第21話 【暴食】に蹂躙される意思
アデラがポーションで魔力を回復している間、俺とエイブラムは絶え間なく攻撃を仕掛ける。
俺は右側から長剣で斬りかかるが、奴は傷を負うことを厭わず、左腕で防御しながら右拳を鋭く突き出してくる。
俺が咄嗟に飛び退いて躱すと、奴の意識が俺に向いた隙を突いて、反対側からエイブラムが迫り、長槍を鋭く突き出す。
今度は奴の意識がエイブラムへと向くが、その前にエイブラムは長槍を掴まれないよう、すぐに距離を取る。
奴の意識がエイブラムへ向いている隙に、今度は俺が距離を詰め、無防備な背中へ斬りかかる。
奴の身体には、斬り傷や刺し傷が次々と刻まれていく。傷口から血が流れ出て、地面にポタポタと落ちる。
しかし、奴の勢いは止まらない。
致命傷にならない浅い傷ばかりとはいえ、小さな痛みが積み重なるほど奴の闘争本能を刺激しているようで、むしろ勢いを増しているようだった。
「アーロン、エイブラム! 私も参戦するわ!」
体力と精神が消耗し、徐々にこちらが追い詰められている状況の中、背中を押してくれるようなアデラの力強い言葉が響き渡る。
「ハァ、ハァ……エイブラム、気張れよ!」
「ふぅ……おう!」
陣形を立て直し、アデラの魔法を主体に戦い始める。
アデラが放った魔力弾を受けてよろめく奴に対して、即座に距離を詰め、俺とエイブラムで追撃を行う。
奴がまた暴れる素振りを見せたら一度距離を取り、再度アデラに魔法を放ってもらう。決してまともに戦わず、ヒット&アウェイで確実にダメージを重ねていく。
━━どれくらい時間が経っただろうか。
一方的に攻撃していて形勢は有利だったはずなのに、満身創痍になっているのは俺達の方だった。
俺とエイブラムは、たび重なる激しい動きで額からダラダラと汗が流れ、足腰に力が入らなくなっていた。
アデラも手持ちのポーションを使い切り、魔力が底をつきかけている。
対して奴は、攻撃を受けるたびに戦意が昂り、時間が経つにつれて拳や蹴りの威力が増しているように見えた。
「ハァ、ハァ、ハァ……エイブラム、アデラ、二人とも聞いてくれ」
「……おう」
「なに?」
「悔しいが、俺達では奴に勝つことはできない。このまま戦っていても無駄死にするだけだし、依頼者まで死なせてしまう」
「「……」」
「だから、俺が時間を稼ぐ。アデラにあと一発魔法を撃ってもらったら、俺が奴に捨て身の突撃を仕掛ける。その間に二人は、依頼者を連れて逃げてくれ」
アーロンの覚悟の籠った言葉に、二人は沈黙してしまう。
三人でなんとか戦える相手に対して、一人で立ち向かうということは、自分を犠牲にして依頼者と二人を助けると言っているようなもの。
同じ村の出身で、今まで一緒に冒険してきたからこそ、簡単に頷ける話ではなかった。
「……分かった。だが、俺も残る。アーロンだけが残ったところで、大した時間は稼げないだろう。二人なら、さっきみたいに攻撃すれば、時間は稼げる」
「待って、それなら私も━━」
「アデラ、君は駄目だ。厳しいことを言うが、魔法を撃てない君がいたところで、足手纏いになるだけだ。それと、エイブラム。アデラは今戦えない。道中の護衛もあるし、お前がここに残るわけにはいかない」
「だ、だが━━」
「これはパーティーのリーダーとしての命令だ。異論は認めない。必ず依頼者を目的地まで届け、ついでに冒険者ギルドへの報告も頼む。できるだけ早く、応援に来てくれると助かる」
「「ッ……」」
二人は何も言うことができなかった。
アーロンの言っていることは正しい━━頭では分かっているけど、心は頑なに否定する。
二人は目の端に涙を湛え、下唇をギュッと噛み、中々動けずにいる。それを感じ取ったのか、アーロンは背中越しにフッと笑い、声を張り上げる。
「エイブラム、アデラ! 行動開始! なんとしてでも、依頼者を目的地まで送り届けろ!」
そう言うと、アーロンは奴に向かって捨て身の突撃を仕掛ける。
アーロンの覚悟の籠った眼差しを見たエイブラムは涙を拭い、アデラのもとへ駆け寄る。
「アデラ! 行くぞ!」
「待って、アーロンが━━」
「アデラ! しっかりしろ! 依頼者を守れ! アーロンの覚悟を無駄にするな!」
エイブラムに喝を入れられたアデラの瞳には強い意志が宿り━━
「分かったわ!」
気を取り直した二人は、依頼者に「できるだけ速く馬車を走らせて!」と伝える。御者の商人はすぐに手綱を打ち鳴らし、馬車を走らせる。
二人は一瞬だけ、猛攻を仕掛けるアーロンに視線を向けると、満身創痍の身体に鞭を打って馬車の後を追いかける。
背中越しに、馬車の音がどんどん遠くなっていくのを感じたアーロンは、息も絶え絶えになりながら、不敵な笑みを浮かべる。
(絶対にここから先は行かせない。死んでもしがみついてやる!)
