第11話 駆け出しの野心
俺は「ブモォオオオオオ!」と雄叫びを上げ、口元から垂れる涎を撒き散らしながら、気づけば駆け出していた。
額から二本の鋭い角を生やした、ホーン・ラビットより一回り大きい上位種に向かって、俺は飛びかかろうとする。
しかし奴は、【跳躍】で軽く飛び退き、俺の攻撃を躱す。俺は草花の上にズサァーと転ぶが、そんなことは気にも留めず、素早く立ち上がり、再び飛びかかろうとする。
奴は再び飛び退くと、一定の距離を保ちながら草原を駆け回る。まるで俺を弄ぶように。
極上の獲物を前に俺は何度も何度も飛びかかっていくが、そのたびに直前で飛び退かれて躱され、ただ草花の上を滑るだけ。
……ハァ、ハァ。
……腹ガヘッタ。
……早ク、喰ワセロ!
衝動に突き動かされて無謀にも同じ行動を繰り返す俺を見て、奴も鬱陶しくなったのか、一度飛び退いて躱したと思いきや、【跳躍】と【角突撃】で俺の顔面を狙ってきた。
まさかの反撃に不意を突かれたが、ここで【危険察知】が役に立った。飛びかかって躱された直後、なんとなく「来るっ!」という予感があったのだ。
俺は咄嗟に目前へ迫る角をガシッと掴み、もう片方の手で奴の身体を逃げられないよう鷲掴みにすると、涎の溢れる口元へ運ぶ。
白い獣毛ごと肉を食いちぎり、骨を噛み砕き、内臓をゴクッと飲み込む。
肉を食いちぎられるたびに奴が「キュッ! キュッ!」と泣き叫んで暴れていたが、骨を噛み砕いた瞬間、大人しくなった。
肉も骨も全て飲み込むと、ホーン・ラビットとは比べ物にならないほどの満足感と多幸感が溢れる。
……美味イ!
だがそれも一瞬のことで、先程よりはマシになった【暴食】の衝動が、俺の心の内を満たす。
……まだ、足りなイ。
気になったのは、上位種を討伐したのに、レベルもスキルレベルも上昇しなかったことだ。
(まぁ、ゴブリンの狩場デ遭遇した上位種ホド苦戦はしなかった……俺が強くなったからカ?)
ホーン・ラビットのレベルが『5』でゴブリンと同じだったから、さっきの上位種もゴブリンの狩場で遭遇した上位種と同等くらいの強さでも不思議じゃないが……。
(あ、でもそッカ!)
ゴブリンの上位種と戦った時、俺のレベルは『9』だった。今のレベルは『14』だし、同等の相手ならそこまで苦戦しないわけだ。
一度勝っていて、特殊なスキルを持っているわけでもなかったし。
意外と簡単に勝てた理由に納得すると、「ステータス」と念じてステータスウィンドウを表示する。
ホーン・ラビットから得られた【角突撃】【危険察知】【跳躍】【逃走】の項目をタップ。
【角突撃】【跳躍】【逃走】のレベルを上げるのは難しそうだが、【危険察知】であれば、ホーン・ラビットをおよそ50匹討伐すればスキルレベルを上げることができる。
この狩場でやるべきことを明確にした俺は、【暴食】の衝動を少しでも軽くするため、そして【危険察知】のレベルを上げるため、【気配察知】を頼りにホーン・ラビットを探し始めた。
▼
転生者のオークが狩場でホーン・ラビットを探している頃、近くの小さな村から10代半ばの少年少女が狩場にやってきた。
彼らはこの村で生まれ育ち、御伽噺に出てくるような英雄に憧れて冒険者となった。
今は近くの狩場でレベル上げと旅費・生活費を貯めつつ、次の村や街を目指す計画を立てている。
今日もいつも通りの狩りをするべく、一般的な剣や盾、ホーン・ラビットの毛皮を鞣して作られた革鎧を身に纏い、狩場へやってきていた。
ホーン・ラビットの肉は食糧に、毛皮は防具や防寒具に、角は武器にそれぞれ加工できるため、初心者にはいい稼ぎになる魔物だ。
冒険者ギルドでも常設依頼として、常に依頼書が貼り出されているほどである。
「お前ら! 今日もいっぱい狩るぞ!」
「そのつもりだけど、アンタはいっつも先走りすぎてホーン・ラビットの攻撃を受けそうになるんだから、ほんと気をつけてよね!」
「分かってるよ! でも、お前らがいれば大丈夫だろ?」
「はぁ……」
「任せろよ! ホーン・ラビットの攻撃なんざ、俺がこの盾で全部受け止めてやる!」
