03:日常の崩壊と、迫る魔物
「えっ?」
目覚まし時計の音が鳴り響いた。
驚いた魔物は回れ右をして音がする方へ走り出す。
そして何が起きたのか首を傾げる彼の元に現れたのは小毬だった。
「雛芽!?」
「しっ。静かにしてください。今のうちに逃げましょう」
小毬は彼に肩を貸した。
「逃げるってどこに?」
「霧の外です。外はすでに警察とか救急車が駆けつけています」
「そ、そうか。でもどうして戻って来たんだ」
「そんなこと言わないと分からないんですか? 先輩のことが心配だったからですよ。……それとすみませんでした。私、自分のことだけ考えて逃げていました」
「別に気にしてねぇよ」
彩人と小毬は歩を揃えながら魔物を一瞥する。
異形の生物は数メートル離れた先で地面を何度も殴っていた。おそらくあそこに音の発信源があるのだろう。
「あの音はお前か?」
「はい。アラームをかけておきました。よかったです、先輩が傷つく前に鳴ってくれて」
そのとき魔物が咆哮する。
二人が振り返るとスマートフォンを破壊することに満足したのか魔物はこちらを睨んでいた。そして走り出す。
「雛芽! 俺を置いて行け!」
「そんなことできるわけないでしょ!」
「でもこのままじゃ二人ともやられるぞ!」
「そういうことなら……」
彼に肩を貸していた小毬は離れると立ち止まった。
「何してんだ! 雛芽!」
「魔物は私が引き付けるので先輩は今のうちに逃げてください!」
「馬鹿なことはやめろ! 囮なら俺がなる!」
「できるわけないじゃないですか! 先輩が! 先輩は、その……走れないじゃないですか! 走れない人が囮なんてできるわけないでしょう!」
そう言って小毬は魔物に向かって走り出した。
「雛芽!」
「大丈夫です! こう見えて私、反射神経が良くて――えっ」
魔物は迫る彼女を飛び越えて彩人の元へ向かった。
「やめて――」
小毬は彼に手を伸ばして願う。
だが現実は非情なもので、魔物は彼を払い飛ばした。
一直線に吹き飛んだ彼はステージの背面パネルに当たってようやく止まった。
そんな彼はまだ意識があった。だが今にも途切れそうである。体が酸素を求めて胸を激しく上下させるが、喉から塊のように溢れ出る血が呼吸の邪魔をする。
視界が鮮明になったりぼやけたりし始めた。
そんな彼はうつ伏せの状態から顔を上げて、目を丸くした。
なぜなら小毬が魔物の大きな手に握られていたからだ。
「――っ!」
彼女の名前を叫ぶが声が出ない。
一方、小毬は魔物に捕まっているが、声を大にして叫んだ。
「先輩! 大丈夫ですか!? 動けるなら――」
しかしその先は断末魔の叫びへと変わる。
魔物が彼女を握る手に力を込めたのだ。
「や、めろ……」
彩人は這ってステージの上を進む。
だがそのとき異形の生物と目が合った。
あの漆黒の球のような光のない目。
見つめ続けているとその中に吸い込まれそうで、彼は身を震わせて顔を伏せた。
そのときまたしても小毬の悲鳴が響く。
彩人は顔をあげようとしたが、再び魔物と目が合いそうで躊躇してしまう。
(あれが雛芽に気をとられているうちに逃げることができるんじゃないか? 雛芽だって自分が囮になるって言っていたし……。引き付けるって言っておきながら捕まるなんて――)
彼は唇を噛んだ。
その痛みは全身の傷よりも痛い。
「離せよ……」
彼はふらつきながら立ち上がるが倒れそうになる。しかし「それ」に掴まってなんとか踏みとどまった。
「離せ……」
彩人は「それ」を掴んだ。
熱い。
それでも離さない。
「雛芽を離せ!」
護る。
決意を胸に彼は「それ」を引き抜いた。
その瞬間、「それ」は輝き、視界は白に染まる――。




