第32話 毒を制して、狩場を制す
濃厚な甘味と酸味に後ろ髪を引かれながらも、その場を後にした俺は、山林の中を北へ向かって進む。
(荷馬車と護衛の冒険者達を守ることには成功したけど、結局人を喰らうことは我慢できなかったな……)
ただ、最初に人間を喰らった時よりは、正直罪悪感が少ない。小説の知識と状況証拠にはなるが、あれは間違いなく盗賊だった。
荷馬車を襲い、人を殺してでも金品を奪う連中だ。助けに入った自分と盗賊、どちらに正義があったかと言えば、自分の方だろう。
だからと言って、死体を喰らったことまで正当化されるわけじゃない。
本来なら捕縛して衛兵に引き渡すべきだったし、たとえ殺してしまったとしても、死体を喰っていい理由にはならない。
けれど、この見た目で人間社会に近づけば、俺の方が討伐対象になる可能性が高い。
結局あの場で、俺にできた最善は盗賊を排除することだけだった。完全に正しい行動だったとは思わない。
それでも、魔物の本能と【暴食】の衝動を制御できるようになるまでは、こうして罪を重ねることもあるだろう。
その覚悟は、もう決めている。
(これ以上考えても仕方ないか。気持ちを切り替えるついでに、盗賊達から得られた新規スキルの詳細を確認するか)
ステータスウィンドウを表示し、該当項目をタップする。
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・名称 【隠蔽】
・分類 常時発動型
・効果
自身の詳細情報を、他者に視られないように隠蔽。
レベル『3』以下の【看破】を無効化。
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なるほど。【看破】と対となるスキルのようだ。自身の能力値や所持スキルを隠せるなら、戦闘でも対策を取られにくくなる。
あるのとないのとじゃ、戦闘結果が大きく変わりそうな有用なスキルだが……。
(見た目が完全にオークだから、人間はすぐ敵対行動を取るしな。見た目を誤魔化せて【隠蔽】もあれば、人間社会で生きていくこともできたかもしれないのに)
本当に残念でならない。
そんな思いを抱えながら、魔物のいない山林の中を進んでいると、突然開けた場所に出た。
左側から伸びる街道はそのまま続き、山林は右側へ湾曲するように広がっている。
街道と山林の中央には、所々に草の島が浮かび、歪な形の木が点在していた。
地面のあちこちに水が溜まっており、とても歩きづらそうな場所だ。
(あそこが、新たな狩場なのか?)
疑問に思いながらも山林を下り、水浸しの地面に足を踏み入れる。
水溜まりの中から蛙の鳴き声が聞こえ、ヌチャヌチャと気持ち悪い音が周囲に響き渡る。
足の裏や足首に泥が纏わりつき、非常に歩きづらい。
(うぇー、やっぱり気持ち悪いな。街道の方を歩いた方が良いかもな)
そう思って街道の方へ歩き始めた時、【気配察知】が新たな気配を捉えた。
視線を向けると、泥の上をニョロニョロと滑るように移動する一匹の蛇がいる。
体長はおよそ1メートル50センチ。体皮は緑と紫の斑点模様で、非常に毒々しく見える。
蛇は残り数メートルというところまで接近すると、胴体の半分を起こして飛び跳ねた。
俺の顔面へ噛みつこうとしてきたので、咄嗟に身体を捻り、攻撃を躱す。
顔を逸らした直後、牙が鼻先数センチを通過。噛みついた勢いのまま泥を抉り、毒液が飛び散る。
すぐに距離を取り、【看破】を発動する。
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(簡略ステータス)
・マッド・バイパー Lv.20
・平均能力値 47
・所持スキル 【毒牙】【絞殺】【温度差可視化】【気配隠蔽】【魔力隠蔽】
