表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

対の出会い

 俺の仕事が何かって……?

 最強。


 ランクも肩書もいらない。


 それらは他人が理解するために勝手に貼るラベル。

 強い奴ほど、名を欲しがらない。




「そう言ってスライム討伐に行かれたはずですが……大丈夫ですか?」


 その声に心配の色はほとんどなかった。

 ギルドの受付に立つ少年へ、受付嬢は愛想笑いを浮かべている。


 無造作に跳ねた癖のある黒髪。その隙間から鋭い目が覗き、褐色の肌には無数の傷跡が刻まれている。着古した服は血に汚れ、腰には黒い布が巻かれた一本のナイフ。


 周囲にいた冒険者たちが、それを合図にしたように笑い始めた。


「またかよカラカ! 外れの森のスライム討伐でその様かよ!」


 魔法も使えない最低ランクの落ちこぼれ。それがこのギルドでのカラカ・ルミアラニの評価だった。


「川の水が止まって困ってる時にスライムとお遊びか」

「少しは冒険者らしく街の役にたちやがれ」


 カラカの眉間に深い皺が寄り、拳がきつく握られる。


「くそ……」


 喉の奥から、押し殺した声が漏れた。


「お前らだって──」


「邪魔です」


 後ろから落ちてきた一言が、その反論を途中で遮った。


 振り返ると、フードを深く被った少女が立っていた。質素な旅人の服に身を包み、顔立ちも表情もほとんど見えない。


 少女は有無を言わさずカラカを押しのけ、カウンターで仕事を受注すると、そのまま出ていった。


「っち。なんだよあいつ」


 カラカはその背中を目で追っていた。

 その背を見送りながら、冒険者の一人が鼻で笑った。


「あの女……死んだな」




 少女はそのまま街を抜けていく。


 街の様子は、どこか張り詰めていた。

 井戸は底を見え、水路は干上がり、ひび割れた泥だけが白く乾いている。


 街を離れるほどに人の声は薄れ、乾いた風だけが耳を打つ。


 やがて少女は、外れの森へ足を踏み入れた。


 本来なら川の流れる音が聞こえるはずだった。だが今は、水の気配すらない。


 少女は足を止め、周囲を見渡した。


「川の水が止まってるのはこの辺りかしら」


 そのまま森の奥へ進むと、異様な光景があった。


 「なによこれ……」


 そこには、スライムの亡骸が山のように積まれていた。乾き切らない血が地面を染め、腐臭と鉄の匂いが漂う。


 亡骸の一つに触れると、それには切り裂かれた痕が走っている。


 他の亡骸も同じだった。焼け跡も凍結痕もない。魔法の痕跡は一切なく、ただ刃物だけで斬り伏せられている。


「この数のスライムを、刃物だけで?

 低級の魔物とはいえ、そんなことが……」


 脳裏に、先ほどのギルドの少年の姿が浮かんだ。血に塗れた服、黒いナイフ。


「……まさか」


 小さく呟く。

 だが、すぐに首を振る。


「ありえないわね」


 視線を切り、森の奥へ向ける。

 違和感を胸に残したまま、少女はさらに森の奥へ進んだ。




 やがて木々の隙間から、乾ききった川床が姿が見えてくる。魚の死骸が点々と転がり、腐臭が風に乗って流れている。


 顔を上げると、その先にそれはいた。


「な、なによ、あれ……」


 視線の先には、巨大な大蛇が川を堰き止めるようにとぐろを巻いていた。その胴体は川幅を埋め尽くし、周囲の木々すら小枝に見える。


 大蛇の瞳がゆっくりと少女を捉えた。

 濁った金属のような鱗が震えた瞬間──


「ぎしゃああああ……!!」


 低く重い咆哮が、空気を押し潰すように森を揺らした。木々が大きくしなり、鳥たちが一斉に飛び立った。


「このレベルの魔物が、こんなところに……」


 少女がゆっくりとフードを下ろすと、白い髪が露わになった。透き通るような白い肌に、澄んだ青い瞳。


 整った顔立ちのまま、静かに剣を抜いた。

 その佇まいには妙な気品があった。


「やるしかないわね……」


 



 大蛇が口を大きく開けた。

 次の瞬間、その巨体からは想像できない速度で地面を滑る。


 地面を抉りながら迫る黒い影に、少女は反射的に手をかざした。魔力を練り上げ、短く詠唱する。


 「聖結界!」


 光の壁が展開され、大蛇の突進を受け止めた。


 ──ように見えた。

 衝突の瞬間、結界の表面に細い亀裂が走る。


 少女はすかさず横へ飛んだ。

 直後、亀裂は一気に全体へ広がり結界が砕け散る。


 大蛇の突撃を間一髪で避けた少女は、着地と同時にすぐさま体勢を立て直す。


「こんなの……地方の冒険者だけでどうにかできる相手じゃないわね……」


 呼吸は浅く、背中に冷たい汗が伝う。


「騎士団はなんで動かないの……本当に、自分たちの利益しか考えない連中ね!」


 吐き捨てるように呟いた少女の前に、大蛇が再び地面を抉りながら迫った。


 少女は再び結界を展開した。

 大蛇の頭部と結界の間で、とてつもない力がぶつかり合い、結界に亀裂が入る。


 だが、一瞬大蛇の足は止まった。

 少女は止まらずに動き出していた。


 一瞬の隙を狙い、横から首筋に狙いを定め剣を上から振り下ろす。


 刃は確かに首筋を捉えた。


 だが、硬い鱗に剣は弾かれた。

 腕に重い衝撃が返り、指先の感覚が鈍くなる。


「やばいわね……ここは一旦引いた方が……」


 