「うぉおおおおお!」
アーロンは腹の底から魂の雄叫びを上げながら、奴に向かって決死の突撃を仕掛ける。
依頼者と二人が、できるだけ遠くへ逃げられるように。
▼
俺が理性を取り戻したのは、三人の冒険者から猛攻を受けている時だった。
体力の消耗と蓄積した痛みによって、僅かに理性を取り戻すことができた。しかし、攻撃の手を緩めることはできなかった。
〝人間を殺したい〟という衝動が、とめどなく湧き上がってくるからだ。
形勢は俺の方が不利だと感じた。
人数差もそうだが、一人が攻撃を仕掛けると間髪入れずにもう一人が攻撃を重ね、その後は必ず一旦距離を取る。反撃を叩き込む隙がない。
それに、俺は本能のまま動いているため大振りな攻撃が多く、向こうからしたら避けやすい攻撃ばかりだった。
幾度も身体に傷を負わされ、傷口から流れ出た血の匂いが辺りに充満する。
致命傷には至らない傷ばかりとはいえ、余計に苛立ちを覚え、何度も大きく吠え続けた。
しばらく攻防が続いていたが、やがて形勢は完全に逆転し、俺が有利となっていた。
三人は致命傷こそ負っていなかったが、全く膝を折る様子を見せない俺を前に、体力も精神も擦り減っていたのだろう。
三人が肩で息をしている中、俺だけはまだ動けていた。そして、ずっと心の内で「コロス、クイタイ、コロス、クイタイ」と叫んでいた。
しかし理性では、「止めてくれ。もう人間を襲わないでくれ」と抗っているのだが、あまりにも非力で、あっという間に本能に呑み込まれる。
すると、三人は一度攻撃の手を緩め、何かを話し合う素振りを見せた。馬車と二人の男女が街道の南に向かって走り出し、一人の男がこの場に残る。
俺は動きを見せた二人の後を追おうとしたが、男が道を塞ぐように立ちはだかり、長剣で斬りかかってきた。
鬼気迫る表情で何度も長剣を振り下ろす男。俺の大振りな反撃を回避し、一太刀ごとに俺の身体へ斬り傷が増えていく。
だが徐々に、男は回避行動を取らなくなり、剣身で俺の拳撃や蹴撃を受け止めるようになった。
「ハァ、ハァ、ぐっ……」
息を切らし、攻撃を受け止めるたびに呻き声を漏らす。どう見ても、男は限界だった。
そして、運命の分かれ道が訪れる。
男が俺の振り抜いた右拳を捌き損ない、腹部に強烈な一撃をもらう。
「グハッ……」
男は地面を転がり、倒れ伏す。もう長剣を握る力も残っていなかったのか、殴られた衝撃で手からこぼれ落ちていた。
男は手をついてフラフラになりながらも、なんとか立ち上がる。一瞬だけ後方に視線を向けたが、すぐにこちらへ視線を戻す。
強い覚悟を宿した、真っ直ぐな瞳。
そんな瞳と視線を交わした俺は、感化される━━ことはなく、「ブモォオオオオオ!」と雄叫びを上げ、無手の男に向かって突撃した。
男は防御体勢を取ることなく、真正面から俺の突撃を受けた。背中から地面に倒れ、後頭部を強く打った。
俺は男に覆い被さるような体勢になり、口元から垂れた涎が男の防具の上にポタポタと落ちる。
(止めろ! 喰うな! 相手は人間だぞ! 俺と同じ人間なんだぞ!)
僅かな理性で必死に抗い、本能を抑える。
だが━━
(コロス! クイタイ! コロス! クイタイ!)
〝魔物〟と【暴食】の本能が、理性を蹴散らす。直前で止まっていた動きが再び動き出し、男の喉元に噛みつこうとする。
男の荒い息遣い。唾を飲み込むたび、首筋が脈打つ。男は震える両腕で俺の下顎を押し返し、必死に噛まれまいと抵抗する。
(頼む……止めてくれ。人間は喰いたくない……)
そんな願いも虚しく、俺は男の喉元を噛みちぎった。
温かい血が口へ流れ込み、俺は肉と一緒にそれを飲み込む。
━━甘い。
一瞬、そんな感想が脳裏を過った。
理性が、本能に喰い潰されていく。
その瞬間、本能が歓喜に震え、理性が悲鳴を上げた。
俺は抗うこともできず、
「ブモォオオオオオ!」
その雄叫びは、まるで人間だった頃の俺を踏み潰していくように、街道上に響き渡った。
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