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あの日のこと

 誰も動けなかった。

 勝利を喜んでいた声は消え、その場にいる全員の視線が、ジョンと呼ばれた黒鎧の男へ集まっていた。


 黒槍に貫かれたフェールト。少し離れた石畳には、首を失ったマーランの身体が雨に打たれている。


 カラカは蒼炎を揺らしながら男を睨んでいた。


「……なんでお前がここにいるんだよ」


「それはこっちのセリフだ」


 カラカは拳を握り、震える声で問いかける。


「お前……今まで何してやがった……」


 ジョンは転がるマーランの首を指した。


「見れば分かんだろ」


 その時、広場にいた冒険者の一人が、黒槍にまとわりつく雷を見て息を呑んだ。


「あ、あれは……狂雷……!? な、なんでこんな所にいるんだよ……!」


「なんだよそれ……!」


「知らねぇのか!? 王族や貴族を殺して回ってる魔族だ……!!」


 別の冒険者も、震える声で続けた。


「街を一つ焼いたって話もある……あいつが来た場所は血の海になる……!!」


 ルーシアはエレファの背後から、男の横顔を見つめていた。


「あれが……」


 カラカは奥歯を噛んだ。


「やっぱり……お前だったのか……」


「逃げろ!! 殺されるぞ!!!」


 広場から悲鳴が上がった。武器を捨てていた冒険者たちが出口へ向かい、一斉に走り出した。


 だが、紅黒い雷が広場を裂いた。


 冒険者たちは振り返る間もなく雷に呑まれ、焼けた身体が転がった。


 一瞬のうちに広場へ降りて来ていたジョンは、槍を肩に担ぎながら静かに告げた。


「逃がさねぇよ。人間は皆殺しだ」


 黒槍を振り下ろすと、天から落ちた雷が放射状に広がった。衛兵の鎧が弾け飛び、冒険者の身体が焦げる。


 逃げ惑う人間たちを、紅黒い雷が次々と貫いていく。

 だが、その雷は獣人たちの足元だけは避けていた。


「やめろぉー!!」


 カラカの叫びが広場に響いた。


 ジョンは一度だけカラカの方を見た。しかし槍を止めず、逃げ遅れた衛兵へ穂先を向ける。


 その視界の端に、白い髪が映った。


「あれは!?」


 足元で雷が爆ぜる。ジョンの身体が一気に跳ね、黒い翼を広げながら高台へ戻った。


「アサグを殺しに来たんだが……とんだ大物が釣れたなぁ!」


 着地すると同時に、黒槍がルーシアへ向かって伸びる。あまりに早く、ルーシアは身を引くことさえできなかった。


「鉱装魔法!」


 ネルドが割り込み、二人の間へ白い鉱石の盾を作る。


 しかし、ジョンの槍は止まらなかった。


 紅黒い雷を纏った穂先は、盾の中央へ触れた瞬間にひびを走らせ、そのまま容易く砕いた。鉱石は雨の中に散り、槍はネルドの横腹を深く抉る。


「ぐふっ……!」


 血を吐いたネルドが片膝をついた。


「ネルド!」


 ルーシアがその肩へ手を伸ばす。ジョンは槍を引き抜き、ネルドを見ながら目を細めた。


「獣人が人間を庇うのか」


「おい、いい加減にしろよ」


 ジョンの肩が、後ろから掴まれた。


「なんだ、カラカ。怒ってるのか?」


 ジョンはカラカの手を払い、ゆっくりと向き合った。


 蒼炎と紅黒い雷が睨み合う。


「お前は……あの日のことを忘れたのか?」


 ジョンの低い声に、カラカの顔が歪んだ。


「忘れねぇよ。忘れるわけねぇだろ!」


 燃える城と家々、倒れた民、何もできなかった自分。その光景は、忘れようとしても瞼の裏へ焼きついて離れなかった。


「でも、あいつらと同じやり方でいいわけねぇだろ」


「相変わらずお前は甘い! 人間が生きていてこの世界に利はない!」


「ジョン……」


「カラカ、お前の方こそ何をしていた?」


 ジョンの槍を握る手に力が入り、紅黒い雷が迸る。


「俺たちの故郷が滅ぼされて……怒りは湧いてこねぇのか?」


「確かに……お前の怒りは間違ってねぇかもな」


 ジョンの瞳がわずかに動いた。だが、カラカは続けた。


「でも……怒りだけじゃ世界は変わらねぇ! 壊した後には何も残らねぇだろ!」


「何を残すんだよ……」


 雷がさらに荒れ、高台へと落ちてくる。


「とっくに壊れてんだよ!! この世界は!!」


 響き渡る雷鳴に獣人たちは息を呑み、広場の人間たちは逃げることもできず二人を見上げていた。

 ジョンは黒槍をカラカへと向けた。


「カラカ……お前らは最後にしようと思ってたが……ここで死んどくか?」


 カラカは腰からナイフを抜いた。


「あぁ……親友だったお前を止めるのは俺の役目だよな……」


 カラカの身体から蒼炎が噴き出し渦を巻き、ジョンの身体に赤黒い雷が激しく迸る。


 二人が同時に地面を蹴った。


 ナイフと槍が、高台の中央で激突した。


 膨れ上がった衝撃が雨を吹き飛ばす。地面が二人の足元から割れ、高台も広場も激しく揺れた。


 蒼と紅が、雨空の下で食い合っていた。

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