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アオゾラ・ブレイブソード【完結済み/全30話】  作者: 三七倉 港


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04:絶望の再生魔物と、覚醒の一閃

 霧の柱の内部は光に包まれ、逆根腕猿(ウデデ・カザル)は小毬を手放し、その空いた右手で顔を覆う。そして光が余韻を残すことなく、消えると覆うことをやめた。何事かと思いつつ、足元を――いや「左手元」に転がっている小毬を拾い上げようとしてその手を止めた。


 ないのだ。小毬の姿が。

 魔物は周囲を見回す。

 いない。どこにもいない。


 さらに言えばステージ上に彩人の姿もない。

 魔物は不快げに鼻を鳴らし、虚空を睨む。

 異形の生物が怒りを地面にぶつけようと右の拳を振り上げたとき。


 ざりっ。


 背後に地面が擦れる音。

 振り向いた魔物の双眸が、細められた。


 数メートル先。先ほどまで無様に這いつくばっていたはずの男が片膝をついていた。


 左手には横たわる小毬の頭。

 そして右手には勇者の剣。


「雛芽……」


 彩人は小毬に呼びかけるが目を閉じているだけで返事はない。呼吸は浅く、顔から血の気が引いているその姿に再び唇を噛む。


 不意に敵が彼に向かって吠えた。凄まじい重低音だ。


 彩人は体の内側が震えるのを感じた。

 それでも臆することなく、振り返り、魔物を睨みつける。


 異形の生物は咆哮をやめた。


 彼は再び小毬に目を移すとその場にそっと寝かせた。


「待ってろ、すぐに終わらせるから」


 彩人は立ち上がって振り返ると両手で剣を握り、中段に構えると敵を視界の中心に置く。


「……」


 容赦なく照りつける太陽。

 ざわめく木々。

 握る手に汗が滲む。

 彩人は地面を蹴った。

 たった一蹴り。

 それだけで魔物との十数メートルの距離を詰め――いや、通り過ぎた。


「くそっ!」


 剣を突き立て、勢いを殺してなんとかとどまったがそれでも二メートルは移動した。


「今度こそ!」


 再び地面を蹴る。


 先ほどよりもその力を抑えたが、今度は魔物に正面からぶつかってしまう。


 敵は雄たけびを上げて右手を振り下ろす。


 彼は真横に跳んで回避。意図せず体はふわりと浮かぶ。


 振り下ろされた拳は地面にヒビを走らせた。


 魔物は彼に向かって跳び、宙で追いつくと拳を振り下ろした。


 彩人は咄嗟に剣で受け止める。


 だがここは空中。故に踏ん張ることができず、叩き落とされた。


「がはっ!」


 地面に背中から激突。

 体内から空気が強引に押し出される。

 咳き込んでいる暇はない。

 魔物が彼を目掛けて落下しているのだから。


 彩人は素早く立ち上がると、真横に飛び込むような形でその場から離れた。


 敵が轟音と共に着地する。


 先ほど以上に地面に広くヒビが走った。


(思うように動けねぇ……)


 今は軽い――軽すぎる膝が煩わしい。

 それならと彼は足元に転がっている砕けたタイルの瓦礫を魔物に向かって投げた。


 敵は右手で受け止める。そして握りしめると瓦礫は焼き菓子のように砕けた。


(どうする……)


 自分に問う。だが返答はない。


 魔物は右手を彼に向けた。

 するとそこから枝が伸び、丸まって球となる。


(来る――)


 第六感が告げた。


 敵はそれを彼に向かって投げた。


 彩人は剣で受け止める。


 その瞬間、球は爆発した。

 だがその爆発に熱も光もない。

 拡散されたのは水だ。


 その勢いに彼は吹き飛ばされる。


「くそっ!」


 彩人は前髪をかき上げて改めて剣を両手で握る。


 魔物は地を蹴った――いや、手で押した。


 迫る敵に対して彼は剣を振り上げる。


(思うように移動できないなら迎え撃つまでだ)


 両者の距離が縮まる。

 互いの攻撃が届く距離だ。


 先に仕掛けたのは彩人。眼前に迫る敵の右腕を切り落とした。


 驚いた魔物は後方に跳んで離れる。


 彩人は足元に転がっている敵の右腕を一瞥する。

 血が流れていないことから改めて敵の体が木でできていることを認識した。


(とりあえず右腕は貰った……左腕で立っている以上、攻撃は――)


 そのとき彼は目を丸くした。

 

