表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

夢の原点

 街を飛び出したカラカとルーシアは、街道沿いの森の中で野営をしていた。


 夜の森は静かだった。枝葉の隙間を抜ける風がときおり草を揺らし、薪の音が暗がりの中へ散っていく。


 カラカは手にした枝で火の中をつつきながら、何となしに古い歌を口ずさんでいた。


「海の向こうから来た 我が子らよ〜

 鱗も羽も毛の子らも〜

 忘れるなかれ、すべては等しく〜」


 ふいに、隣から声が重なった。


「「島に根付きし我が子らよ〜」」


 その声に、カラカの手が止まった。


「この歌、知ってるのか?」


 カラカが横目で見ると、ルーシアは目を瞬かせ、それから小さく頷いた。


「ええ、聞き覚えあるわ」


 そう言って、ルーシアはカラカのそばへ少し寄った。


「へぇ、何で……」


 そう言いながらルーシアの方へ目を向けた瞬間、言葉が止まった。


 ルーシアはいつの間にかマントを外し、焚き火の前で薄着になっていた。

 マント越しでは気づかなかったが、隠れていたものが火明かりを受け、目を奪われるほどの存在感で主張している。


 カラカの視線が止まり、そのまま固まった。遅れて顔がゆっくりと赤くなっていく。


「どうしたの……?」


 不思議そうに首を傾げたルーシアは、カラカの視線の先に気づいた瞬間、はっとして胸元を手で隠した。


「変態!」


「す、すまん! つ、つい目に入ったから!」


 慌てて弁解するカラカだったが、言葉とは裏腹に視線は一向に外れなかった。


「いつまで見てるのよ!」


 ルーシアは頬を赤くしながら、慌ててマントを羽織った。カラカはようやく視線を逸らしたものの、焚き火に向けた横顔には、まだ熱が残っていた。


「で、さっきの歌だけど……」


 ルーシアが咳払いをするように話を戻すと、カラカは頬に残った赤みをごまかすように枝で火をつついた。


「あぁ、俺の国に伝わる民謡だ」


「オラナ王国ね……綺麗な国だったわ」


「来たことあったのか?」


「えぇ、幼い頃に母上に連れられてね。人も、亜人も、魔族も……分け隔てなく共存を果たした、素敵な国だったわ」


 カラカの手が、わずかに止まった。

 焚き火の中で、赤い火が静かに揺れる。


「……ああ」


 短く返したカラカの声は、さっきまでの軽さを少しだけ失っていた。


「綺麗な話よね。夢のような国だったわ」


「俺が言うのも何だけど、いい国だったよ」


 そう言ってから、カラカは火を見つめたまま少しだけ目を細めた。ルーシアはその横顔を見て、自分の言葉がどこに触れたのかを悟ったように表情を曇らせる。


「あっ……その……ごめんなさい」


「だからもういいって!」


 カラカはわざと強めに言って、空気を振り払うように笑った。


「でも……私にできることなら何でもするから!」


「何でも?」


「ええ!」


 ルーシアが真剣に頷いた瞬間、カラカの口元がわずかに緩んだ。


「じゃあそのマントを──」


 言い切る前に、乾いた音が夜に響いた。


 焚き火の火が揺れ、森の闇が一瞬だけ静まり返る。カラカの両頬には、見事な紅葉が咲いていた。


 ルーシアは叩いた両手を軽く払いながら、しばらくカラカを睨んでいたが、やがてその表情を少しだけ和らげた。そして、躊躇うように焚き火へ視線を落とし、静かに口を開く。


「ねえ……それから、どうしてたの?」


「それから?」


「オラナが……その、なくなってから」


 カラカは少し黙った。

 何かを思い出したように目を細める。

 それから、遅れて笑った。


「あぁ、別に大したことしてねぇよ。各地を回って、力の使い方覚えながら……妹を探してた」


 枝の先で炭を崩しながら、カラカは何でもないことのように続ける。


「まぁ、全く制御できねーし、妹の情報は一切掴めてねーけどな」


「そう……妹さん、名前は?」


 その問いに、カラカは火から視線を離さないまま、遠くを見るように目を細めた。


「リリー……リリー・ルミアラニ」


 ルーシアは、何かを飲み込むようにまばたきをした。


「リリー……そっか」


 その声は、ほんの少しだけ揺れていた。カラカはそれに気づかないふりをして、そっと目を伏せる。


 探られるのは苦手だった。踏み込まれるのも、昔から得意ではない。しかし、不思議と今は嫌ではなかった。


「……その子の名前、すごく綺麗ね」


 ルーシアは目を閉じ、小さく微笑んだ。


「なんだか……私も、その子に会いたくなったわ」


「あぁ、気が合うと思うぜ」


 カラカはそう答えてからルーシアへ視線を向けた。


「なぁ、お前は?」


「えっ?」


「何でエルピディア王国のお姫様が、城を出て革命なんか企ててるんだ?」


 ルーシアはすぐには答えなかった。焚き火の光が青い瞳に映り、揺れる炎の形をその奥に落としている。


「城を出てから、いろんなものを見たわ。

 税で潰れる街。

 売られていく亜人。

 魔族を弄ぶ人間たち。

 私利私欲のためにしか動かない王国軍」


 カラカは何も言わなかった。ただ黙って、続きを待っている。


ルーシアは視線を落とした。


「……絶望したわ。これが私の国なのかって。かつて見たオラナ王国とは、あまりにもかけ離れていた」


 風が吹き、火が揺れる。ルーシアは膝の上で拳を強く握り締めた。


「王族の私には……何もできなかった」


 少しだけ息を吸い込み、言葉を選ぶように続ける。


「だから変えるの。表面じゃなくて、根っこから。変えないといけないの。


 あなたの故郷……オラナ王国。

 それが私の夢の原点よ」


 カラカはその言葉を受け止めるように、しばらく焚き火を見つめていた。やがて、ゆっくりと息を吐く。


「そうか……なぁ、行きたい場所があるって言ってたよな」


「ええ。会いたい人がいるの」


 言葉を口にしてから、ルーシアは目を伏せた。焚き火の温もりが、二人を包んでいた。







 夜の鉱山に、鉱石を削る音と、冷たい雨音が絶え間なく響いている。


 痩せ細った獣人たちが、崩れかけた足場の上で黙々と働いている。岩を掘り、運び、また次の岩へと向かう。


 足を止めた者には、容赦なく鞭が振り下ろされる。倒れたまま動かない者でさえ例外ではない。叩きつけられるたびに、乾いた音が夜気に響く。


 獣人たちの背は、すでに何度も裂かれ、雨と血で濡れていた。


 それでも、抗う者はいない。

 ただ、黙々と作業をこなしている。


 ここは、鉱山の街アパルトヘイム。


 通称──鎮めの街。









オラナ王国 民謡


『ポー・ラナ』


海の向こうから来た 我が子らよ

鱗も 羽も 毛の子らも

忘れるなかれ すべては等しく

島に根付きし 我が子らよ

同じ朝日に 立ちなさい

夜が来たら 帰りなさい

ひが消えても 待っている


光が揺れて 夜を染めて

雷とおくに 響いても

雨はしとしと 風混じり

海はゆらゆら 友を呼ぶ

あまい香りに 目を閉じて

土はゆっくり 朽ちてゆく

それでも灯る 小さなひ

消えずにゆれて 待っている

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