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三、母子の縁

聚楽第は、関白の政務のための邸宅。この天正十五年に完成したばかりで、並大抵の城とは比べもつかないほどの巨大な城郭だ。大坂からは徒歩で十時間以上かかるため、よほどのことがなければ北政所様や他の御側室も来られない。

 関白の政務のための邸宅。しかしこれからは、関白殿下が私と二人きりで過ごすための城なのだ。

 

・・・とはいえ、殿下は何を考えているかわからない御方だ。故に、元より聚楽第にいる侍女や家臣らは、信頼できたものではない。ここで私が心より信を置けるのは、大坂城から私についてきた者のみだ。それこそ、小谷や岐阜より仕えている者たちはよく尽くしてくれる。


 例えば、大蔵卿(おおくらきょう)。これは私の乳母で、小谷城の頃よりずっと私の側についている。元々丸っこいが、寒がりゆえに着ぶくれして太って見える愉快な婆だ。が、彼女ほど信頼できる侍女は他にない。それに、私はあまり人を指図するのには長けていないため、奥の侍女のことはすべて大蔵卿に任せている。


 家臣だと、大野治長(おおのはるなが)も忠実な男だ。彼は大蔵卿の子で、私とは同い年であり幼馴染のように育ってきた。

 真面目で勤勉で有能、背が高くて色白。非の打ち所がないような、私も自慢に思ってしまうような人。昔はよくふざけ合って遊んだものだが、今や治長にとっての私は主君の妻。いつの間にやら、間に壁を挟んだような関係になってしまった。


あとは石田三成も、堅すぎるところはあるが私の言うことをよく聞いてくれる。これも私と同じ近江出身であり、また聡明なため、話していて心地が良い。


 侍女に家臣に殿下の寵愛。それらを頼りに、私は聚楽第での日々を過ごしていた。広く美しく豪勢な屋敷で、殿下に愛され、大蔵卿と話し、趣味の刺繡をし、菓子を食み、殿下に愛され、本を読み、治長と過ごし、殿下に愛され、茶の湯に参加し、三成と話し、殿下に愛され、殿下に愛され、愛され、愛され愛され愛して――


「――御方様、ご懐妊です」

 そう大蔵卿に告げられたのは、天正十六年のことだった。


 ああ、やっと、やっとこの日が来た。今、私の腹の中に子が宿っている。浅井と織田の血を継ぐ子供が。これがもし男子だったら――私は、父と母の無念を天下の頂上に連れていけるのだ。殿下はそれはそれはお喜びになられた。治長や三成、侍女たちもだ。


 大坂の方々はどう思われているだろう。側室たちはさぞ悔しがっているはずだ。あるいは、殿下の子であるはずがない、誰ぞ邪な男と密通してできた子だと嘲笑しているかもしれない。

 しかし、この子が殿下の子であることに間違いはない。だって、殿下がそうお認めになられたのだから。この時勢で、一体誰が殿下のおっしゃることに異を唱えられようか。


 私は北政所様に、どうだと言ってやりたかった。あなたにできなかったことを、私は成し遂げた。何が正室だ、女子は世継ぎを産むための存在だ。子を成せない正室など世継ぎの生母に敵うものか。ああ、北政所様。あなたの悔しがる顔を、それを隠そうとして笑顔を取り繕う姿を見とうございます・・・


 ――なんて、まだ産んでもいないのだから、自慢げに言えることでもなかったが・・・私は翌年五月、無事男子を出産した。


 子は(すて)と名付けられた。殿下は、捨て子は元気に育つという迷信にあやかったのだとおっしゃっていた。殿下は既に五十三。子の健やかな成長を願われるのはよくわかるが、名前だけでなく、実際に一度捨てに行ったというのには流石に驚いた。


 私は初めて棄を抱いた。小さくて、軽くて、まるで人ではないかのように思われる赤ん坊。母が誰だかわかるのか、棄は私の目を見つめてにこにこと愛らしく笑っていた。


 ――ああ、これが私の子。なんて愛らしいの。

 確かに初や江も可愛かった。しかし棄に対しては、妹たちに抱く愛情とはまったく違う、深い深い慈愛を感じるのだった。


 美しい着物なんていらない。けれどこの子には、日の本で最も美しい小袖を着せてやりたい。身勝手な愛なんていらない。けれどこの子には、無償の愛をその小さな体から溢れてしまうくらい与えたい。これが、母親の気持ちというものなのですね、母上・・・


