第29話 見捨てられなかった理由
オークを従えて「独りじゃない」と喜んだのも束の間、【暴食】のことを考慮し、再び単独行動に戻る俺。
従えたオーク達の背中を見届けた後、足早に狩場を後にする。一度山を下り、街道が遠目に見える場所へ移動すると、そのまま北へ向かって直進した。
街を囲う大きな城壁を視界に収めながら移動を続け、やがて地平線の彼方へ消えた頃。俺はまだ街道沿いを歩き続けていた。
しかし、どうしても後ろ髪が引かれて振り返ってしまう。従属的な関係とはいえ、一時は「一緒に行動する仲間ができた」と、喜びを感じたのだ。
深い意思疎通はできなくとも、単純な命令なら素直に聞いてくれる。
一緒に冒険へ出て強くなれば、知能が高まり、会話も可能になるかもしれない━━そんな淡い期待も抱いた。
しかし、【暴食】の存在がそれを許さなかった。成長するほど【暴食】の衝動が軽くなっているとはいえ、完全に制御できるわけじゃない。
空腹に襲われた時、都合よく隣に餌があれば、仲間であろうと俺は一切の躊躇なく喰らってしまうだろう。
その後に俺を襲うのは、なお満たされない食欲と、仲間を喰らったことへの罪悪感。後悔してもしきれない絶望感が待ち受けているのは、目に見えている。
だから現状の俺に、行動を共にする仲間を作る資格はない。孤独が寂しいと言うなら、一日でも早く強くなり、【暴食】の衝動をどうにかすること。
仲間のことは、それから考えなければならない。
(……そうだな。早く強くなって、今回のことを忘れるくらい、大勢の仲間を作ろう!)
そう心に決めた俺は、前方へ視線を戻す。やるべきことと、やりたいことが明確になったので、表情に迷いはない。
再び北へ向かって歩き出し、新たな狩場を目指した。
▼
太陽が天高く昇り、地上を燦々と照らすお昼頃。街道は山林の方へ、大きく迂回するように伸びていた。
なので俺は今、山林の中を進んでいるが、ここにオークは存在しない。少なくとも、【気配察知】の範囲内には、魔物の気配が存在しない。
森なら、どこにでも魔物がいるわけじゃないらしい。
枝葉が日差しを遮ってくれるおかげで、若干の涼しさを感じながら進んでいると、風に乗って微かに、人間の悲鳴のようなものが聞こえた。
しかし、【気配察知】が気配を捉えることはない。
(……近くじゃないのか?)
周囲を警戒しながら山林の中を進んでいると、街道の方から金属同士がぶつかる甲高い音が聞こえてきた。
それも断続的に。
(……誰かが戦っている?)
そう思って音のする方へ進み、木の陰に身を隠して街道の様子を伺う。すると、長剣や短剣で武装した大勢の男達に囲まれた、一台の荷馬車が目に入った。
御者の男性は怯えながら荷台の方へ隠れ、護衛の冒険者達は必死に男達へ抗戦している。その様子を見た俺は、すぐに視線を外した。
遠目だったから即座に呑み込まれることはなかったが、沸々と【暴食】の衝動が湧き上がってきていた。
あのまま見続けていれば、衝動に呑み込まれていたかもしれない。
だが、それ以上に気になったのは━━
(荷馬車が襲われているってことは、取り囲んでいた男達は盗賊……だよな)
似たような光景をアニメで見たことがあるからそう思い至ったわけだが、俺はどうするべきなのか。
前世の感覚が残っているせいか、困っている人がいたら、できるだけ手を差し伸べたい。
だが、盗賊達の戦力は未知数だし、人数も多い。俺一人が助けに入ったところで、状況は変わらないんじゃないかとも思う。
そして一番重要なのは、今の俺は魔物だということ。
割って入ったところで双方から敵意を向けられるだろうし、運良く盗賊達を制圧できたとしても、せっかく守った人達を俺自身が襲ってしまう。
だからこそ、俺にできることは何もない。
いや、そう思いたいだけなのかもしれない。
「手を差し伸べたい」とは思いつつ、結局それらは"助けない理由"を探しているだけなのかもしれない。
それに、まだこの世界に来て四日しか経っていないし、人間を喰らう罪悪感も味わいたくない。
なにより、この右手に握る長剣だって、生きていくために魔物を討伐するために使うならまだしも、人間を殺すために使ったなら、あの人にも申し訳ない。
前世の俺と今世の俺。二つの考えが衝突し、俺はひどく葛藤する。
(どうする……? 助けたい気持ちはあるけど、正直まだ死にたくない……)
━━しばし悩み、そして俺は、木の陰から身を乗り出した。
悩んだ末、俺はあの荷馬車を助けることにした。
偽善でもいい。自己満足でもいい。
せめて最後くらいは、「見捨てなかった」と思えるまま死にたかった。
まるで勇者や英雄のような行動だが、実情は苦しみから逃れたい一心。
エゴを突き通せるような強い意志があれば良かったんだが……俺はそこまで割り切れなかった。
足は震え、心臓もうるさいほど脈打っている。
怖い。
正直、今すぐ逃げ出したい。
それでも━━
「ブモォオオオオオ!」
雄叫びを上げながら、俺は街道へ向かって駆け出した。
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