないようにしていかないとね」
「ですね。エレノアさんが巡回していれば、無駄にホールにたむろする冒険者も減ると思います」
穏やかに会話を交わしている二人をよそに、脚立を片付けるとガリレアは小さな声でそっと言った。
「僕は残りのエアコンの作業があるけど、オーレリア嬢はもう帰って大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます。お疲れ様でした」
「お疲れ様。次は商業ギルドで。――オーレリア嬢も、あんまり厄介なことに巻き込まれないように気をつけなね」
「……気をつけます」
ガリレアの言葉に苦笑を漏らす。
アリアとエレノアは笑い合っているけれど、妙にひんやりとした空気になっているのは、動き始めたエアコンのせいだけではないような気がしてしまうオーレリアだった。
アリアはカイラムの件で結構怒っています。
夜のお出かけは、なんだかワクワクしてしまいます。




