第12話 理性と本能のせめぎ合い
気配のする方へ視線を向けると、俺はゴクッと唾を飲み込む。
目の前には、三人の人間。
一人目は、赤い短髪で勝気そうな顔、胸部を覆う使い古した革鎧と鉄製の長剣を携えた少年。
二人目は、青い短髪でスポーツ少年のように爽やかな顔、もう一人の少年と同じく革鎧を身に付け、鉄製の円盾を携えた少年。
三人目は、黒い長髪でキツい印象を抱く顔立ち、革鎧の上から真っ黒なローブを羽織った少女。
(……くそっ、注意が散漫になっていた)
本来なら、異世界で初めて現地人と交流できる貴重なタイミングだ。しかし最悪なことに、俺は魔物。
人間にとっては生活を脅かす脅威であり、討伐対象。その証拠に、彼らも十五メートルほど距離を取って、最大限警戒している。
(……どうする? 徐々に後退して逃げるか。いや、せめて少しでも情報を持ち帰るべきか)
そう判断した俺は、少しずつ後退しながら【看破】を発動。
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(簡略ステータス)
・アラン Lv.5
・平均能力値 19
・所持スキル 【剣術】【気配察知】【身体強化】
・バート Lv.5
・平均能力値 18
・所持スキル 【盾術】【物理攻撃耐性】
・エイミー Lv.5
・平均能力値 19
・所持スキル 【無属性魔法】【魔力感知】【魔力操作】
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三人の個体戦力は、ホーン・ラビットと同等。背格好から冒険者だと思うが、まだ駆け出しの新人なのかもしれない。
現在の俺の平均能力値は『51』。単純な能力値なら、ホーン・ラビットとは比較にならない。
だけど、住んでいた世界が違うとはいえ、元は同じ人間同士。できれば、争いたくない。
(このまま警戒しながら後退して、隙を見計らって逃げれば、【逃走】もあるから追いつかれることはない━━……)
なんだ……胸の奥が騒つく。
今まで理性を保っていられたのに、なぜか心の奥底から強烈な本能が湧き上がる。しかも、【暴食】の衝動ではない。
〝喰らいたい〟という欲求ではなく、〝殺したい〟。長年戦ってきた宿敵と相対したかのように。
そして、本能が警鐘を鳴らす。
……敵だ。
……殺セ!
……ニンゲンヲイカスナ!
微かに残っていた俺の理性が本能に呑み込まれ、ゆっくりと後退していた足が止まる。
そして━━
「フゥ……フゥ……ブモォオオオオオ!」
本能の暴走により、腹の底から雄叫びを上げる。
▼
未知の魔物を討伐するため、息を殺して近づいていた三人。しかし、十数メートルほどまで接近した時、前方の魔物がこちらへ振り返った。
身長はおよそ一メートル、黄色く濁った瞳、豚っ鼻、突き出た腹の醜悪な魔物。口元からは血が滴り、口周りには白い獣毛が付着している。
両手には食べかけと思われる肉塊があり、そこからも血が滴っていた。奴の足元では夥しい量の血が草原を染め、白い獣毛が辺りに散乱している。
「一体、どれほどホーン・ラビットを喰い荒らしたのか」と、三人が内心同じことを思っていると、奴に動きがあった。
非常にゆっくりと後退していく様子から、奴には知能があることが分かる。
それでも、自分たちよりも背が低く、後退する素振りから、奴は〝自分たちよりも弱い〟と三人は思った。
(エイミーが強く忠告するし、未知の魔物だから警戒していたが、俺たちは運が良かったな!)
