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アオゾラ・ブレイブソード【完結済み/全30話】  作者: 三七倉 港


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15/16

15:誰よりも速く、風のように

「違うんだ! 雛芽! これは、その……仕事みたいなものなんだ!」

「転入生とお昼を食べることが仕事? 先輩は何を言っているんですか?」

「その、世話係なんだよ。先生に頼まれたんだ。エマ――シラハセは転入してきたばかりで、学校に慣れていないからって」


 彩人がそう言い、小毬はエマを見た。


「ええ、そのとおりよ。コマリちゃん。アヤトが言ったことは本当。私は日本語がまだ不自由だし、この学校のルールもよく分からないから。アヤトに助けてもらわないと、一日も持たないの。それとお昼は私から誘ったの。世話係のお礼がしたくてね」

「そ、そうなんですね。……うん、分かりました。先生の指示なら仕方ないですね。先輩、お疲れ様です」


 小毬の瞳にわずかにハイライトが戻る。だがその光は以前のような純粋な憧れというよりは、何かを固く決意したような鋭いものに変わっていた。


「じゃあ、俺たちは行くから」


 彩人は逃げるようにして券売機に行き、食券を買うとカウンターの前の列に加わった。エマも彼と同じように列に加わる。そして料理を受け取った二人は食堂の隅にある二人掛けの席へ向かう。

 ようやく向かい合って席に着いたが、彼の心地は最悪だった。

 数メートル離れた席で小毬が自分のトレイを持ったまま、微動だにせずこちらを見つめているからだ。彼女の視線がレーザーポインターのように背中に刺さり、カレーを運ぶ手さえ震えそうになる。


「ねぇ、アヤト。あの子、本当にアヤトのことが好きなんだね」

「そんなわけないだろ。ほら、黙って食え。というか聞きたいことがある」


 彩人は周囲に声が漏れないよう、身を乗り出して小声を出す。


「あれから数日が経った。でも一度も魔物も霧の柱も出現しない。どういうことだ? いつになったらこの――有り余った力を発散できるんだ?」

「それは分からないわ。魔物の出現タイミングは予想できないの。アヤトはそんなに戦いたいの?」

「まぁな。魔物と戦うことは確かに怖いし、痛いし、苦しい思いもする。けれど、あんなの今までに味わったことがないんだ。陸上やっていた頃の刺激以上の刺激で……なんというか疼く」


 彩人の答えにエマは僅かに寂しげな笑みを浮かべ、肩を落とした彼の頭を撫でようとした。が、遠くから殺気が込められた視線を感じ、すぐに手を引っ込めた。


「……まぁ、気長に待ちなさい。嵐の前はいつだって静かなものよ」


 それから二人は昼食を食べながら他愛のない雑談に花を咲かせるのであった。


 × × ×


 午後の授業、そして昼休みが繰り返される間も彩人はエマの存在を意識せずにはいられなかった。彼女は真面目に授業を受け、休み時間になるたびに直前に受けた授業の内容を質問してくる。そのたびにクラス中の男子からの嫉妬の視線が飛んでくるのであった。


 そして放課後。

 彩人が帰宅の準備をしているとエマが当然のように隣に立った。


「アヤト、学校だけじゃなく街も案内して欲しいな。スーパーの場所とか美味しいパン屋さんとか。教えてくれるよね? 世話係さん」

「ああ、いいぜ」


 彼は承諾し、エマと共に靴箱へ行く。そしてそこでスニーカーに履き替えているときだった。


「あ、き、奇遇デスネー」


 背後からあまりにもタイミングの良すぎる声がした。振り返ると、そこには完璧な笑顔を貼り付けた小毬が立っていた。


「小毬……偶然だな」

「ええ、偶然です。本当に、たまたま、なんですけど。……これからお帰りですか?」

「ああ、こいつに街を案内しろって言われて」


 彩人がそう言うと小毬はすかさず一歩踏み込んだ。


「街の案内ですか? それなら私もご一緒します! 私、この辺りのカフェには詳しいんです。シラハセさん、案内してあげますね?」


 小毬の瞳の奥には、一歩も引かないという鉄の意志が宿っていた。

 結局、彩人を真ん中にして左右をエマと小毬に挟まれるという地獄のような三人組での街ブラが始まった。エマは面白がって彩人の腕に触れようとし、そのたびに小毬が間に入って阻止する。その攻防戦に巻き込まれ、彩人の精神は削られていった。


「そういえば先輩、今日はバッティングセンター行かないんですか?」

「なんだよ、急に」

「前に言っていたじゃないですか。最近バッティングセンターにはまっているからマイバットを持ち歩くようにしたんだって」

「あ、ああー! そう、そうだったな、うん、今日はいいかな」


 彩人は毎日バットケース――勇者の剣が収められたバットケースを持ち歩いている。多くの人はスルーしていたが、小毬だけはそこに触れたのだ。


 そのとき不意に街中の人々のスマートフォンが一斉に耳をつんざくような警告音を発した。

 それは災害を告げるアラーム。

 彩人は即座にスマートフォンを取り出し、画面を確認した。


『緊急事態宣言。以下の地域に霧の柱が出現。付近の住民は直ちに退避してください』


「……来た!」


 彩人の叫びは恐怖からではなく、歓喜の色を帯びていた。

 隣のエマと顔を見合わせる。エマの表情もいつもの悪戯っぽさが消え、勇者の仲間としての峻烈なものに変わっていた。


「アヤト、あっちよ。力が……渦巻いている」


 二人は示し合わせたように駆け出した。

 重力の影響を感じさせない弾丸のような初速。


「あ、待ってください! 先輩!」


 ついてこようとする小毬を彩人は走りながら振り返り、鋭い声で制した。


「雛芽! お前は来るな! 危ないから早く家に帰れ!」

「えっ、でも……」


 彩人の声には今まで彼女に一度も見せたことのないような、絶対的な拒絶と支配的な力強さがこもっていた。

 小毬が足を止める。彼女の視界の中で、彩人とエマの背中が信じられないほどのスピードで遠ざかっていく。


 置いて行かれた道の上で小毬は立ち尽くしていた。

 胸の中にあるのは自分だけがのけ者にされたという、どろりとした寂しさと憤り。

 だがそれ以上に――。


「嘘……なんで……」


 小毬の口から困惑の言葉が漏れた。


 かつてオーバーワークで右膝を負傷し、陸上を、走ることを諦めたはずの彼が走っていたからだ。あの日よりも、誰よりも、速い速度で。風のように。


 小毬が抱いた疑問は沈み始めた日光の中で深く深く刻まれていった。


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