06:圧倒的スローモーションと、強すぎる右手
小毬を囲んでいる男子高校生の数は三人。
その三人と離れた所に立っている男がいる。
計四人。全員が髪を染めたり、制服を着崩したりしている。
「いいじゃん、今日暇でしょ?」
彼女の目の前に立っている坊主頭の男、院田がそう言うと小毬は彼を睨みつけた。
「だから言っているじゃないですか。学校だって。皆さんだってそうでしょう?」
「学校なんて予定に入らないって」
「いかないと留年しますよ」
「大丈夫大丈夫。ウチ、そこら辺緩いから。まぁ、留年となっても金を出すのは俺じゃないし。なぁ?」
院田が小毬の後ろに立っている三人に話しかけると、彼らは頷いた。
そんな三人に彼女はため息をついた。それから数歩離れた所でスマートフォンをいじっている木之瀬を見た。染めたであろう金髪が太陽の光を鈍く反射している。
「ねぇ、あなたがこのグループのリーダーですよね? この人たちをどうにかしてくれませんか?」
「……」
木之瀬は無視してスマートフォンをいじり続けている。
小毬はまたため息をつくと坊主頭に向き直った。
「いい加減にしてください。私はあなたたちと違って忙しいんです」
「嘘つくなって。暇そうに立っていたじゃん」
「それは人を待っていたからです。あの、本当にいい加減にしてください」
彼女はそう言って彼らの間を通り抜けようとする。
するとロングヘアーの長田が小毬の前に回り込んだ。
そうなると彼女はまた方向を変えるのだが、今度はセンターパートの真中が行く手を阻む。
そのとき金髪の木之瀬が「だぁー! クソが!」と叫びながらスマートフォンをポケットに押し込んだ。
「木之瀬君、どうしたの?」
院田がおそるおそる尋ねると彼は舌打ちをした。
「一昨日の田上女子高のやつ、メッセを無視しやがるんだよ!」
「それじゃ、後でタガジョ行こう。それよりも――いや、『それよりも』なんて言って……だから殴らないで!」
「俺がすぐに殴るような言い方をするんじゃねぇよ! このロリが怖がるだろうが!」
「ひぃ!」
院田は引き下がり、入れ替わって木之瀬が小毬の前に立つ。
「ごめんな、ウチの馬鹿が馬鹿やって。俺は木之瀬耕平。お前は?」
「知らない人に言うわけないじゃないですか。教わりませんでした? 知らない人に名乗るなって」
「知らない人に名乗ってこそ出会いってやつだろう?」
「意味が分かりません」
小毬は木之瀬の横を通り抜けようとするが、それを彼が手で制した。
「これ以上何かをするって言うなら私にも考えがあります」
「おっ? 防犯ブザーでも鳴らす? そういえば君、ランドセルじゃないけどいいの? 先生に怒られない?」
「警察に電話します」
そう言って彼女がスマートフォンを取り出すと、木之瀬がそれを奪った。
「何するんですか! 返してください!」
「連絡先を交換してくれるならいいよ。……って、誰? この待ち受けのツーショットに映っている男。もしかして彼氏?」
「ち、違います! 過去一自分が可愛く撮れたから嬉しくて壁紙にしているだけです! というか返してくれないならもういいです。さよなら」
小毬は今度こそ木之瀬の横を通り抜けようとした。
そのとき彼は彼女のポニーテールを掴んだ。
小毬は思わず「痛い!」と叫んだが、木之瀬は気にすることなく引き寄せた。
「おい、そろそろ調子に乗るのをやめろよ。俺の父さんは議員なんだぜ?」
「だ、だからなんなんですか!?」
「やろうと思えばどんなことでももみ消せるんだよ。おい、お前ら。そこのトイレ行くぞ」
木之瀬の言葉に院田たちは頷き、小毬の肩や腕を掴もうと手を伸ばす。そのとき。
「おい! お前ら!」
男の声が響いた。
木之瀬たちは一斉に振り向き、眉をひそめる一方で小毬だけは目を潤わせていた。
「先輩!」
彼女は木之瀬の手が緩んだ隙に走り出し、彩人の後ろに身を潜めた。
「遅いですよ! 先輩! もっと早く来てくれたらこんなことにならなかったのに! でもホントにホントにホントにありがとうございます! 大好きです!」
「はいはい、分かったから下がってくれ」
彼の言葉に頷いた小毬は彩人から数歩離れた。
「で? お前らは誰だよ」
「お前こそ誰だ。俺たちはそのこと楽しく話をしていただけだというのに邪魔しやがって」
「女の子の髪を掴んで話すことが『楽しく』ね……。ひな――日向、楽しかったか?」
「ぜんぜん! むしろ苦痛でした!」
「だってよ」
彩人が肩をすくめてニヤリと笑うと木之瀬の左瞼がピクリと動いた。
