蒼炎と狂雷の激突
蒼炎と紅黒い雷が激突した。
高台の石畳が砕け、衝撃が雨を吹き飛ばす。周囲にいた衛兵も獣人たちも、まとめて地面へ弾き飛ばされた。
「っ……!!」
カラカは歯を食いしばって耐えるが、目の前で、ジョンの黒槍が唸った。
凄まじい速度で突き出される穂先を、カラカは紙一重で躱し、ナイフの腹で受け流す。
だが、ジョンの動きは止まらない。
「遅ぇ!!」
槍に纏った紅黒い雷が爆ぜた。
「ぐっ!?」
防ぎようのない衝撃が胸と肩を打ち、カラカの身体が後ろへ弾かれる。片膝をついて止まり、焼けた右腕を押さえていた。
「くそ……さっきまでは動いてたのによ……!」
右腕から蒼炎が溢れ出す。
だが、その炎はカラカの意思とは無関係に暴れ狂っていた。皮膚を舐め、肉を焼き、血を滲ませる。
「止まれ……!! クソっ!!」
「……やはりお前も、その力を手に入れていたか」
ジョンは追撃せず、その炎を見つめていた。
「制御はおざなりみてぇだがな」
「お前……何か知ってんのか?」
「俺も詳しくは知らねぇ」
ジョンは槍の柄を握り直した。紅黒い雷が荒れ狂いながらも、穂先へと集まっていく。
「ただ……全てを壊すには、十分すぎる力だ」
カラカはゆっくりと立ち上がった。
「あの日、オラナが燃えた時……お前も、その雷に目覚めたのか?」
「あぁ。全部失った瞬間になっ!」
ジョンが黒槍を振り下ろした。
カラカは横へ踏み、ナイフ一本でその軌道をずらした。外れた一撃が石畳を砕き、雷が亀裂の奥まで焼いた。
「炎は使わねぇのか?」
「……お前なんか、ナイフ一本で十分だ!」
ジョンは鼻で笑った。
「はっ! 壊すことを恐れてるだけじゃ、いつまで経っても制御できねぇぞ!」
横薙ぎの槍をナイフで受ける。だが、重い衝撃で左腕が外へ開き、懐が空いた。そこへ、ジョンの蹴りが腹へ突き刺さる。
「がっ……!?」
カラカの身体が浮き、高台の壁へ背中から叩きつけられた。
「遅ぇんだよ!!」
カラカが壁から離れる前に、槍の連撃が迫った。ジョンの槍が何度も叩き込まれ、カラカはナイフで防ぐだけで精一杯だった。
雷鳴とともに最後の一撃がカラカの胸元を薙ぎ、カラカは倒れ込んだ。
ジョンはそれを見下ろし、深くため息を吐いた。
「結局お前には何も変えられねぇ。王族のお坊ちゃんにはな……」
ジョンはカラカに背を向け、黒槍をルーシアへと向けた。
「い……いや……」
ルーシアの足がすくむ。
だが、ネルドとエレファ、レオンが彼女の前へと並んだ。
ネルドは抉られた横腹を押さえ、爪を構える。エレファも全身から血を流し、レオンの拳も傷で腫れていた。それでも、誰一人退かなかった。
「なんだ。なんでお前らが人間の王女を守る?」
「この方は俺たちの反乱に意味を与えてくれた」
エレファが両脚を開き、ルーシアへ続く道を巨体で塞ぐ。レオンも牙を食いしばりながら、拳を胸の前へ上げた。
「あぁ……信じてもいい人間に初めて出会えたんだ」
「戦うだけじゃ変わらない……この方はお前には殺させない……」
ネルドは痛みに膝を揺らしている。それでもジョンを睨み返した。
「この方は世界を変える!」
「みんな……」
ルーシアが拳を握り、力強く前を向いた。
「ほお。獣人どもにそこまで言わせるか」
その時、ルーシアがネルドたちの前に出た。
「姫!」
ネルドが止めようとするが、ルーシアは止まらなかった。ジョンの構える槍の前まで、無防備に歩く。
「自分から殺されに来たのか?」
そして、ルーシアは静かに頭を下げた。
「どういうつもりだ」
「……ごめんなさい」
ルーシアは頭を下げたまま続けた。
「あなたの怒りは当然。あなたからすれば……私は憎むべき側の人間だわ。でも……」
ルーシアは顔を上げた。
「私はこの世界を変えなきゃいけないの……ごめんなさい、ここで殺されるわけにはいかないわ」
「殺すかどうかは俺が決めるんだよ」
「ジョン……あなたほど世界の痛みを知っている人が、ただ憎しみのまま壊れていくなんて……」