 ――わたくしと棄は、それからしばらくの間山城(やましろ)の淀城で過ごした。この城は、わたくしと棄のために殿下がわざわざ改修してくださったもの。つまり、わたくしは一城の女城主になったというわけだ。世間もわたくしのことを、『淀殿』と呼ぶようになった。


 淀城には多くの人々がお祝いに来てくださった。大名や公家、宮中に至るまで、皆が棄の誕生を歓迎してくれている。そんな棄を、このわたくしが産んだ。この事実が、何だか誇らしかった。


 もちろん、豊臣の関係者の方々も祝ってくださった。殿下の子飼いの武将の方々、殿下の御兄弟御姉妹、御側室、御母君の大政所(おおまんどころ)様。そして、正室北政所様。

 北政所様が深々と頭を下げる。もはや、関白殿下の嫡男の生母であるわたくしの権威は誰が見ても明らか。北政所様とてわたくしに大きな顔はできまい。


 棄が産まれて四月ほど経った頃、殿下はわたくしたちに大坂城に入るようおっしゃられた。これは、棄を正式な豊臣の後継者として認めるということだ。これを機に、名も棄から『鶴松(つるまつ)』に改められた。


 わたくしと鶴松は、大行列で淀城から大坂城に移った。二年ぶりの大坂城だ。

殿下はいつも通りにやにやとお笑いになって、わたくしたちを出迎えてくださった。そして唐突に、鶴松を寧々に任せるとおっしゃられたのだった。わたくしは、これからもわたくしと乳母らとでこの子を育てていきたいと思っていたから、内心肩を落とした。


 だが、わからない話でもない。子がないとはいえ、既に朝廷から官位を賜っている北政所様。流石の関白殿下も無下にはできないのだろう。北政所様に育てられれば将来の鶴松の地位も安泰のはず。わたくしは身を切るような思いで鶴松を北政所様の元に連れていった。


 それでも、わたくしが実母であることに変わりはないし、わたくしも同じ大坂城に留まっている。鶴松には毎日のように会いに行っていた。北政所様の侍女らは嫌そうな顔をしたが、当の御本人はいつもにこやかに迎えて下さった。


 一方、殿下のわたくしへの御寵愛は、鶴松が産まれてからも変わることはなかった。天正十八年、小田原へ侵攻なさっている殿下からお呼びがかかり、わたくしは大坂に鶴松を置いて旅立つことになった。


 本当なら、息子と離れてまで戦場になど行きたくはなかった。戦では人が死ぬ。わたくしは殿下の屋敷でぬくぬくと過ごせよう。それでも、外では血が、炎が・・・だが、間もなく天下を統一なさるであろう御方には逆らえない。わたくしは仕方なく小田原へ下り、未知の世界で心細い日々を送った。寂しい、けれど今は、自分のことよりも鶴松が気がかりでならないのだった。


 ――そして、殿下が小田原の北条氏を降伏させ天下を統一し、わたくしも京へ戻り、その後も鶴松と共に大坂や淀を転々として過ごすうちに――一年が過ぎた。


 わたくしはずっと、それこそ小田原にいた時以外はずっと鶴松と行動を共にしていた。わたくしは誰よりも鶴松のことを知っていた。だから、誰よりもこの子の体調を気にかけていた。

 産まれた時からずっと、鶴松は体が弱かった。今年の正月にも病に苦しみ、殿下が全国の寺社に祈祷を命じられたことで何とか回復した。そういうことが、何度かあった。


 しかし、ようやく秋風を感じられるようになってきた八月。鶴松は淀城でまた病に倒れた。再び全国の寺社が病気平癒を祈った。わたくしも殿下も命を懸けるような気持ちで祈り続けた。殿下は、家臣らにまで祈祷を命じられたという。

 それなのに、鶴松はどんどん悪くなる。熱にうなされ、手足を震わせ、青白い顔を苦悶に歪める二歳の我が子。わたくしの鶴松。わたくしだけのこども――


「・・・ははうえ・・・」

 意識を朦朧とさせながら、ふと口にしたのはわたくしを呼ぶ音。殿下のことは、父上のことは呼ばなかった。殿下はお忙しくて、あまり鶴松にお会いにならなかったから。


「鶴松。母はここにいますよ。だから案じず、早う良くおなりなさい」

涙をこらえながら、我が子の額の汗を袖で拭う。わたくしはどうなったっていい。だから神様仏様、どうかどうかわたくしの宝を守ってくだされ。ひたすらにそう祈っていた。


 ――国中から集められた名医らが、ゆるゆると首を振って手を止める。諦めたように襖の傍に下がる。

 やめないで。お願い、鶴松を治して!本当は知っているの、祈祷には何の意味もないんだってこと。父上の無事、母上の無事、どちらもたくさん祈ったけれど叶わなかった。だから医者にしか頼れないの。お願いお願い、なんでもするしどんな褒美も取らせるから、鶴松を助けて・・・


