第23話 失われた長剣
生かされたエイブラムとアデラは、満身創痍の身体に鞭を打ちながら、馬車と並走して目的地へ向かっていた。
「ハァ、ハァ、アデラ……大丈夫か?」
「……私は魔力が尽きただけで、体力は問題ないわ。それより、エイブラムこそ大丈夫なの?」
エイブラムは、アーロンと一緒に前衛でオークと戦っていたため、体力も消耗し、ダメージも蓄積していた。確実に疲労困憊なはずなのに、ニカッと笑う。
「こんなの大したことじゃねぇ。それに、アーロンが気張ってるんだ。俺が先に折れるわけにはいかねぇ」
「……そうね」
二人は何度も後ろを振り返りたい気持ちに駆られるが、アーロンが命を賭して逃がしてくれたのだ。
自分達は一秒でも早く目的地に着き、アーロンを助けるために応援を呼ばなければならない。
その一心で後ろを振り返ることなく、無我夢中で走り続ける。
━━やがて数時間ほど経ち、すっかり夕方になった頃、目的地へ到着した。
護衛対象の商人を店の前まで送り届けると、二人はすぐに冒険者ギルドへ直行した。
勢いよく扉を開け放ち中へ入ると、ロビーで屯していた冒険者達の視線が一斉に二人へ集まる。
その中から一人、アーロン達と昔からの付き合いがある冒険者が、二人の様子を見て慌てて近寄ってきた。
「エイブラム、アデラ、どうした? そんなに慌てて」
「エイベル! 力を貸してくれないか!?」
突然エイブラムに両肩を掴まれたエイベルは一瞬驚いた表情を浮かべるが、二人の様子から「何かあったのだろう」と察する。
「落ち着け、エイブラム。何があった?」
「村に向かって街道を進んでいたら、オークと遭遇したんだ。戦闘になったが、俺達では勝つことが難しいと判断した。ちょうど護衛依頼で、依頼者を守る必要もあったからな」
「オーク……? 付近にオークが生息する狩場はない。もしかして、子供と同じ背格好のオークと戦わなかったか?」
「そうよ! なんでアイツの存在を知っているの?」
「この村もソイツに襲われかけたんだ。見た目の割に物凄い強さで、なんとか死傷者を出さずに撃退できたんだが……そいつはブラックウルフの縄張りへ逃げたんだ」
「ということは、アイツはあの森を生き抜いて、俺らと遭遇したんだな。どうりで強いわけだ」
「それで、アイツは今どうしてる?」
「アーロンが一人で足止めしているはずよ。私達と依頼者を逃がすため、アーロンがアイツを引きつけることになったの」
「そうなのか! だから、これから俺達はアーロンを助けに行く! そのために、エイベルにも力を貸して欲しいんだ!」
エイベルは実際にあいつと戦い、自分達よりも格上であることを認識していたにもかかわらず、エイブラムの要請に素直に頷く。
「分かった。すぐに人を集める。ブラックウルフへの防衛のために何人か残す必要はあるが、それ以外の奴らには事情を話して、なんとか力を貸してもらえるよう頼んでみよう」
「ありがとう。俺らも声をかけて回る。終わったら、また冒険者ギルドに集合だ」
「あぁ、分かった」
それから、エイブラム・アデラ・エイベルの三人は、依頼中の者や休みの者にも声をかけ、「アーロン救出に力を貸してくれ」と頭を下げた。
元々小さな村で皆が顔見知りということもあり、人との繋がりを大切にする村人気質が功を奏して、誰もが快く引き受けてくれた。
冒険者ギルドのロビーには、見張り担当以外の全員が集まっていた。もちろんその中には、アラン・バート・エイミーの三人もいる。
昔からよく遊んでくれ、冒険者になった今も先輩として面倒を見てくれるアーロンの一大事と聞き、真っ先に参加を決意した。
冒険者達を見渡しながら、エイベルが代表して口を開く。
「すでに聞いていると思うが、今回の敵はまたあのオークだ。アーロンが仲間と依頼者を逃がすため、今も一人で戦っているはずだ。俺達はその応援に向かう。なんとしてでも、アーロンを助けるぞ!」
「「「「「うぉおおおおお!」」」」」
ロビー内に気合いの籠った雄叫びが響き渡り、エイブラムを先頭に冒険者達がギルドを出ていく。
それを後ろから眺める、受付嬢とギルドマスター。受付嬢は不安そうな表情を浮かべ、ギルドマスターへ視線を向けた。
「……ギルドマスター。行かせてしまっていいんですか?」
