第22話 人喰いの罪、魔物の涙
グチャグチャ……バキボキッ……ゴクッ。
初めて人間の肉を喰らい、歓喜に震える本能に理性が呑み込まれた俺は、青空の下、街道の上で人間を貪っていた。
太陽が燦々と地上を照りつけ、微風が草花を揺らし、飛び立つ小鳥の鳴き声が響く清々しい光景の中で、不気味で不快な音だけが鳴り渡り、その景色さえも血濡れて見えてしまう。
腕を一本ずつ噛みちぎって喰らい、胸の肉を両手で引きちぎって抉り、肺や心臓を鷲掴みにして口に運ぶ。
口元が真っ赤に染まり、血の混じった涎がダラーっと流れ続ける。
初めて喰らった人間の肉は、とても濃厚な甘味があった。例えるなら、イチゴ風味のチョコレートのような感じで、酸味もあって飽きずに食べられる。
喰らうたびに、細胞の一つ一つが喜んでいるようで、魔物を喰った時よりも遥かに強い満足感と多幸感に包まれる。
……アマイ!
……ウマイ!
……クイタイ!
……モット!
俺は本能に突き動かされるまま、首から胴、足へと夢中で喰らい続ける。
今の俺の顔は幸せな表情をしており、傍から見たら喜んでいるように見えるだろう。しかし、呑み込まれた理性の僅かな抵抗の証か、俺は大粒の涙を流していた。
『【剣術】Lv.3を獲得しました』
『【解体】Lv.2を獲得しました』
「ブモォオオオオオ!」
スキル獲得を知らせる声が響くと、気付けばそこには血溜まりしか残っていなかった。
極上の獲物を食い終えた俺は空を見上げ、もう一度、歓喜の雄叫びを上げた。
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我に返った時、そこに人間はいなかった。ただ、血に塗れた地面があるだけだった。
おもむろに両手を見ると、血で真っ赤に染まっている。口の中に違和感を覚えて手を入れると、指に絡まったのは黒い毛だった。
それを見て状況を理解した俺は、血の気がサッと引き、毛を掴む手が震え出す。
(お、俺は……本当に、人間を食べてしまったのか……?)
現実が受け入れられなくて、疑問形になってしまう。でも、誰も答えてはくれない。
血に染まった両手と口元、口の中に張り付いていた黒い毛を見れば、答えは否応なく自ずと見えてくる。
(俺は、本当に人間を……罪のない人間を食べてしまった……)
止まっていた涙が、また目の端から流れ出す。
(お、俺は、なんてことを……人間を喰ったら、本当にただの魔物じゃないか! こんなの、人間のすることじゃない!)
地面を殴りながら、必死に「自分は人間なのだ」と言い聞かせる。しかし、非情にも人間を喰った事実からは逃れられない。
(俺は人間……なのに、人間を食べた。じゃあ俺は魔物か? 違う! 俺は魔物なんかじゃない! 食べたくて食べたわけじゃない! 俺の意思じゃないんだ……)
自分でも誰に言い訳をしているのか分からないが、心の中で「俺は魔物じゃない!」と否定し続ける。
だが、事実は変わらない。たとえ自分の意思でなくとも、人間を喰らったのは間違いなく自分だ。
どれだけ言い訳を重ねて罪の意識から逃れようとしても、意味はない。俺はもう、罪を背負ってしまったのだから。
(どうすれば……どうしたらいいんだ……)
人間として罪を償う気持ちがあるのなら、まずは馬車と二人が去っていった方へ向かい、土下座をするべきだ。
当然、許してはもらえないだろうが。
しかし、今の俺が謝罪に行っても、魔物だから話を聞いてもらえない。最悪の場合、俺が本能のまま暴れて、また人間を殺してしまう。
謝罪に行ったつもりが、さらに罪を重ねることになる。つまり俺には、謝罪することさえ許されないのだ。
一生、この罪を背負ったまま生き続けなければならない。
「じゃあ、自害すれば?」となるのだろうが、そんな勇気はないし、俺にはまだ生きたい気持ちがある。
「そんな資格はない!」と、誰かに相談すれば絶対に否定されるだろうが、俺はまだ転生して三日なのだ。
この世界のことをまだまだ知りたいから、必死に生き抜いている最中だ。どうしても、死ぬわけにはいかない。
逃げることも、償うことも、死ぬことさえできない。
一生、自責の念で苦しみ続ける――それが今回の罰なのだ。
(いるのか分からないけど、神様……なぜ俺は魔物に転生したんだ? 人間の価値観を持ちながら魔物として生きるなんて……辛すぎる)
誰に届くとも分からない嘆きを零しながら、俺は血濡れの街道上で放心する。
そんな俺の心など露知らず、太陽は暖かい光で照らし続け、微風が血の匂いをどこかへ運んでいく。
しばらく放心していた俺は、おもむろに立ち上がる。悩んだ末に、「この罪を背負っていくしかない」と覚悟を決めた。
立ち去る前に、引き裂いた衣服や防具、所持品に目を向ける。
そして――
(本当に申し訳ありません。せめて、貴方が戦った証だけは無駄にしたくないので、お借りします)
そう心の中で謝罪しながら、転がっていた長剣を手に取る。俺の身長からすれば、ほぼ大剣と変わらない大きさだ。
長剣を両手で抱えたまま振り返り、俺は人里から離れるように北へ向かって歩き出した。
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