第7話 夜の帳が下りる狩場
俺は瞬く間に距離を詰めると、突如姿を現した上位種に飛びかかる。
上位種は肉食獣のように本能を剥き出しにして迫る俺を見て、一瞬驚愕の表情を浮かべる。
そのせいで回避行動が遅れ、左肩の皮膚と肉を食いちぎられる。
「グギャ……」
俺は口内の肉を咀嚼して、ゴクッと飲み込む。直後、心の内が満足感と多幸感で満たされる。
……ウマイ。
……モット、クライタイ。
……クライタイ!
すぐに後ろへ振り返り、「ブモォオオオオオ!」と雄叫びを上げながら疾走する。
右肩を負傷している上位種に向かって、再び真正面から飛びかかる。
しかし上位種は、俺の動きをしっかりと目で追い、飛びかかってきたタイミングで顔面に向かって棍棒を鋭く振り抜く。
「ブモッ……」
吹き飛ばされ、地面を転がる俺。
幸い、上位種の『物理攻撃力』と俺の『物理防御力』に大きな差がないためか、一撃で行動不能になることはなかった。
……イタイ。
……デモ、クイタイ。
……ハラガヘッタ。
上位種という上質な餌を前にした俺は、棍棒で殴られた痛みさえも【暴食】の衝動に呑み込まれていく。
だから先程の反撃を学習しないまま、再び涎を撒き散らしながら真正面から飛びかかる。
今度は薙ぎ払うように棍棒が振るわれ、左側頭部を強く殴打された俺は、先程と同様に地面を転がる。
……ハァ、ハァ。
……クイタイ。
……クイタイ!
技術も駆け引きも存在しない、真正面からの特攻。
上位種は二度も同じ攻撃を迎撃したため、目の前の敵は〝真正面からの特攻〟しか仕掛けてこないと判断する。
「グギャ!」
目の前の敵は〝脅威ではない〟と考えたのか、真正面から飛びかかる俺を見て下卑た笑みを浮かべ、下から掬い上げるように棍棒を振り上げる。
顎下を強打された俺は、空中で一回転した後、地面に倒れる。
……イタイ。
……クイたい。
……イてぇ。
……このままじゃ、死ぬ。
……冷静になれ! 俺!
体力の消耗と積み重なるダメージが、【暴食】の衝動が猛威を振るう中でも、俺の理性を取り戻させる。
荒い息を整えながら、膝に手をついてなんとか立ち上がる。
理性を取り戻した俺と上位種の視線が交差する。
(……舐め腐った目をしてやがる)
上位種は下卑た笑みを浮かべたまま、また俺が〝無駄な特攻を仕掛けてくる〟と思っているのだろう。
俺は内心ムカつきながらも、何も学習しない馬鹿を装い、再び真正面から特攻を仕掛ける。
上位種はニヤリと口角を上げ、棍棒を振り上げる。
俺が目と鼻の先まで迫ると、顔面に向かって鋭く棍棒を振り抜く――が、俺は左腕で防御しながらさらに一歩踏み込み、右拳で上位種の顔面を殴打する。
「グギャ……」
顔面を強く殴られて吹き飛ばされた上位種は、先程の俺のように無様に地面を転がる。しかし俺と違うのは、すぐに立ち上がってこないことだ。
上位種の『物理攻撃力』と俺の『物理防御力』に差はないが、俺の『物理攻撃力』と上位種の『物理防御力』には差があるようだ。
「なら、ここで勢いを止めては駄目だ!」と判断した俺は、地面に倒れ伏す上位種に飛びかかろうとする――が、側頭部に衝撃と痛みが走る。
(なんだ!?)
衝撃を受けた箇所から視線を辿り、攻撃が放たれた方向へ目を向けると、醜悪な魔物が三匹いた。
上位種が現れるまでに周囲の魔物は討伐したと思っていたが、討ち漏らしがあったようだ。上位種と俺の戦闘音に釣られて、この戦場まで来たのだろう。
(クソッ、上位種だけでも厄介なのに……)
俺の意識が奴らに向いている隙に、地面に倒れ伏していた上位種は立ち上がり、瞳に激しく燃える炎のような戦意を宿している。
(脅威度は上位種の方が上。奴らの攻撃は防ぐだけでいい。あくまで狙いは上位種!)
俺は奴らから視線を外し、戦意を滾らせている上位種に向かって駆け出す。
舐め腐った目から鋭い目つきに変わり、上位種は俺の一挙手一投足を注視する。
俺が右拳を繰り出すと、上位種は左腕で防御しながら棍棒を振り上げる。
振り下ろされた棍棒を左腕で受け止めると、しっかりと体重を乗せることはできなかったが、力一杯腰元を蹴り抜く。
「グギャ……」
体勢を崩してよろめく上位種に追い討ちをかけようとした時――右側と背後から接近する気配が。
振り向くと、跳躍しながら棍棒を振り上げる奴らがいた。脳天と左半身が棍棒で殴打される。
脳天への一撃で視界が少し揺らぐ。
上位種の攻撃に比べれば弱い一撃だが、上位種から受けたダメージが思いの外響いており、立ち上がろうとした時、ガクンッと膝が地面につき、足が微かに震える。
(気張れ、俺! ここで反撃に移らなければ、物量で押し切られるぞ!)
