第30話 孤独な勝利、街道の静寂
雄叫びを上げながら山林を飛び出すと、護衛の冒険者達と盗賊達の視線が、一気にこちらへ向く。
小さなオークが長剣を携えて迫り来るのを見て、あまりに異様な乱入者を前に、その場の誰もが一瞬動きを止めた。
距離が徐々に縮まるにつれて、〝魔物〟としての本能と【暴食】の衝動が騒ぎ出す。
殺意と渇きが理性を呑み込んでいくのを感じつつ、俺は盗賊達に向かって駆ける。しかし、以前とは違う点があった。
ハイオークに進化した影響か、以前よりも理性が侵食されにくくなっている。
思考の大半は「殺して喰らいたい」という欲求に占められているが、片隅に冷静に状況を認識している自我が残っていた。
(……コレナラ、無差別ニ襲ワナクテ済ムナ)
俺が一番近くの盗賊と接触しそうになった時、リーダーらしき男が声を張り上げる。
「お前ら! 半分はあのチビを殺しに行け! 残り半分は俺の援護だ!」
指示を受けた盗賊達は素早く動き出し、十人ほどの男達が武器を構えて迎撃体勢を取る。
それを見た瞬間、無意識に長剣を握る手が震え、呼吸が荒くなる。理性が、〝意識的に人間を殺すこと〟への恐怖を感じているのだ。
(……躊躇ウナ。迷ッタラ、殺サレルノハ俺ダゾ)
改めて、気を引き締める。ただ、元々の本能と衝動のおかげで、意外とすんなり覚悟が決まった。
だから、まずは先手必勝だ。
有効範囲内に入った瞬間、【突進】を発動。〝直進限定〟ではあるが、一時的に『移動速度』が『×1.5倍』に強化される。
発動した瞬間、後ろへ流れる景色が速くなる。直線上にいる男との距離を詰め、俺は長剣を鋭く振り下ろす。
男は慌てて身体を逸らそうとするが、俺の斬撃はそれよりも早く、身体を真っ二つに両断した。
男の身体の中央に赤い斬痕が浮かび上がり、二つに裂けるように崩れ落ちる。
「えっ……」
「は……?」
仲間が一瞬で殺されたことで、他の者達は理解が追いつかず、呆然と立ち尽くす。しかしそんなことは、俺の知る由もない。
すぐに次の男に狙いを定め、【身体強化】を発動。
〝五分間〟という制限はあるが、『物理攻撃力』『物理防御力』『移動速度』が『×1.5倍』に強化される。
瞬く間に距離を詰めると、次々と盗賊達に斬りかかっていく。すると盗賊達の表情が、次第に恐怖に染まっていく。
「うわぁあああああ!」
「ヤバい! コイツはヤバい!」
「逃げろーーー!」
取り囲むように迎撃体勢を取っていた盗賊達は、あっという間に四人ほどが斬り殺されると気が動転した。
リーダーから受けた指示を無視し、山林の中へ逃げていく。
仲間の悲鳴と絶叫が響き渡ると、護衛の冒険者達を相手にしていた奴らが、こちらへ振り向く。
「おい、お前ら! 何をしている! 早くそのチビを始末しろ!」
リーダーの男が逃げ惑う部下達へ怒声を張り上げるが、部下達は聞く耳を持たず、一目散に山林の中へ消えていく。
俺は逃げ惑う盗賊達を追いかけそうになるが、わずかに残った理性で必死に抗い、踏み留まる。
(……追ウナ。俺ノ目的ハ、荷馬車ノ人達ヲ守ルコトダロウ!)
黄色く濁った瞳を血走らせ、口元に涎を湛え、飢えた獣のように荒い呼吸を漏らしながら、逃げ惑う奴らから視線を外し、荷馬車を襲っている奴らへと目を向ける。
「チッ、荷馬車は後回しだ! まずは、アイツから始末するぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
リーダーに統率されているからか、残りの盗賊達は恐慌状態になることなく、冷静に俺を見据える。
「お前ら! 一人で戦うな! 二、三人同時に攻撃を仕掛けろ!」
「「「「「おう!」」」」」
指示を受けた盗賊達が早速動き出す。二人が左右から迫るように駆け出し、同時に長剣を振り下ろす。
俺は咄嗟に飛び退いて躱すと、すぐに距離を詰める。鋭く長剣を振り下ろすが、男は長剣で受け止めた。
カキンッ!