「お前もさぁ、調子に乗ってんじゃねぇよ」
「悪いな、後輩にかっこいいところを見せたくてつい調子にのっちまったよ。それでどうする? 雰囲気的にこのまま返してくれなさそうだけど」
「当たり前だ!」
木之瀬が殴りかかってきた。
彩人の左頬を狙っている。
彼は一歩退いて回避。
拳が空を切る。
「うん?」
小さな違和感。
通り過ぎた拳を見送った彩人は首を傾げる。
挑発。
そう受け取った木之瀬は鼻を狙って拳を突き出す。
彩人は半身になってかわす。
空振りをした木之瀬はバランスを崩し、うつ伏せに倒れた。
「ぐえっ」
車に潰された蛙のような声が漏れる。
今度は院田と長田が殴りかかる。
左右から迫る二つの拳に対して彩人はしゃがんだ。
頭上で拳がぶつかる。
院田と長田は拳を引っ込めてうずくまった。
「おい、大丈夫か?」
彩人が彼らに歩み寄る。
そんな彼に真中が背後から襲い掛かった。彩人の背中目掛けて跳び蹴りを繰り出したのだ。
ぞわり。
彩人は背中に冷たさを感じ、咄嗟に右側数歩先に跳んだ。
すると真中の跳び蹴りは彩人の目の前を通過して起き上がろうとしていた院田の顔面にクリティカルヒット。
院田は鼻を押さえて仰向けになると両足をジタバタと動かし続ける。
「押さえろ!」
片膝立ちの木之瀬が叫べば院田が彩人を羽交い締めにする。
そして真中が彩人の顔めがけてパンチを繰り出した。
またしても首を傾けて回避する彩人。
そうなると真中のパンチは彩人の背後にいる長田に当たる形となった。
「いでぇ!」
長田は仰向けに倒れて動かなくなった。
「てめぇ! よくも長田っちを!」
「俺はただ避けただけだろ!」
彩人は真中が絶え間なく繰り出す拳を右へ左へ回避する。
(……やっぱり遅い)
先ほどから相手の動きがよく見える。視えすぎて目が疲れるほどだ。
真中は殴ることをやめて膝に手を当てて肩で息をする。
「なぁ、そろそろやめようぜ。こんなことしても時間の無駄だ」
「うるさい!」
真中は再び拳を突き出すが、これまでのような勢いはない。
彩人は難なくかわし、彼とのすれ違いざまに自分の右足を数センチ上げた。
すると真中はそれにつまずいて仰向けに倒れた。
「さぁ、最後はアンタだ」
そう言いながら振り向くと木之瀬は短い悲鳴を上げた。
「なんなんだ、お前は!」
「今はそんなことどうでもいいだろ。今はまずひな――日向に謝れ」
「嫌だと言ったら?」
「ぶん殴る」
木之瀬は再び短い悲鳴を上げた。それから渋々小毬に歩み寄ると腰を九十度に曲げて頭を下げた。
「悪かった」
小毬は視線を木之瀬の後頭部から彩人に移し、一度目を合わせる。そして彼が頷くとため息をつき、許しの言葉をかけようとした。そのとき。
「はははっ! 油断しやがって!」
顔を上げた木之瀬は小毬の顔に手を伸ばす。
彼女は覚悟して目を閉じた。だが木之瀬の手が小毬に触れることはなかった。
なぜなら彩人が寸のところで彼の手首を掴んだからだ。
「おい! 何してんだ! お前!」
「離せ! 俺の手を勝手に掴むな!」
木之瀬は振りほどこうと懸命に腕を上下左右に動かす。
しかし離せない。
そして木之瀬が激しく動かすため、彩人もつい力を込めてしまう。その瞬間。
「いっだぁぁぁぁ!?」
木之瀬が突然叫びながらその場にしゃがみ込んだ。
目が丸くなった彩人はすぐに手を放す。
木之瀬は手首を押さえながら背を丸めて涙を流し始めた。
「お、おい、大丈夫か?」
彩人が背中をさすろうと手を伸ばす。
すると院田が彼の肩を突き飛ばし、木之瀬の腕を自分の首に回して立たせた。
それでも彩人は木之瀬に声をかけようとしたが、院田に睨まれたため手を引っ込めた。
彼らは木之瀬を支えながら公園から立ち去った。
「……」
彩人は一同の姿が見えなくなるまで見守る。
そんな彼の袖を小毬は引っ張った。
「大丈夫ですか? 先輩」
「ああ……」
「先輩、すごいですね! あんなにひょいひょいとかわして……かっこよかったです!」
「そうか」
「本当に大丈夫ですか? どこか具合が悪いとか?」
「いや、なんでもない。ほら、早く学校行こうぜ」
そう言って彩人は歩き出し、小毬は彼の隣に並んで歩く。歩きながら彼女が博物館での一件について話していたが彩人の耳に届いていなかった。彼の頭の中には先ほどの光景が繰り返し再生されている。
「……」
ポケットに入れた右手にじわりと汗がにじむ。
(大丈夫だ……)
そう言い聞かせるのであった。