「あぁ、頼もしいぜ!」
彼らは通い慣れた狩場でいつも通りホーン・ラビットを討伐する予定だったが……ふと、先頭を歩いていた少年が違和感に気づく。
「な、なぁ。なんかあそこに━━」
「ん、なになに? なんか見つけた?━━」
「なんだありゃ……?」
三人とも前方の異様な光景を見て、言葉を失う。
いつもであれば、微風に揺れる草原のどこかでホーン・ラビットが跳ね回っているのだが、今は風が草原を揺らすだけで、ホーン・ラビットの姿が見当たらない。
一箇所だけ━━というには広範囲だが、白い獣毛と血で白赤の絨毯が敷かれたような場所があり、その中心に薄茶色の人影が佇んでいた。
肩が荒い息で上下しており、何かを噛み砕くような鈍い音が微かに聞こえる。
「アイツはなんだ? 魔物か? このあたりで出現する魔物はホーン・ラビットと、近くの森に生息してホーン・ラビットを主食とする夜行性の魔物━━ブラックウルフだけだ」
「……そうね。どちらの特徴にも当てはまらない。あれは元々ここに生息する魔物じゃないわ」
「なら、どうする? 異常事態ってことで一度冒険者ギルドに戻って、ギルドマスターに報告するか?」
「えぇ、そうした方がいいわ。相手は未知の魔物。どれだけ強いか分からないし、一度戻るべきだわ……ねぇ、聞いてる?」
少女は不思議に思って、先頭に立つ少年の肩を叩く。
「……な、なぁ。アイツ、俺達だけで倒さないか?」
「……な、なに言っているの!? 私達はまだ駆け出しの冒険者よ! 未知の魔物を相手にするなんて、リスクが高すぎるわ!」
「だ、だけどよ! もしアイツを討伐できたら、一気にレベルが上がるかもしれないし、報酬もたくさん貰えてランクも上がるかもしれない。そんなチャンスを見逃すのか!?」
「確かにリスクを負う分、得られるものは大きいかもしれない。でも、私達が勝てる保証はなにもないわ。まずはギルドに報告して、調査結果をもとに依頼が出されてからでも遅くないでしょ?」
「それは……」
「冷静になって。私達はこれから色々な街や狩場を巡って強くなるんだから、今焦る必要はないでしょ」
少女の言葉はまったく正しい。だが、野心溢れる少年の心には届かない。
「……分かった。お前の意見にも一理ある。ここは多数決で決めよう」
「ちょっと待って! 多数決で決めるなんて正気?」
「あぁ。俺はどうしても強くなりたいんだ。そのためなら、多少のリスクは負う覚悟だ。もし嫌なら、お前は参加しなくていい」
そう言われて、少女は俯く。
しかしこれまで一緒に過ごしてきた仲間がリスクを負ってまで強くなろうとしているのに、自分だけが仲間外れになるのは嫌だ。
それに自分がいなければ、ますます仲間が負うリスクが高くなる。
だからもし、もう一人の少年も賛成するなら━━
「じゃあ、多数決を取るぞ。アイツを討伐して、さらに強くなりたい奴は挙手してくれ」
━━結果、もう一人の少年も手を上げ、二票が入った。
「お前はどうする?」
少年が少女に意思を問いかける。
「はぁ……分かったわ。私もついて行く。私がいないと、アンタ達だけじゃすぐやられそうだから。仕方なくついて行ってあげるわ」
「おう! ありがとう!」
その時、バキッボキッという音が妙に大きく聞こえ、三人の背筋に悪寒が走った。三人は改めて前方の人影を注視し、揃ってゴクッと唾を飲み込む。
さっきまでの和やかな雰囲気が、一瞬で張り詰める。
「……よし。じゃあゆっくり距離を詰めて行くぞ。アイツに気づかれないようにな」
彼らは見晴らしの良い草原でなるべく息を殺し、目的の魔物の動きを注視しながら、ジリジリと距離を詰めていった。
▼
【危険察知】のレベルを上げるため草原を駆け回っていた俺は、ようやく51匹目のホーン・ラビットを捕まえて、貪り始めた。
『【危険察知】Lv.5にUPしました』
目的は達成したが、あまり腹は満たされていない。そろそろ狩場を移動しようか悩んでいた時、【気配察知】が新たに三つの気配を捉えた。
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