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革命の覚悟

 水が石を打つ音が、夕暮れの街に澄んで響いていた。誰かが、震える声で言った。


「流れてる……!」


 どこかで上がった声に釣られるように人間たちが一斉に振り向いた。その一言を合図にしたように、干上がっていた水路に次々と駆け寄っていく。


 子供たちは戻ってきた水の中ではしゃぎ回り、人間たちは顔を見合わせ、信じるように、確かめるように、何度も言葉を交わしていた。


 そこには笑い声と泣き声が混ざっていた。




 カラカとルーシアは、その喧噪を横目に見ながら、街の小さな食堂へ入った。


 木の温もりが残る居心地のいい店内は、水が戻った喜びに沸く人間たちで賑わっている。


 ざわめきに紛れるように席に着き、メニューを開く。並んだ料理に視線を走らせながら、カラカの手が止まった。


「どれもうまそうだ……

 全部食いたいな。金はあるし……」


 隣でそれを聞いたルーシアは、わずかに呆れたように目を細めた。


「そんなに食べれないでしょ」


 カラカは視線を落としたまま、わずかに顔をしかめた。


「そうなんだけどよ……」


「どれが食べたいの?」


 カラカが顔を上げる。


「え?」


「あなたが食べたいもの、私が頼むから。

 その半分、もらってくれればいいわよ」


「……いいのかよ」


「ええ」


 カラカはメニューを見たまま、迷いなく料理をいくつか告げる。それを受けて、ルーシアが簡潔に注文を通した。


 運んできた店主は、人の良さそうな中年の女だった。2人を見るなり、にこやかに声をかけてくる。


「あら、お兄さん大丈夫? ボロボロじゃない」


 カラカは肩を竦めるようにして答えた。


「あぁ、なんとかな」


 店主はそれ以上深くは聞かず、声の調子を柔らかいまま続けた。


「水路の件、聞いたよ。おかげでみんな大喜びだよ。本当にありがたいわ」


 そう言って二人の前に料理を並べ、最後にもう一皿、余分に置いた。


「これはサービスよ。たくさん食べていってね」


 ルーシアが素直に礼を述べる。


「ありがとうございます」


「悪いな、おばちゃん」



 食事を始めてしばらくしたころ、ルーシアが手を止め、ためらうように口を開いた。


「ねぇ、本当にいいの?」


 肉を噛みながら、カラカが怪訝そうに視線を向ける。


「なにが?」


 ルーシアは少しだけ言葉を探し、それから小さく息を吐いた。


「なにがって……私はあなたの仇みたいなものじゃない。なのに……」


 その言葉に、先ほど街で交わしたやり取りを思い出した。




 日が落ちきる前の街中で、ルーシアはまっすぐにカラカを見つめたまま言った。


「あなたの故郷を滅ぼしたエルピディア王国。 

 私は……その国の姫よ」


 その一言を聞いた瞬間、カラカは言葉を失った。


 目を伏せると、城の燃える光景がカラカの脳裏を過る。


 父の声。

 母の声。

 妹の名を呼ぶ自分の声。


 喉の奥で、何かが渦を巻いている。それは怒りなのか、虚しさなのか、自分でもわからなかった。


 やがて、カラカは低く呟いた。


「そうか……」


 顔を上げると、ルーシアは目を逸らさず、まっすぐにこちらを見ていた。


「なんで話した?」


 ルーシアの声は静かだった。


「王族の罪から目を背けるほど腐ってないわ。それに、探してたの」


 カラカの眉が動く。


「探してた? 俺をか?」


「あなた……じゃないとダメってわけではないけど。私と同じ思想を持ってる人を」


「思想……」


 カラカは反芻するように呟き、ルーシアの目を見た。

 ルーシアの瞳は揺らがない。


「お前、なにするつもりだ?」


 ルーシアはすぐには答えなかった。

 カラカの目を見たまま、わずかに息を整える。


「王国を……滅ぼすの」


 カラカの目が見開かれた。


「なっ! 待てよ! お前の国だろ!」


「そうよ。だからやるの。私がやらないとダメなの」


 カラカの眉間に深い皺が刻まれる。


「ふざけんな! 王国に何万の民がいると思ってる! 王族だからって民の命を弄んでいいと思ってるのか!」


 ルーシアもそこで初めて強く言い返した。


「そんなことしないわよ!」


 息を一つ整え、静かに言葉を続ける。


「絶対に……無駄な犠牲は出さない。目指すのは、血を流さない革命よ」


 カラカは小さく鼻で笑った。