甲高い音とともに、受け止めたはずの長剣が、まるで枯れ枝のように砕け散る。
「なっ……」
その隙をついて胴体を両断する勢いで長剣を横薙ぎに振るった直後、【危険察知】が左からの危険を知らせてくる。
再び飛び退いて躱すと、今度は突き刺すように長剣を構え、【突進】を発動。男は俺の速さに反応できず、長剣で腹部を深々と貫かれた。
「ゴハッ……」
長剣を引き抜くと、男は口から大量に吐血しながら地面に倒れた。
「くっ……なんだあの強さは!? お前ら! 死ぬ気で、アイツを始末しろ!」
部下達が怖気づいているのに気づいたリーダーが、恐怖を吹き飛ばすように大声で指示を出す。
盗賊達は覚悟を決め、再び複数人で特攻を仕掛けてくる。それを相手にしていると、「ヒヒーン」と馬の嘶きが聞こえた。
盗賊達が俺に意識を向けている隙に、荷馬車と護衛の冒険者達が街道を駆け抜けていく。
「あっ!? クソッ……これじゃ何も旨味がねぇ。こりゃ、逃げるしかないな」
俺が盗賊達と斬り結んでいる隙に、リーダーの男は部下達を囮にするように後退し、山林の中へ逃げていった。
荷馬車を守ることには成功した。盗賊達の殲滅は俺の目的ではないため、この時点で役目は終了だ。
それでも、リーダーの指示を受けた盗賊達がまだ斬りかかってくるため、最後まで気は抜けない。
「死にやがれ! ッ……」
「こんの! ぶっ殺してや━━」
「クソが! いい加減くたば━━」
覚悟を決めて襲いかかってきた盗賊達を、全て斬り伏せた。真っ赤な鮮血と内臓が散乱する街道に、静寂が訪れる。
荷馬車の姿は遥か遠くに消え、山林へ逃げた盗賊達の気配もない。目的を達成し、緊張感が和らいだ瞬間、血の匂いも相まって衝動が強くなる。
……ウマソウダ。
……クライタイ。
……ムサボリタイ。
緊張が解けたことで抗う力が弱まり、理性は瞬く間に衝動に呑み込まれた。近くの死体に駆け寄ると、肉を引きちぎり、内臓を貪る。
『【解体】Lv.3にUPしました』
『【隠蔽】Lv.1を獲得しました』
魔物である俺にとって、血の匂いすら美味しく感じられる。しかも人間の肉は濃厚な甘さと酸味があり、食べ進める手が止まらない。
『【隠蔽】Lv.2にUPしました』
『【隠蔽】Lv.3にUPしました』
全てを食べ終えた時、俺は口元を真っ赤に染めながら恍惚の表情を浮かべる。
……ウマイ。
……マモノトハ、ダンチガイ。
……ヨウヤク、ラクニナレル。
ハイオークですら埋まらなかった渇きが、今だけは薄れていく。この瞬間は、〝孤独の寂しさ〟も〝人間を殺めることの苦しみ〟も忘れられる。
まるで、麻薬のようなものだ。
本当なら、この愉悦に身を任せたい衝動に駆られる。しかしそんなことをすれば、俺は本当に魔物になってしまう。
(フゥ……ソレダケハ、駄目だ)
周囲に人間が居なくなったことで和らいできた衝動から、主導権を取り戻すように気を取り直す。
(……逃げた盗賊達が仇討ちに来るかもしれない。早くこの場を離れないと)
防具や所持品には一切手をつけず、口の中に残る甘い血の味から逃げるように、俺は山林の中へ消えた。
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