第19話 勘違いが引き金を引いた
ダークウルフとの死闘を終えた俺は、木の幹に背中を預け、疲労回復に努めていた。
ふと空を見上げれば、木々の隙間から月明かりが差し込み、真っ暗な森を淡く照らしている。
ブラックウルフの群れを殲滅して、【嗅覚強化】【咬合力強化】【追走】【夜目】のレベル上げができたし、ダークウルフを討伐して基礎レベルも上がった。
休息を取っている間も、【気配察知】が新たな気配を捉えることはなかった。だからもう、この狩場に居続ける理由はない。
それに、近くの村の冒険者がこの狩場で活動しているなら、いつまでもここに居ては危ない。
また【暴食】の衝動に駆られて冒険者達に突撃し、返り討ちにあってそのまま死ぬかもしれない。
第二の人生――僅か数日。簡単に死ぬわけにはいかない。
(よし。夜も更けた今の時間なら、皆眠っているはずだ。今のうちに移動して、できるだけ村から離れよう)
そう決断した俺は、まだ怠くて重い身体に鞭打って立ち上がる。幸い俺は魔物なので睡眠が必要なく、このまま行動しても体調に問題はない。
俺は月明かりを頼りに森の中を移動し、色々と迷いながらも、なんとか森を抜けることに成功した。
村までは距離があるため、万が一見張りがいたとしても、暗闇の中で背の小さい俺を見つけることは難しいはずだ。
それでも念のため、息を殺して移動し、草原でホーン・ラビットを摘み食いしながら、街道に向かって進む。
予定通り街道沿いに出ると、村から離れるように、街道を北へ向かって進み始めた。
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街道を移動し続けていると、やがて陽が昇り、青空に浮かぶ太陽が燦々と地上を照らす。
今一度自分の身体を確認してみると、血はすっかり止まり、傷口も塞がり始めている。
ただ、ブラックウルフやダークウルフに噛まれた箇所は、傷跡が残りそうな感じだ。それでも、ゆっくり歩いて移動したおかげか、身体の怠さはかなり薄れていた。
(よし、身体の調子も戻ってきた)
左右の肩をぐるぐると回して、その場で軽く跳ねると、歩みを再開する――が、途中で足を止めて後ろへ視線を向ける。
(来た道を戻ったら村があるから、誰かしらがこの道を通るかもしれないな。万が一遭遇したら危ないし、街道から少し逸れて移動するか)
俺は前方へ視線を戻すと、街道横に広がる草原へ移動し、再び北に向かって進み始める。
――しばらく経って、「そろそろ十分離れただろうか」と考えていた時、不意に誰かの声が聞こえた。
すぐに警戒体勢を取り、周囲を見渡す。
ガタガタ……ゴトゴト……。
声の他にも不規則な音が、静かな街道に響き渡る。
音のする方へ視線を向けると、大きな木製の荷馬車がゆっくりと街道を進んでいる。分厚い布製の幌が荷台を覆い、馬二頭が荷車を牽いている。
車輪が回るたびに車軸がギシギシと軋み、荷台が大きく揺れる。使い古された外套を身に纏う中年の男が馬の手綱を握り、その周囲を長剣や長槍で武装した冒険者達が歩く。
幸い、彼らは談笑しながら移動しており、周囲への警戒が疎かになっている。今なら気づかれずにやり過ごせるかもしれない。
そう判断した俺は、心の内から湧き上がる衝動を必死に堪え、その場にしゃがみ込む。
人間達を見た瞬間、胸の奥からドス黒い衝動が込み上げる。慌てて視線を逸らすと、その衝動は僅かに薄れた。
(ふぅ……危なかったな。頼むから、こっちに気づくなよ……)
両手を強く握り締めたまま、じっと息を潜める。馬車の音と談笑する声が徐々に近づいてくる。
それと同時に、俺の心臓の鼓動はどんどん速くなっていく。こんな時ほど時間は長く感じる。
馬車の音も、冒険者達の声も、いつまでも耳に張り付いて離れなかった。
「あ」
一瞬、男性の低い声が聞こえたかと思うと、気づけば音も声も止んでいた。
(……音と声が聞こえなくなった。なんだ? もう通り過ぎたのか?)
立ち止まったのか、通り過ぎたのか判断できず、しばらく逡巡する……恐る恐る、街道の方へ視線を向ける。
すると――
馬車は止まっていた。
冒険者達は談笑を止め、全員がこちらへ視線を向けている。
(なっ――!? まだ居たのか!)
驚き、そして〝魔物の本能〟に理性が侵食される前に、その場から逃げ出そうとした時――
冒険者達が護衛対象を守るように陣取る。長剣と長槍を構えた男達が前へ出て、ローブを纏った女性が後ろに控える。
「アデラッ! 魔法を撃て!」
「分かっているわ! 敵を穿て、魔力弾!」
突然、女性の目の前に魔法陣が展開され、水色に輝く小さな弾丸が射出される。
逃げようとした動きを攻撃だと勘違いしたのか、冒険者達は躊躇なく魔法を放ってきた。
(ちょっ――!)
咄嗟に飛び退いて躱す――が、明確な敵対行動を確認したことで、心の中で〝魔物の本能〟が騒めき、俺の感情が殺意で塗り潰される。
さらに疲労がだいぶ回復したことで、鳴りを潜めていた【暴食】の衝動までもが顔を覗かせる。
衣服や防具の隙間から覗く肌。
脈打つ首筋。
無意識に視線が引き寄せられ、「ぐぅぅぅぅぅ」と腹が鳴った。
……やめロ。
……襲イタクナイ。
……コロス。
……クラッテヤル!
口元から涎が溢れる。
一歩、また一歩と踏み出し――「ブモォオオオオオ!」と雄叫びを上げ、気づけば走り出していた。
「来るぞっ! 戦闘体勢!」
「「了解!」」
▼
きっかけは、勘違いだった。
オークは人間を襲いたくないため、その場から逃げようとしただけだったが、護衛を任されている冒険者は高い警戒心からか、その挙動を攻撃動作だと勘違いした。
互いに、戦闘は避けようとしたはずだった。だがその瞬間にはもう、戦いは始まっていた。
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