第46話 不発の魔法と岩山の洞窟
「ハァ、ハァ、ハァ……ふぅ。少し休憩」
コボルトの森を後にして街道に合流した後、俺は街道沿いを走っていた。別に魔物や冒険者に追われているわけじゃない。
ただ今後のために、体力作りをしようと思ったからだ。
コボルトの森のように、連携や統率された集団を相手取る時、もちろんある程度の強さや技術は必要だが、何よりも体力が大事だと痛感した。
継戦能力を高めるという意味でも、体力は不可欠だ。
(これまでは道中を歩いていただけで、ほとんど何もしていなかった。時間を有効に使うためにも、【暴食】の衝動を緩和するためにも、今後は走って移動するか)
そう決意して再び走り出そうとした時、ふとまだ検証が必要なことを思い出した。
(コボルト達を倒すことに集中していたから忘れていたけど、コボルト・シャーマンから初めての魔法を獲得したんだよな)
改めてステータスウィンドウを表示し、【風魔法】の項目をタップする。
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・名称 【風魔法】
・分類 任意発動型
・効果
【風魔法】を行使する際の魔力消費量が30%減少。
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詳細説明は、簡潔で分かりやすい。
スキルレベルが存在するなら、魔力消費量の割合はスキルレベルによって変化するのだろう。
ただ、それ以外に記されている情報はない。
詠唱文も魔法名も表記されておらず、現時点でどんな魔法が行使できるのか分からなかった。
(それとも、決まった〝詠唱文〟や〝魔法名〟はなく、事象をしっかりと想像できていれば発動可能なのか?)
戦闘中だったため聞き取れなかったが、コボルト・シャーマンは特に詠唱している様子もなく、魔法陣を展開して【風魔法】を放っていた。
それなら同じ魔物である俺も、詠唱は必要ないのでは? そう思って、試しに右手を前面に突き出し、心の中で想像を補強するように独自の詠唱を紡ぐ。
(……敵を穿て、風弾)
瞑っていた目を開け、発動結果を確認してみる。しかし魔法陣が展開される様子も、風の弾丸が射出される様子もない。
本当に不発だったのか確認するため、ステータスウィンドウで『魔力』の残量を見てみるが、数値に変化はなかった。
(……ということは、魔法は発動していない。心の中で紡いだのが悪かったのか? 人間の言葉でなくても、声に出すことが重要なのか?)
「ブモブモ、ブモ!(敵を穿て、風弾!)」
……しかし、今回も不発だった。
(何が足りない? 今の俺にできることは……)
スキルポイントの項目をタップして、羅列されているスキルを上から下へと眺める。すると、関係ありそうなスキルを見つけた。
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・名称 【言語理解】
・分類 常時発動型
・効果
人間の言葉を理解できるが、読み書きは不可能。
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詳細説明を見る限り、スキルレベル1では聞いた言葉を理解できる程度で、読み書きや会話は難しそうだ。
だが、スキルレベルを上げていけば効果の内容が変わり、人間の言葉を喋れる可能性がある。
(……それに期待するしかないか)
なぜ魔物である俺が、コボルト・シャーマンのように魔法を行使できないのか。
不満は残るが、人間と魔物が混じった特異な存在である俺には、何か別の条件が必要なのかもしれない。
そう納得させたところで、ステータスウィンドウを閉じて再び走り出す。
スキルポイントがあれば、すぐにでも【言語理解】を獲得したいところだ。
だが、今はスキルポイントがない。
魔法を行使できるようになるためにも、早く新たな狩場を目指してレベルを上げないとな。
▼
太陽が天辺を回り、少し傾いてきた時間帯。【遠視】で前方に巨大な壁が見えてきた。
(おそらく街を守る城壁だろうな。これで三つ目の街か)
数時間前に魔法の検証をしていたからか、今は街へ入って魔法の手がかりを調べたい気持ちが溢れてくる。
だが、それは叶うことのない願いだ。
(それはそうと、街があるということは住民の糧となる狩場が存在するはず。できれば新たな魔物と出会えるといいけど)
壁の上に立つ見張りに注目されないよう、街道から逸れて草原を移動する。
近寄ってきたホーン・ラビットを長剣で真っ二つに両断し、手早く喰らって空腹を満たす。
血の付いた口元を手で拭うと、再び歩き始めた。
すると、草花を踏みつけてできた獣道が、右前方にある岩山へと続いていた。
大地を覆う緑は消え失せ、辺り一面に薄茶色の岩肌が剥き出しになっていて、巨大な岩山が幾重にも連なっている。
乾いた風が、地面を転がる小石をカラカラと鳴らしていた。
草木の匂いも、水の匂いもない。
生物の気配が希薄な場所だった。
(あの岩山には、どんな魔物が居るんだろうか。今の俺より強い相手なら、尚更好都合だ)
踏み均された獣道を進み、岩山を登っていると、山腹にぽっかりと口を開けた巨大な洞窟を発見した。
黒く塗り潰されたような暗闇が奥まで続いており、外からでは内部の様子は窺えない。
まるで巨大な魔物が、口を開けて獲物を待ち構えているようだった。
中へ足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が全身を包み込む。
天井は十メートルほどあり、所々の亀裂から差し込む日差しが岩肌を照らしていた。
足音だけが洞窟内に反響し、静寂が辺りを支配している。まるで、別の世界に迷い込んだかのようだった。
(まぁ【夜目】があるから、真っ暗闇の戦闘でも問題ないが)
しかし、肝心の魔物の姿が見当たらない。
【気配察知】の有効範囲内には、魔物や冒険者の気配はなかった。魔物を狩るのであれば、さらに奥へと進まなければならない。
だが━━
(今の時間帯だと、冒険者も活動しているはずだ。このまま奥に進めば、魔物だけでなく冒険者とも遭遇することになる)
しかも洞窟内部だと、逃げ場は少ない。
魔物の本能や【暴食】の衝動を抱える俺では、冒険者との戦闘は間違いなく避けられない。
人間を殺したくない、喰らいたくないと思うのであれば、洞窟を進むべきじゃない。
だが、このまま立ち止まっていても、強くはなれない。
この弱肉強食の世界を生き抜くのであれば、俺自身が強くならなければならない。
(それでも、人間は殺したくない。となるとやっぱり、活動時間をずらすしかないか)
俺は睡眠不要で、一日中活動できるわけだし。
(仕方ない。どこかに身を隠してやり過ごすか)
そうと決まると、俺は洞窟から出て再び岩山を登り始める。頂上まで登ると、向こうに見える街から見えないよう、反対側へ少し下りる。
岩陰に腰を下ろした俺は、ステータスウィンドウを表示した。
(そういえば、まだ確認していないスキルがいくつかあったな)
陽が沈むまで、まだ時間はある。
ならば、その間にできることをしておこう。
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