アランは小さな声で、後ろに控えるバートとエイミーに声をかける。
「バート、エイミー。奴は未知の魔物だが、知能はあるようだ。俺たちを見て後退する素振りを見せたから、そこまで強くないはずだ。俺たちでも十分勝てる」
「あぁ、同感だ。だが、あまり強くない魔物となると、冒険者ギルドに報告してもランクアップは無理そうじゃないか?」
「それは仕方ないさ。それでも未知の魔物を討伐したとなれば、周りから一目置かれるはずさ」
「でも、弱いからって油断は禁物よ。どんな攻撃手段を持っているか分からないもの」
「アラン、エイミー。そこは俺を頼ってくれよ。どんな攻撃だって防いでみせるさ」
「あぁ、頼りにしてるぜ、バート」
「それじゃあ、どうやって攻撃する? 私の魔法で先制攻撃して怯んだ隙に、アランとバートが畳み掛ける感じでいいかしら?」
「あぁ、それでいいぜ」
「俺もだ」
「じゃあ━━」
話し合いが終わり、三人が改めて奴へ視線を向けた時、突然奴が腹の底から雄叫びを上げた。
「ブモォオオオオオ!」
三人の鼓膜が震え、先ほどまでの戦意が一気に弱々しく、蛍火のように小さくなる。
「な、なんだ……」
「いきなり、どうしたんだ?」
「ね、ねぇ。何か様子が変よ……」
先ほどまで後退りしていた様子とは打って変わり、黄色く濁った瞳に激しい殺意が宿り、纏う気配が荒ぶっている。
一歩、また一歩と踏み出し、徐々に距離を詰めてくる。
「バ、バート! 前に出て盾を構えろ! エイミー! 魔法で先制攻撃だ!」
「「りょ、了解!」」
野心溢れるアランが即座に気を取り直し、未だ怖気づくバートとエイミーを鼓舞しながら指示を出す。
バートが円盾に肩を寄せて前に出て、エイミーが詠唱を開始する。
「敵を穿て、魔力弾」
エイミーの目の前に幾何学模様の魔法陣が展開され、その中心から水色に輝く小さな弾丸が顔を覗かせる。
そして、一直線に飛んでいき、奴の胸部を穿つ。しかし胸部には弾丸の痕が残るだけで、奴は未だ健在だった。
「私の魔法が効いていない!?」
「どういうことだ! エイミーの攻撃なら、ホーン・ラビットに致命傷を負わせられるのに!」
「魔法が駄目なら、俺の出番だ! バート、一緒についてこい!」
「おう!」
バートが円盾を構えながら前を歩き、後ろからアランがついていく。
十メートルほどまで距離が縮まった時、奴が再び雄叫びを上げて飛びかかってきた。
「バート!」
「おう!」
身長差があるためバートは深く腰を落とし、円盾で奴を受け止める。
しかし━━
「ぐわぁあああああ!」
バートが円盾で受け止めきれず、吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた瞬間、アランの脳裏に〝敗北〟の二文字が浮かぶ。
━━勝てない。
その直感を必死に振り払い、バートに向かって叫ぶ。
「バ、バート! くそっ、この野郎!」
アランが奴の背中に向かって長剣を振り下ろす。しかし切っ先が皮膚の表面を斬り裂いただけで、致命傷には至らない。
「なっ━━!? 俺の攻撃でも倒せないだと!」
ホーン・ラビットなら重傷を負わせられるのに、奴に対しては浅い斬痕を刻むだけ。
自分の攻撃でも倒せないと悟り一瞬狼狽えるも、奴はこちらを歯牙にもかけず、吹っ飛んでいったバートのもとへ向かおうとしている。
「このっ、オラァ! バート、早く立て!」
こちらを見ていない奴の横腹を必死に蹴りつけ、すぐに視線をバートへ向けて体勢を立て直すよう命令する。
「わ、悪い! ━━あ、アラン!」
立ち上がったバートは、自分に飛びかかってきた奴が、次はアランに飛びかかろうとしているのに気づく。
「アラン! 避けて! 敵を穿て、魔力弾!」
エイミーが咄嗟に叫び、アランがその場から飛び退くと、放たれた魔力弾が奴の横顔に着弾する。
その隙に、三人は陣形を整え、体勢を立て直した。
「ア、アラン! アイツはおかしいわ! 私の魔法もアランの剣も効かない! ここは撤退するべきだわ!」
「俺もそう思う! しっかり盾で受け止めたのに、まさか力負けするなんて……アイツは危険だ!」
「……そうだな。今の俺たちじゃ倒せない。撤退する━━」
「ブモォオオオオオ!」
アランの言葉を掻き消し、威嚇するように雄叫びを上げる魔物。微かに残っていた戦意が完全に消失し、三人の顔が恐怖に染まった。
奴の口元から白い獣毛と血が垂れる。
そこで、三人はようやく理解した。〝少し珍しい魔物〟などではない。
人を喰らう、本物の怪物だった。
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