「……綺麗事だな」


「……えぇ、わかってる。でも、やるしかないの」


 夕暮れの風が吹き抜け、熱を冷やすように二人の間を通り抜ける。

 カラカは額を押さえるようにしながら、吐き捨てるように言った。


「はぁ……なんでそんなことを。それに、なんで俺なんだ?」


 ルーシアは迷いなく答えた。


「あなたならわかるでしょ? この世界の理不尽が。数百年前の人類統一宣言。それから王国は道を間違えたわ」


 言葉は滑らかだったが、軽さはなかった。


「あなたの祖国の件も、亜人種や魔族への差別や搾取。こんな世界が正しいわけがない」


 カラカはすぐに返した。


「待てよ。そんな世界にしたのはお前のご先祖様だろ」


 ルーシアは小さく頷く。


「そう……それが、フィッツジェラルド家の罪」


 その声は重かった。


「私が変える。変えてみせる。

 王族の罪は、代々受け継がれてる……」


 そして、静かに言い切った。


「私が、その最後を担うわ」


 カラカはしばらく何も言わなかった。

 風に揺れる草の音だけが二人のあいだに残る。


 やがてカラカは低く息を吐いた。


「……わかったよ。でも、まだ一つ答えてもらってねぇ。なんで俺なんだ?」


 ルーシアの返答は簡潔だった。


「あなたの力が欲しいの」


 カラカは眉を顰める。


「力……? あの蒼い炎のことか?」


「そう……あの蒼炎は普通の魔法じゃない」


「何か知ってるのか?」


 ルーシアは首を横に振る。


「いえ、私にも詳しくわからないわ。でも、感じるの。あの蒼炎……あなたの力は特別だって」


 カラカは口の端をわずかに吊り上げた。


「でも、その力を制御できねぇ落ちこぼれだぜ? まぁ、すぐに使いこなして最強になるけどよ」


 その言い方に、ルーシアが小さく笑う。


「ふふ。なら、その最強の力貸してくれないかしら?」


 カラカは舌打ち交じりに答えた。


「っち。わかったよ。俺も、お前の結界があればまた暴走したときの被害が抑えれそうだしな。利害の一致ってやつだ」


 ルーシアはそこでようやく、優しい笑みを見せた。


「それでいいわ。よろしくね、カラカ」


 カラカは短く返す。


「あぁ。ルーシア」




 店のざわめきが耳に戻る。

 カラカは箸を動かしながら、面倒くさそうに言った。


「あんだけ言っといて。今更なんだよ」


 ルーシアは視線を落とす。


「そうだけど……」


「俺の故郷のことなら気にしなくていいぞ」


 ルーシアは即座に首を振った。


「そんなの無理よ」


 カラカは鼻を鳴らした。


「本当にいいんだよ。俺が弱かったのが悪い。それに、お前がやったわけじゃねぇだろ?」


 そこで一瞬だけ目を細める。


「まぁ、そのうち王国には痛い目見てもらうけどな」


 ルーシアは黙ったまま、皿の上の料理を見ていた。その沈んだ空気に、カラカは露骨にため息をつく。


「はぁ、辛気臭いな。それ、食わねぇならもらうぜ」


「いいけど……」


 答えを聞くより早く、カラカはルーシアの皿から料理を取った。ルーシアは咎めもせずにその様子を見ていた。


 カラカは口を動かしながら話を戻した。


「それで? この先どうするんだ?」


 ルーシアは少し考えるようにしてから答えた。


「そうね。ちょっと行ってみたいところがあるの」




 その瞬間、店の外から悲鳴にも似た声が響いた。


「やめてください! 離してください!」


 二人が同時に窓の外へ視線を向ける。


 そこでは、犬の獣人が数人の人間に引きずられていた。

 すり切れたボロ布を纏っただけの身体は痩せ細っている。地面に擦られても、まともに抵抗する力さえ残っていないように見えた。


 さっきまで笑顔で料理を運んでいた店主が、その様子を見てため息をついた。


「あらあら……亜人の分際で、人間様に逆らうなんてねぇ」


 その一言が落ちた瞬間、カラカの手が止まった。何も言わず、代金をテーブルの上に置いた。

 ルーシアとカラカは静かに立ち上がった。


 店主の笑顔がわずかに固まる。


「あ、あら? どうしたの? まだ──」


 二人は何も答えず、そのまま店を出る。


 人間に引きずられていく獣人の姿が、路地の奥に消えていく。

 

 その背を見つめたまま、カラカは低く呟いた。


「変えるぞ……全部」

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