 なぜなら魔物の右腕の断面から枝が数本伸び、ねじれ、絡み合ったかと思うと腕の形になったからだ。


「そんなのありかよ」


 つい口角を上げてしまう。


 魔物は立て続けにあの球を投げる。


 彩人は右へ左へそれを回避。


 球は地面や街灯など何かしらに当たるたびに爆ぜて水を撒き散らした。


 彩人は魔物との距離を詰め、剣を振り上げる。


 肩をかすめた。


 やはり血は出ない。


 魔物の拳が真下に叩きつけられる。

 右へ逃れた彩人の影を追い、その拳が斜め左上へと鋭く一閃した。

 抉り上げるようなアッパー。


 対して彼は地を這うように身を低くする。


 頭上を凄まじい風圧が通り過ぎ、髪をかき乱した。


 そんな彼に魔物は再び拳を叩きつける。


 彩人はそれを剣で受け止めた。真上からの重圧に片膝をつく。


「くっ、そ……!」


 地面にヒビが入る。


「ばかすか殴りやがって……!」


 彼は押し返すことを諦め、真横に跳んだ。


 拮抗していた力を失った魔物の拳は地面にぶつかる。


 彩人は敵から離れて次の攻撃に備えて剣を正中線に構える。


 だが魔物は襲ってこなかった。

 振り下ろした拳が地面にめり込んでいるのだ。


(今だ!)


 彼が走り出そうとしたとき。


「なっ――」


 突然体が痺れ、言うことをきかなくなった。その場に片膝をつき、終いにはうつ伏せに倒れる。その痺れは筋肉だけではなく、内臓をも痺れさせる。


「なん、だ、これ……」


 困惑して隙を見せた彼に逆根腕猿(ウデデ・カザル)は容赦をしない。再び地面を抉るように拳を振る。


 これまでのように剣で受け止めることができなかった彼は高く、遠くに吹き飛ばされた。

 そして左肩から落ち、うめき声を漏らした。

 それでも気を失うことがなかったのは剣の影響によるものだが、それがかえって彼を苦しめる。

 起き上がろうとしても痺れの影響で立てない。


 この痺れの原因はあの球が爆ぜたときに拡散した水によるものだ。あれはただの液体ではない。逆根腕猿(ウデデ・カザル)の魔力が含まれた未知なる物質。いわゆる魔術の一種だ。


(くそっ、早く立たないと……)


 なんとか頭を上げて敵を視界に入れる。


 だが魔物は彩人を見ていなかった。目にしているのはあの小柄な少女。


「やめろ……」


 彼は敵を睨みつける。

 しかしそれを無視して逆根腕猿(ウデデ・カザル)は小毬に向かって歩き出した。


「くそっ! 動けよ! 動け! 動け!」


 彩人は歯が欠けるほどに噛みしめ、両腕で上体を起こすが左手が滑り、先ほど痛めた左肩から倒れる。


 その間にも魔物は小毬に近づいている。彩人には目もくれない。勝利を確信しているのだ。


(くそっ……駄目か……)


 視界が朦朧とする。

 周りの音が遠のいてゆく。


 それなのに見えた。

 聞こえた。


 脳裏に小毬の笑みと声が。


「あああああ……!」


 麻痺で思うように機能しない喉で声を絞り出す。気合いでなんとか四つん這いになるとそこから立とうとする。そのとき右足が滑って下がる。同時に重心はやや前へ。


「……」


 偶然にも今の彼の姿はスタートの合図を待つ走者の姿と重なった。


 数年前、まだ走ることができた日々の記憶が蘇る。

 雲一つない青空。

 しんと静まり返る会場。

 それでも聞こえるのは自分の鼓動だけで……。


 ――タァン。


 スターターピストルが鳴った。

 

 誰よりも早い反応で地面を蹴る。

 周りは見ない。

 見るのはゴールだけ。


 走って走って走って、ゴールを通過した――。


「……」


 立ち止まった彼は振り返る。

 そこに見えたのは両腕をついている他校の生徒たちの姿……ではなく、顔を斬られて倒れている逆根腕猿(ウデデ・カザル)の姿だった。絶命した魔物の体は一気に枯れ始め、からからに乾くと肩や首は自重で折れた。


「勝った……」


 彩人は剣を持っていない方の手で拳を力強く握りしめた。

 そんな彼を祝うようにそよ風が頬を撫でる。


「そうだ、雛芽が……」


 後輩の元へ行こうとする。

 そのとき。


「えっ」


 転んだ。

 なんの前触れもなく急に。


「くそっ、しまらないな……」


 誰も見ていないことに安堵しながら立ち上がろうとする。だが立てない。痛みや苦しみはない。ただただ動けないのだ。


(雛芽……!)


 心の中で叫ぶ。

 なんとか頭だけ動かして彼女の様子を見たいが、少しも動かせない。


 そのとき意識が底に沈み始めた。彩人は目を閉じるなと何度も強く自分に言い聞かせたが無駄だった。


 抵抗むなしく彼の意識は深く深く沈んだ。


 青空の下。

 霧の柱の中に二人の男女。


 彼らに何が起きていたのか知っているのは空木彩人だけ。


「……へぇ、やるじゃん」


 いや、もう一人いた。

 「彼女」は気を失っている彩人の顔を覗き込むとニヤリと笑うのであった。

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