第13話 村門に響く足音
未知の魔物の雄叫びを聞いたアラン・バート・エイミーの三人は、即座に後ろへ振り返り、逃げ始めた。
「バート、エイミー! 全速力で村に向かって走れ! 殿は俺が務める。お前らは振り返らずに走れ!」
正式に決めたわけではないが、アランはパーティーのリーダーとしての責任感と、言い出しっぺの罪悪感から、自分が殿を務めることにした。
本当なら誰よりも早く逃げ出したい。それでも、大切な仲間を守るためにここで踏ん張るべきだと判断した。
幸い、村まであと少し。
「ブモッ、ブモッ、ブモッ」
奴の息遣いが徐々に近づいていると感じ、肩越しに振り返ると、すぐそこまで迫っていた。
(速い! ここは俺が時間を稼いで、二人を逃がさないと!)
アランは足を止め、振り返って、真正面から奴の相手をすることにした。
「ブモォオオオオオ!」
再び雄叫びを上げて迫る奴は、自分より体が小さいにもかかわらず、その気配の荒々しさにアランは気圧された。
「くっ……うぉおおおおお!」
自らを鼓舞し、圧しかかるプレッシャーを振り払うため、負けじと大声を上げながら、真正面から飛びかかってくる奴の顔面に長剣を振り下ろす。
しかし奴の体は想像以上に頑丈で、長剣は皮膚の表面を浅く斬るだけだった。しかも奴は、顔面に長剣が刺さったまま、流血も痛みもお構いなしに長剣を押し返してくる。
「ぐぅ……なんて力だ」
後ろ足を大きく引き、【身体強化】を発動した状態でも、どんどん押し込まれていく。
「ブモォオオオオオ!」
涎と血が混ざったものを撒き散らし、間近で雄叫びを上げる奴の姿に恐怖し、アランの足が僅かに竦む。
踏ん張りが効かなくなり体勢を崩したアランに、好機と見た奴が上から大きく口を開け、噛みつこうとした。
黄色く濁った瞳、血と涎に濡れた口元、悪臭混じりの吐息。
目の前に迫る死を前に、アランの思考が真っ白になる。
(ぁ……俺死ぬ……)
死を覚悟した瞬間、奴の脳天に何かが飛来し、意識がアランから逸れた。その隙に素早く脱出し、体勢を立て直す。
背後から二つの足音が迫る。アランは振り向きもせず、後ろに控える人物へ礼を言った。
「ありがとう。エイミー」
「気にしないで。私達はパーティーなんだから。それよりも、一人で戦おうとしないで」
「悪い。バートも来てくれたんだな」
「当たり前だ。お前だけにカッコつけさせるわけにはいかねぇよ」
「ありがとう」
アランはフッと微笑み、頼もしい仲間達に感謝する。すぐに気持ちを切り替えた。
「バート、エイミー。村はもうすぐそこだ。着いたらすぐに冒険者ギルドへ助けを呼ぶぞ」
「分かってるわ。それよりも、アイツをどうするの?」
「エイミーの魔法で拘束して、逃げる時間を稼ぐ。その間に村まで逃げて、俺とバートは残って防衛だ。エイミーは冒険者ギルドへ助けを呼んでくれ」
「おう!」
「分かったわ! 敵を拘束しろ、魔力縄」
エイミーの前方に展開された魔法陣から水色の長縄が現れ、奴へ向かって飛んでいくと、体に巻きついて動きを封じた。
「ブモッ、ブモォオオオオオ!」
「今だ! 村まで走れ!」
体に巻きついた長縄を振りほどこうと暴れ始めた奴を横目に、三人は一目散に村へ向かった。
無事に村の入口へ到着した三人は、先ほど決めた通りに動き始める。
アランとバートは入口前に陣取り、奴の侵入を防ぐ。エイミーは村の大通りを駆け抜け、急ぎ冒険者ギルドへ向かった。
「バート、気張るぞ!」
「おう!」
▼
初めての現地人。
少しでも情報を得ようと【看破】で情報収集していたら、突然胸の奥がざわつき、【暴食】の衝動ではなく、殺戮衝動に理性が呑み込まれた。
気づけば俺は人間に襲いかかっていて、胸の辺りへの衝撃と背中に走った鋭い痛みで、かすかに理性が戻った。
状況を理解し、もう後戻りはできないと悟った。
(駄目ダ、ニンゲンを襲うナンテ! 今は違うケド、同じニンゲンなんだ。殺シタラ駄目だ!)
かろうじて残った理性を振り絞り、殺戮衝動に抗おうとするが、全く体が言うことを聞かない。
そんな僅かな抵抗も虚しく、「人間を殺したい!」という欲求が俺の思考を支配した。
(グッ……アァ…。ヤメ、ロ。コロシタク、ナインダ)
それでも、俺は止まらない。
逃げ始めた人間達を、追わなくてもいいのに必死に追いかける。人間を殺すために。
景色が流れるように後方へ遠ざかり、逃げる人間達との距離が徐々に縮まっていく。
体勢を崩した赤髪の少年に近づき、噛みつこうとする。
(グッ、ァ……タベタク、ナイ……)
少年の顔が近づくにつれて、今度は【暴食】の衝動まで顔を覗かせた。
理性が警鐘を鳴らした瞬間、脳天に衝撃が走った。前方へ視線を向けると、残り二人がこちらへ向かってきていた。
俺の意識が逸れた隙に、赤髪の少年は体勢を立て直し、二人と合流する。それでも衝動は一切衰えず、三人へ突進しようとする。
━━が、黒髪の少女が何かをした瞬間、体が思うように動かせなくなった。
(ァ……コレナラモウ……)
三人が再び逃げ始めたので「人間を殺さずに済んだ」と安堵したのも束の間。
無意識に筋肉を膨張させるように力を込めると、全身に巻きついた水色の長縄がギチギチと音を立てる。
「ブモォオオオ……!」
そして━━
バキンッ!
魔力縄を引きちぎる。
━━逃さない!
その言葉だけが頭の中で何度も反響する。
気づけば俺は、再び人間達を追っていた。
▼
大通りを駆け抜けたエイミーは、冒険者ギルドの前に到着すると、木製の両開きのドアを勢いよく開け放ち、中へ飛び込んだ。
ギルド内が静まり返る。
酒盛りをしていた冒険者や受付嬢の視線が一斉に集まり、何事かと目を見張る。
「皆、力を貸して! 狩場に見たことのない魔物が現れたわ! 私達じゃ太刀打ちできないくらい強いの! 今、アランとバートが入口で防衛しているわ! 急いで!」
鬼気迫る叫びを聞いた冒険者達の顔から酔いが消え、すぐにコップを置いて椅子から立ち上がった。
「俺は他の奴らも呼んでくる!」
「すぐに現場へ向かうぞ」
「アリス嬢! すぐにギルドマスターへ報告してくれ!」
「わ、分かりました!」
「エイミー! 現場へ案内しろ!」
「えぇ、ついてきて!」
受付嬢のアリスはすぐに階段を上り、ギルドマスターの執務室へ向かった。冒険者達はエイミーを先頭に、アランとバートの待つ現場へ走り出した。
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