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レベルや平均能力値はオークよりも格下だが、状態異常攻撃や奇襲に秀でている魔物のようだ。
俺が[感覚系]のスキルを持っていなかったり、あるいはスキルレベルが低かったりすれば、簡単に噛みつかれてジワジワと殺されていただろう。
(やっぱり格下だからといって、侮れないな。コイツの攻撃は絶対に受けちゃ駄目だ。間合いに入った瞬間、すぐ斬り捨てるべきだ)
俺は長剣の切先をマッド・バイパーへ向ける。奴は舌をチロチロさせながら、俺の隙を窺う。
久しぶりの緊張感に、生唾をゴクッと飲み込む。直後、ニョロニョロと加速した蛇が大きく跳躍した。
毒液の滴る牙が目前に迫る。しかし俺は長剣を振り下ろそうとして、泥濘んだ地面に足を取られ体勢を崩す。
顔の横スレスレを鋭い牙が通り過ぎる。慌てて体勢を立て直した。
二度目の噛みつきを躱されたマッド・バイパーは、泥の上に着地すると再び鎌首をもたげる。俺も長剣を構え直す。
次の瞬間、奴は再び飛びかかってきた。
今度は冷静に長剣を振り下ろし、その身体を真っ二つに両断した。
(ふぅ……)
振り返り、真っ二つになった死体を見下ろす。人間を喰った後なので、【暴食】の衝動はそこまで強くない。
だが腹の虫が鳴り、口元から涎が溢れる。
(ちょっと待てよ。コイツ毒を使ってきたけど、このまま喰らっても大丈夫なのか?)
心配が脳裏を過ぎる。
(頭の部分を斬り落とせば大丈夫か? でもそれだと、【暴食】の効果が発揮されないかもしれない)
とりあえず、一度試してみるか。
右半身と左半身の頭部をそれぞれ斬り落とし、まずは胴体を貪る。グチャグチャと食べ進めるが、やはり人間と比べれば味気ない。
スキル獲得を知らせる声も聞こえない。やはり全てを腹に収めないと、【暴食】は効果を発揮しないようだ。
しかし……毒が心配だ。【毒牙】のレベルは高くないし、俺の『状態異常抵抗力』もおよそ『90』。
格下の魔物の毒に侵されるとは思わない。だが、念には念を入れておくべきか。毒死して後悔するくらいなら、安い出費だ。
スキルポイントの項目をタップし、羅列されているスキルの中から最適なものを選択する。
スキルポイントを全て消費する。
『【状態異常耐性】Lv.1を獲得しました』
『【状態異常耐性】Lv.2にUPしました』
『【状態異常耐性】Lv.3にUPしました』
【毒牙】と同じレベルまで上げたので、即死する可能性はかなり下がったはずだ。
(ふぅ……よし! 喰うぞ……)
二つの頭部を拾い上げ、目を瞑って一気に口へ放り込み、噛み砕いて嚥下する。
『【毒牙】Lv.3を獲得しました』
『【絞殺】Lv.3を獲得しました』
『【温度差可視化】Lv.3を獲得しました』
『【気配隠蔽】Lv.2を獲得しました』
『【魔力隠蔽】Lv.2を獲得しました』
本来なら大量のスキル獲得通知は心躍るものだが、今は毒の影響の方が気になって頭がいっぱいだ。
目を瞑って大人しく佇み、身体の内側へ意識を向け、細心の注意を払う。
(……)
しかしどれだけ待っても、息苦しくなったり冷や汗をかくことはない。
(……大丈夫、みたいだな)
【状態異常耐性】を獲得しておいたおかげか、体調に変化はない。
(あぁ、良かった)
変な緊張感が解け、ようやく調子が戻ってきた。
(よし! これなら、どんどん狩っても大丈夫だな)
【気配察知】で周囲を探ると、マッド・バイパーと思われる気配がいくつも存在していた。
毒の心配はなくなった。
(これで、問題なくスキルレベル上げに集中できる)
そう考えた瞬間、自分でも気づかないうちに口元が緩んでいた。
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