「私が今『行くな』と制止したところで、誰も言うことを聞かないだろう。それに、彼らは仲間を救いに向かったのだ。止める理由など、ありはせん」
ギルドマスターは彼らを見送ると、静かに階段へ向かった。受付嬢もカウンターへ戻るが、ロビー内はシーンと静まり返る。
「……何事もなく、皆無事に帰ってきてください」
誰かへ祈るような受付嬢の独り言が、静まり返ったロビーに木霊した。
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村を出てアーロンの救出に向かった一行は、道中で魔物に襲われることもなく街道を進み、夜の帳が完全に下りた頃、目的地へ到着した。
ランタンの灯りを頼りに進んでいた一行は、先頭を歩くエイブラム・アデラ・エイベルの三人が足を止めたことで、全員が立ち止まる。
「なんだ、なんだ?」と騒ぎ出した後続が前へ進むと、いつの間にかある場所を取り囲むように皆が立ち尽くしていた。
その場所にあったのは、乾き始めた夥しい血痕。ビリビリに破られた衣服と防具、そして所持品が周囲に散乱していた。
皆の脳裏に、最悪の結末が過ぎる。
「……エイブラム、アデラ。念のため確認しておく。これらはアーロンの物か?」
二人はその場にしゃがみ、防具や所持品を確認する。一目でアーロンの物だと分かったが、現実を受け入れたくなかった。
だから所持品の中の一つ━━冒険者証を手に取った。「違う人であってくれ」と祈りながら確認するが、現実は残酷だった。
「嫌……嫌ぁ……」
その瞬間、アデラの膝が崩れ、叫びたい気持ちを堪えながら口元を押さえ、静かに涙する。
エイブラムも地面に膝をつき、膝の上で力一杯拳を握りしめながら肩を震わせた。
二人の様子を見て結末を悟った仲間達も、目端に涙が浮かぶ。
アランとバートは涙を堪えながらも悔しそうな表情を浮かべ、エイミーは口元を押さえたまま俯いた。
エイベルも目端に涙を湛え、二人になんと声をかけようか迷っていると、ふと違和感を覚えた。
(……アーロンの長剣がない?)
死体が残っておらず防具や所持品が散乱しているのは魔物の仕業だとして理解できるが、なぜ武器だけがなくなっているのか。
魔物が武器を持ち去るとは考えにくく、思わず疑問が口をついて出た。
「……武器は、どこにいったんだろうな?」
それを聞いた二人がガバッと顔を上げ、周囲を見渡す。
「ほ、本当だ! なぜアーロンの武器がなくなっている!?」
「え……なんで?」
誰もが疑問を浮かべる中、アランが口を開いた。
「……きっと、あいつが持っていったんだ」
「しかし、アラン。あのオークが武器を持ち去る理由がない。現に、防具や所持品はそのままだしな」
エイベルが「その可能性はない」とアランに言うが……。
「エイミーが【看破】で奴のステータスを視た時、人間のスキルまで所持していた。もし奴に知性があるなら、武器として使うつもりなのかもしれない」
その言葉を聞いて、その場にいた誰もが息を呑んだ。しかし奴は【格闘術】【身体強化】【看破】を所持していた。一概にないとは言い切れない。
「奴がアーロンの武器を……絶対に許さねぇ」
「えぇ。絶対に取り返してみせるわ!」
エイブラムとアデラの瞳に、燃えるような憎しみが宿る。
「二人とも、落ち着け。アーロンの仇を討ちたいのは皆一緒だ。だが、今日は帰るぞ。これ以上遅くなると、皆の家族も心配する」
エイベルが冷静に二人を諭す。
「あぁ、分かってる。今の俺達じゃアイツには勝てねぇ……だから強くなる」
「そうね。必ずやり遂げてみせるわ」
二人は一旦平静を取り戻した。
「よし。それじゃ、皆帰るぞ」
再びエイブラム・アデラ・エイベルの三人が先頭を歩き、村へ向かって歩き始める。
夜もだいぶ深まった頃に村へ到着すると、次々と仲間が自宅へ帰っていく。
「……あの二人、本当に大丈夫だろうか」
エイベルは、エイブラムの握りしめられた拳やアデラの憎悪を滲ませた目を思い返し、思わず心配が口をついて出た。
しかし、エイベルの心配に応えることなく、二人は夜道を無言で歩き続ける。やがて、その背中は夜闇の中へ消えていった。
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