「・・・かか、さま・・・」

 次に鶴松が呼んだのは、もう一人の母君の名。淀が母上なら寧々は母様(かかさま)じゃ・・・そう、殿下がおっしゃったのだ。まるで本当の母のように鶴松を愛してくださった北政所様を、鶴松は愛おし気に呼ぶ。


「母様も間もなくお着きになりましょう。母が手を握ってやりましょう」

 わたくしは鶴松の小さな手を取る。しかし、鶴松はぐずりだした。

「いやじゃ、かかさまにあいたい。かかさまがいい――」

 しきりに北政所様を恋しがって、ぽろぽろと宝石のような涙をこぼす鶴松。可哀そうな鶴松、母様がいなくてどんなに寂しい想いをしていることか。


 ・・・いや、違う。母はここにいるではないか。わたくしが、鶴松の、母ではないか。なぜ北政所様などに『母』を取られなければならないのだ。

「鶴松、わたくしが母ですよ。誰よりも鶴松を想って――」

 鶴松の『母』はわたくしだけのもの。心の中でむっとして、顔に出さずにそっと隠して、優しい『母』の顔で鶴松を見る。けれど・・・


「――淀の方様。若君様は・・・」

・・・、・・・え?


 鶴松の頬に触れる。まだ温かい、それなのに、動かない・・・どうして。

 いや、いや、いやいや、鶴松はわたくしの大事な子なの!死なせてはならなかったの!

 初めは我が子を天下人にすることが目的だった。けれどもう、そんなことはどうでもいいと思うようになっていた。鶴松さえいてくれれば、わたくしはどんなに辛いことも耐えられたのに・・・!


 その時、侍女の声が響いた。曰く、関白殿下と北政所様がお越しだと。だがその言葉が終わらないうちに、殿下が襖を開けて中にいらっしゃった。侍女が鶴松の顔に面布をかけるのを見て、崩れ落ちてお泣きになる。


 北政所様も後ろから覗かれて、はらはらと涙を流された。ああ、実子ではないのにこんなにも悲しんでくださる、お優しい方――


『いやじゃ、かかさまにあいたい。かかさまがいい――』

(・・・違う・・・北政所は、わたくしから『鶴松の母』を奪ったんだ)


 その事実にはっとした瞬間、流れ出そうになっていた涙は引っ込んでしまった。わたくしは誰にも弱いところは見せられない。まして敵ならば、なおさらだ。


「そのお涙、真のものとは思われませぬな。北政所様にとっては憎らしき側室の子。むしろ死んで清々といったところでございましょう?」

「何をおっしゃられますか・・・わたくしにとっても、鶴松君は我が子と思うてお育てしてきた子。淀殿には及ばずとも、この心に偽りはありませぬ・・・」


 北政所が涙を拭い、号泣なさる殿下の肩に手を置き、最後に横たわる鶴松を見る。そのまま鶴松の元へ近づこうとするのを、わたくしはわざと遮った。


 鶴松はわたくしだけの子。誰にも触れさせはしない。そもそも北政所などに養育を任せたのが間違いだった。こんな女に近づかせたから、鶴松は幼くして命を落としたのだ。悔しい、悔しい悔しい悔しい、もう一度あの時に戻ってやり直したい!


 ――ああ、愛が足りない。愛おしい鶴松も、母の面影を見た北政所様も、今やどこにもいない。愛したい、この胸の中でもう一度抱きたい。わたくしは子供が好き、わたくしを母と慕う子供が欲しい。だから、もう一度、子供を――豊臣秀吉の、男児を産みたい。


そうだ、そうだった。私は母を天下人の祖母にしたい。浅井の血を日の本の頂上に連れて行きたい――諦めてなるものか。殿下の御歳が何だ。わたくしはまた男児を産み、天下人の母となるのだ。

 鶴松への愛と別れ、新たに北政所への恨みを手にし、わたくしは進む。たとえその道が、どんな針の筵だったとしても――

淀殿がまた一段階深いところに落ちていく回でした。一話の賤ケ岳の戦いに続き、淀殿の人生におけるターニングポイント二つ目です。

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