ルーシアの声は揺れていた。
「そんなの、あまりにも悲しいわ」
「……」
「あなたの怒りを、世界を変えるために貸してくれないかしら」
その時、ジョンの赤い瞳が細くなり、紅黒い雷が強く脈を打った。
ジョンはルーシアから視線を外し、遠く街の外へ視線を向けた。しばらく沈黙が落ち、ゆっくりとルーシアへ顔を戻した。
「……確かに。お前は普通の王族じゃねぇらしい」
「お、おい……」
カラカは血を吐きながら顔を上げた。腕を震わせ、どうにか片膝まで身体を起こす。
「なんだ、生きてたのか」
「こんなとこで死ねるかよ」
「なら立て。証明してみせろよ」
ジョンの槍が、再びカラカへ向けられた。
「その甘ったれた理想で、この世界を変えられるってなぁ!!」
カラカは転がっていたナイフを掴み、壁へ手をついて立ち上がった。
右腕は焼け爛れ、胸からも血が流れている。それでも、ナイフを力強く握り、蒼炎が噴き上がった。
身体の奥から溢れるまま、全身へ解き放つ。
「死にたくねぇ奴は全員離れてろよ!!!」
炎が高台を覆おうと大きく広がった。ネルドはすぐにルーシアを抱えて後退し、エレファとレオンが倒れている獣人や衛兵を縁まで引きずる。
ジョンはその場から動かず、黒槍を両手で構えた。
カラカが踏み込み、蒼炎をまとったナイフを振り抜き、ジョンも槍を突き出した。
青と紅が、再び高台の中央で衝突した。
二つの力は互いに食い合い、渦を巻きながら上昇した。そして、厚く垂れ込めた雨雲へ突き刺さり、左右へ裂けた。
雨が途切れ、裂け目から差し込んだ一筋の陽が、向かい合う二人を照らした。
ジョンは槍を下ろし、陽の中に立つカラカを見た。
「カラカ……お前は何をしようとしてる?」
カラカは息を整えながら答える。
「変える」
雨雲の裂け目から差す陽が、カラカの横顔を照らした。
「全部な……」
「できるのか?」
「ああ……」
カラカは口元を歪めた。
「俺は最強だからな」
「はは……はーはっはっは!!」
ジョンの紅い瞳の奥に、ほんの一瞬だけ光が戻った。
「言うじゃねえか。やり方は違えど目的は一緒だ。なら昔みたいに競争だ!」
「お前には負けねえよ」
「特別にお前らは生かしといてやる。じゃあな」
ジョンは槍を肩へ戻し、背を向けた。
「ジョン!!!!」
カラカの声に、足が止まった。
「お前……こんなことまだ続ける気か?」
「あぁ。怒りが収まらねぇ。全てを壊すまでな」
「そうか……」
「俺を止めたかったら、お前の中にあるその力を制御してから来い。俺は死ぬまで止まる気はねぇ」
ジョンは歩き出しかけた。
「あぁ、そうだ」
ジョンは肩越しに振り返った。口元が挑発するように歪んでいる。
「カラカ、もしお前が俺に勝てたら教えてやるよ」
「何をだよ」
「リリーの居場所だよ」
「なっ!? やっぱり生きてるのか? どこだ! どこにいる!?」
「俺に勝てたらって言っただろ。力にビビってる今のままじゃ一生無理だろうがな」
カラカは拳を握りしめた。
ジョンは次に、ルーシアへ視線を向けた。
「王女よ。お前に一つ聞きたいことがある」
「私に答えられることなら……」
「蜘蛛をどこへやった?」
「蜘蛛?」
ルーシアは眉を寄せた。
「どういう意味?」
「知らねぇならいい」
紅黒い雷が、再びジョンの身体を包み込んだ。
「……じゃあな」
轟音が鳴り、雷が落ちた。次の瞬間には、ジョンの姿は高台から消えていた。残されたのは、焦げた石畳と死体、そして静寂だった。
「っ……!!」
カラカは膝をつき、地面を殴った。拳から漏れた蒼炎が触れた場所を灰へ変える。
「くそぉぉぉっ……!!」
「カラカ……」
ルーシアの声に、カラカは俯いたまま答える。
「止められなかった……」
右腕からは、まだ蒼炎が漏れ続けている。
「あいつは……まだあんなもんじゃねぇ……」
カラカは、震える拳を握り締めた。
「強くならねぇと……」
雲の隙間から差していた陽が、再び雨雲に遮られた。そして雨が、また降り始めた。