自らを鼓舞し、背後から奇襲した個体に向かって突撃して喉元に噛み付く。しかしそのまま捕食するのではなく、喉元の肉を食いちぎり、握っていた棍棒を強奪する。
即座に振り返ると、体勢を立て直している上位種が目に入る。傍らには二匹の下位種。
「グギャー!」
上位種が一鳴きすると、一匹が行手を阻むように立ち塞がり、もう一匹が足元の小石を拾い上げて俺に向かって投擲する。
上位種は下位種を統率し、俺に迷いと行動制限を強いながら、自身が致命打を与える作戦のようだ。
俺は棍棒で飛来する小石を弾き、再び疾走して立ち塞がる個体と接敵する。
お互いに振り抜いた棍棒同士がぶつかる――が、相手の棍棒が力負けして、体勢を崩す。
地面に倒れる奴には目もくれず、小石を投擲しようとしていた個体へ突進する。
意表を突かれたそいつは回避行動が間に合わず、俺の棍棒を顔面に受けて吹き飛ぶ。
その瞬間、距離を詰めていた上位種が「グギャー!」と雄叫びを上げながら棍棒を振り上げる。
俺は棍棒を両手で握っていたが、左手一本に持ち替え、右手を拳銃の形に変えて【酸弾】を上位種の顔面へ射出する。
しかし、ダメージの蓄積で手が震え、一発目を外してしまった。
慌てて左手に握った棍棒を引き戻し、上位種が振り下ろした棍棒を受け止める。
「次は絶対に仕留める!」と気を持ち直し、【酸弾】のクールタイムを稼ぐため、上位種と激しく棍棒を打ち合う。
身体に鞭を打ち、気合を入れて踏ん張りながら、必死にクールタイムを稼いだ。
「ブモォオオオオオ!」と気迫を前面に押し出し、棍棒を打ち合いながら強引に体勢を崩しにかかる。
上位種が蹈鞴を踏んで後ろへ倒れかけた瞬間、再び右手の形を拳銃に変える――その瞬間、上位種の動きが急に遅く感じた。
(ハァ、ハァ……今だ!)
しっかりと狙いを定め、二発目は上位種の額に着弾する。
「グギャ! グギャー……」
握っていた棍棒を取り落とし、酸液に焼け爛れる顔面を両手で覆いながら、上位種が地面に膝をつく。
このまま捕食しようと思ったが、【気配察知】が背後に接近する気配を捉える。
俺は振り返らず、その場で転がるように棍棒を回避すると、姿勢を低くしながら突進し、棍棒を振り下ろした直後で硬直している奴を押し倒す。
そして――
「ブモォオオオオオ!」
雄叫びを上げながら、顔面に向かって力を込めて棍棒を振り下ろす。
鈍い音が一度響いた後、戦場に静寂が訪れる。
(ハァ、ハァ……なんとか勝ったな)
一息吐く間もなく、未だ顔を両手で覆いながら「グギャ……」と呻く上位種のもとへ向かう。
力強く押し倒すと、上位種は両手を離し、俺の頬を押し返そうと手を伸ばしてくる。
早く喰らいたいのに、無駄な抵抗が邪魔で煩わしい。人差し指と中指をまとめて口に含み、噛みちぎる。
「グギャー!」
あまりの痛みに、上位種が大声で絶叫する。
そんなことお構いなしに、俺は上位種の顔面に涎を垂らしながら、飢えた獣のように肉を食いちぎり、どんどん飲み込んでいく。
『Lv.10にUPしました』
『Lv.11にUPしました』
『Lv.12にUPしました』
『Lv.13にUPしました』
『Lv.14にUPしました』
……あぁ、満たされる。
……身体が、細胞が喜んでいる。
ビッグ・スライムよりも濃厚な旨味が全身を駆け巡り、俺は歓喜に震える。
上位種を肉片一つ残らず腹に収めると、下位種の奴らも同様に捕食する。
レベルは『5』も上昇したが、スキルレベルが上がることはなかった。
それは残念だが、それよりも――
(完全に陽が沈んでしまったな。このまま狩場で夜を明かすのは怖いんだが……)
上位種を倒してさらに強くなったとはいえ、暗闇の中で戦うのは今回が初めてだ。
月明かりがあったとしても視界が悪いことには変わりなく、日中と同じように戦えるか不安だった。
それに、これだけ激しい戦闘を繰り返したのだから、突然眠気が襲ってくる可能性もある。
(……いや、今の俺は人間じゃないんだ。もしかしたら、睡眠が必要ない可能性も――)
楽観的に考えようとしても、体力を消耗している今は漠然とした不安が消えない。
俺は不安を抱えながら、まずは体力を回復させようと、近くの木の幹に背中を預けて腰を下ろした。
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