第31話 剣を持つ異端のオーク
「ハァ、ハァ……ふざけるな! なんなんだアイツは!?」
山林の中を走り抜け、自身の活動拠点へ向かう道中、盗賊のリーダーは徐々にスピードを落とし、息を整えるようにゆっくり歩き始める。
今日も普段通り、迷宮都市から出てくる荷馬車を襲い、荷物と、もし女が居れば女も奪う算段だった。
迷宮都市とはいえダンジョンのランクは低いため、街に集まるのは下級から中級の冒険者達。
その中でも護衛依頼を受けるのはほとんどが下級冒険者のため、俺達みたいな冒険者崩れでも、荷馬車を襲うのは容易だった。
それなのに今日は、一匹のチビオークが乱入してきたばかりに、計画が台無しになった。
そもそも周辺の山林に魔物は居ないはずなのに、なぜ突然オークが現れたのか。
しかも、見たことも聞いたこともない子供のオーク。それに、人間が扱う鉄製の長剣を所持していた。
この時点で確かに「おかしい」とは思ったが、見た目通りならば「脅威にはならないだろう」と判断した。
だから部下達に任せたわけだが、悲鳴や絶叫に振り返ると、次々と部下達が殺されていた。
思った以上に強い、と感じていると、他の部下達が一目散に逃げ始める。流石にブチ切れそうになったが、今はそれどころではない。
子供オークが血走った黄色く濁った瞳をこちらへ向ける。
濃密な殺意を纏ったその姿を見て、戦闘は避けられないと感じた俺は、荷馬車を襲うのを止め、まず奴を倒すことにした。
部下達を嗾けて奴の体力を削るつもりで始まった戦いは、しかし、部下達が次々と返り討ちにされる始末だった。
さらに最悪なことに、俺達の意識が逸れている間に、荷馬車と冒険者達が街道を走り抜けて逃走。
荷馬車も消え、形勢も劣勢。この場にいる意味はないと判断して撤退した俺は、途中で足を止めて振り返り、奴と部下達の様子を確認した。
驚いたのは、あれだけ人数差があったにもかかわらず、奴は一つも手傷を負っていなかったことだ。
身体能力も剣の技量も、明らかに自分達よりも格上。中級冒険者――いや、上級冒険者に匹敵するのではないかと恐怖した。
部下達を殲滅した奴は、死体を貪り始める。魔物だから人間を喰らうことに違和感はないし、部下達について何か思うこともない。
ただ、「あぁならなくて良かった。撤退の判断は正しかった」と、改めて思った。
「さて、突然乱入してきた奴のせいで多くの部下を失った。部下達は所詮手駒なので情などないが、稼ぎ手を大量に失ったのは痛手だ。早く人員を確保しないとな」
迷宮都市には多くの人が集まる。しかし中には、日々の生活費を稼ぐのに精一杯だったり、どれだけ努力しても昇級できずに燻っている者も居る。
そういう奴らに声をかければ、簡単に人員は集まる。
もし冒険者に捕まれば未来はないが、上手くやれば、真面目に頑張る冒険者よりも簡単に稼ぐことができる。
ハイリスク・ハイリターン。
だが元々、冒険者も同じようなものだ。だから案外、盗賊に堕ちる者は多い。
「あぁそれと、一目散に逃げた奴らが戻ってきたら、絶対にブッ殺す!」
そう独りごちると、再び歩き出し、活動拠点へ向かった。
▼
街道を走り抜けていた冒険者達は、一度後方を振り返り、盗賊の姿が見えなくなるまで離れたところで、御者に速度を落とすよう告げる。
出発時と同じ速度で歩き始めると、パーティーのリーダーが徐に口を開く。
「なんだかよく分からない状況だったが、上手く危機を脱せて良かったな」
それに応えるのは、副リーダーポジションのローブ姿の女性だ。
「えぇ、本当に。私達は運が良かったわ。それにしてもあのオークは一体……あの辺に魔物は居ないはずだけど……」
続いて、方盾を装備する男が会話を引き継ぐ。
「それもそうだが、人間の武器を扱うオークが居るなんて聞いたことがないぞ。『ただの飾りか?』とも思ったが、盗賊達と戦っているのを見て、十全に使い熟していると感じた」
最後に、長槍を装備した男が畏怖の籠った声で、素直に感じたことを述べる。
「あれだけ人数差があるのに、次々と盗賊達を斬り殺していたからな。どう見ても俺達の手に負える相手じゃなかった。少なくとも中級冒険者――いや、上級冒険者でないと勝てないかもしれない。標的が盗賊達で本当に良かったよ」
誰しもがそう思った。
だが、そうなると――
「……あのオークは長剣を扱う特殊な個体のようだし、私達を助けようと盗賊達を襲った可能性はある?」
ローブ姿の女性は「そんな可能性はない」と思いながらも、「もしかしたら……」と感じて、皆に疑問を投げかける。
「それは……ないだろうな。特殊な個体であることに変わりはないが、魔物は人間の言葉や感情を理解できない。俺達が襲われているという認識もないはずだから、乱入してきたのは偶然だろう」
リーダーが、そう断言する。
それが俺達の――いや、この世界の人間の共通認識。魔物は人間の生活に欠かせないものだが、同時に脅威でもある。
言葉も感情も理解できない獣とは相容れないのが当然。だからこそあれは、ただの偶然だとはっきり分かる。
「目的地に着いたら、冒険者ギルドに寄ろう」
「そこまでする必要ある?」
「人間の武器を扱う特殊個体だぞ。しかも、あれだけの盗賊を一方的に斬り殺していたんだ。放置していい相手じゃない」
「それもそうね」
パーティーの意見がまとまると、彼らは再び周囲を警戒し始めた。
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