第2話 侵される理性
見渡す限り草花が咲き誇る草原に、頑丈そうな岩が鎮座していた。
ちょうどいい。あの岩陰に身を潜めて、状況を整理しよう。
周囲を見渡し、楕円形の何か――スライムを警戒しながら進み、岩に背中を預けて腰を下ろす。
まず、確定ではないが……子供を助けようと飛び出した俺は大型トラックに轢かれて死亡し、異世界へ転生したのだろう。
そこまでは理解できる。異世界転生モノの小説を何度も読んで、想像した展開だ。
だが、どうやら俺は人間以外の何かに転生してしまったようだ。
薄茶色の肌はダークエルフかと思ったが、突き出た腹を見て、それは違うと判断した。
そして、指先の蹄――俺は猪か何かに転生したのだろうかとも思ったが、そうなると二足歩行はおかしい。
自分の姿を確認したくても、周囲に川や池、建物などがないため、手段がない。
となると、方法は一つ。
異世界転生モノの定番――ステータス確認だ。
早速試してみようと「ステータス」や「ステータスオープン」と口にしようとしたが、「ブモブモ」としか喋れない。
人間ではないからか、あるいは異世界の言葉を喋れないからか。いずれにしても上手く喋れないため、別の方法を取ることにした。
ステータス確認は発声だけでなく、心の中で念じるだけでも可能だと信じて、目を閉じて「ステータス」と念じる。
少し間を置いて目を開けると、目の前の空中に半透明のウィンドウが浮かんでいた。
想像していたことが実際に具現化すると、胸の内から興奮が溢れてきて、異世界に転生したことを改めて実感した。
羅列されている文字を上から下へ眺める。
一番肝心な部分――『名称』。俺の名称は、『オーク』となっていた。
『オーク』――豚や猪の頭部、でっぷりと突き出た腹、ゴブリンと同じく女性を犯す醜悪な魔物。
まさか、自分がそんな魔物に転生するなんて……。
だがそれにしては、目線の高さに違和感がある。
人間だった頃の俺は身長170センチあったが、今の目線の高さから推測するに、小学校中学年くらいだと思う。
人間に転生していないから身長に変化があっても不思議じゃないが、オークといえば成人男性を優に超える巨体で有名だ。
本当にオークなのか疑わしいところだが……あるいはオークの子供に転生した可能性もあるか。
でも周囲に集落どころか同族もいないから、俺がどうやって生まれたのか不明だ。
ひとまず俺がオークであることは分かったから、他の情報に目を向けよう。
種族は『豚鬼族』。
レベルは、先程『1』に上がったとアナウンスがあった。元々はレベル『0』だったようだ。
能力値は、『魔力』『物理攻撃力』『物理防御力』『魔法攻撃力』『魔法防御力』『状態異常抵抗力』『技術力』『移動速度』の8つ。
能力値の平均は『13』。一番優れている能力値は『物理防御力』で、数値は『23』。
まだレベルが低いので弱々しいが、とりあえずスライムに勝てるほどの力はあるようだ。
所持スキルは、【暴食】【酸弾】【嗅覚強化】【物理攻撃耐性】【精力絶倫】。
この中で一番異質なのは、【暴食】。七つの大罪の一つだ。
(これは……どうやったらスキルの詳細を確認できるんだ?)
少し考えた後、【暴食】が表示されている部分に触れようと手を伸ばすと、携帯画面のようにタップできた。
そして、詳細が表示される。
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・能力名 【暴食】
・分類 常時発動型
・効果
満たされることのない渇きと食欲が自身を苛む。
生物を喰らうことで、対象の所持スキルを獲得。ただし、獲得経験値が半減。
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スライムを見て強烈な渇きと食欲が襲ってきたのは、【暴食】の効果だったのか。
直後、スライムを貪った時の感覚を思い出し、口元から涎が垂れ、腹の虫が鳴る。
無意識に、本能が理性を侵食する。
またスライムを貪りたい衝動をぐっと堪え、詳細確認へ意識を戻す。
それに、おそらくスライムの所持スキルであろう【酸弾】【物理攻撃耐性】を獲得できたのも、この【暴食】のおかげだ。
あらゆるスキルを獲得できる反面、レベル上げに必要な経験値が半減されるとは……。
スライムを二匹喰らってレベルが上がったということは、普通の人なら一匹倒しただけでレベルが上がるということだ。
(……ただのチートってわけじゃないんだな)
できれば〝俺Tuee〟がしたかったけど、そう都合良くはいかないか。
現状確認は終了。
状況を把握したおかげで、頭も心もだいぶ落ち着いた。
そうすると、今俺がやるべきことはなんだ?
できれば寝床を確保したいところだが、周囲に建物は一つもない。洞穴もないので、心を休める場所はなさそうだ。
少し歩き回ったところで、それは変わらないだろう。
なら――ここにはスライムしかいなさそうだし、いつ何と遭遇しても問題ないようにレベル上げをするべきか。
場所を移すにしても、いつ何に遭遇して襲われるか分からない。〝備えあれば憂いなし〟だ――いや、それは建前だ。
本当はただスライムを喰らいたいだけなのかもしれない。
……スライムが喰いたい。
ステータスを確認している間はなんとか抑えていたが、もう我慢ができない。
早く何かを口にしたい。
……腹が減った。
……喰らいたい。
……喰わせろ!
理性と本能の境界が曖昧になり、衝動に突き動かされるまま、気づいたら俺は駆け出していた。
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