 退避を試みた瞬間、背後から衝撃が走った。


「っな!?」


 死角から尻尾での薙ぎ払いにより、視界が反転した。森の木に叩きつけられ、幹が大きく軋み、枝葉が上から崩れ落ちる。


 肺の奥から息が押し出され、背骨に鈍い痛みが走った。


「……っ、ぁ……!」


 痛みを堪えて顔を上げたその先には、牙を光らせ大口を開けた大蛇が迫っていた。


「そ、そんな……私は……ここで死ぬわけには……」


 思わず目を瞑り顔を背けた瞬間。


 

 

 甲高い金属音が響いた。


 恐る恐る目を開けると、ギルドでボロボロになっていた少年。カラカの姿があった。

 全身に力を込め、押し潰されそうになりながらもナイフ一本で大蛇の顎を受け止めている。


「やっと会えたな」


「あなたは……ギルドの……」


「うぉおおらぁぁ!」


 カラカの腕が膨れ上がるように力み、大蛇の突進を力づくで横へ逸らした。

 首の方向が強引に変えられ、大蛇の巨体は森の木へ激突する。


 カラカはその隙に少女を抱えて距離を取った。


「なんであなたがここに!」


「いいから下がってろ!」


 少女を下ろし、カラカは大蛇に斬りかかった。


 ナイフが鱗へ走るが弾かれ、逆に薙ぎ払われ吹き飛ばされる。


 乾いた地面を削りながら転がる。

 だが、すぐに立ち上がり再び地面を蹴った。


 


 牙が落ち、地面が裂ける。

 尻尾が薙ぎ払い、大木が根元から折れる。


 それでも、カラカは踏み込み続けた。

 大蛇の攻撃を掻い潜り、何度も斬りかかる。


 何度吹き飛ばされても止まらない。

 血が滲み始めても、それでも向かっていく。


 その姿は勇敢というより異常だった。

 その光景を見ていて、少女はあることに気づいた。


「ね、ねぇ! なんで魔法を使わないの!」


「こんなやつ! ナイフ一本あれば十分だ!」


「もしかして……魔法が使えないの?」


 カラカは答えない。

 再び大蛇に向かっていく。


 大蛇がカラカに向かって大口を開けた瞬間、その動きが止まった。


「なっ!」


 カラカが振り向くと、少女が前に出て結界を張っていた。


「下がってろって言っただろ!」


「いいから! 今よ!」


 大蛇の動きが止まったのは一瞬。

 だが、十分だった。


 その隙にカラカが大蛇に飛び掛かる。


「ここなら、通るだろ!!!」


 そして、露出した目にナイフを突き立てた。


「しゃああああああああああ!!」


 大蛇の頭が大きく仰け反った。

 痛みにより激しく振り回される頭部に、カラカはナイフを掴みしがみついている。


「うおぉぉ!」


 だが、振動に耐えきれず振り落とされた。


 そして、追い打ちのように尾が薙ぎ払われる。横殴りの一撃が、カラカの身体を弾き飛ばした。


 そのまま木に叩きつけられ、鈍い音が響いた。


「……っ、かはっ……!」




 そして、残った片方の目は再び少女を捉えた。


 片目にはナイフが突き刺さったまま、血が流れている。怒りに身を震わせ、大蛇の巨体が軋む。


「い、いや……」


 少女は足がすくみ動けなかった。


 カラカはフラつきながらも立ち上がった。

 息が乱れ、口の端から血が垂れている。




 その目には遠い昔の記憶。


 戦の中泣き喚く人たち。

 崩れ落ちる家。

 燃える国。


 そこで、見ることしかできなかった自分。


 伸ばした手は何一つ掴めなかった。

 叫び声だけが耳の奥に焼きついている。




「また、目の前で……俺は負けねぇ、全部守る……」


 その時、カラカの体の奥で何かが弾けた。

 

 大蛇に向けて手を伸ばし、抑えきれず溢れ出す力に身を委ねる。


「俺は……最強だぁ!!」


 そう叫んだとき、体から青白い炎が激しく燃え盛った。


 周囲の景色が歪み、炎は瞬く間に周囲一帯を覆い尽くした。触れたもの全てを、燃え盛る間も無く黒く焦げ落としていく。


 青白い炎が森に広がり、その中を黒い灰が舞っている。

 その光景に少女は息を呑んだ。


「なによ……あれ……」


 視線の先で、蒼炎は獲物を見つけたように大蛇へと伸びた。絡みつくように巨体を覆い尽くしていく。


 一瞬のうちに、鱗ごと肉も骨も関係なく呑み込み、命そのものを内側から食い破っていく。


「じゃ、じゃああああああああああ!!」


 大蛇は苦しみにのたうち回った。

 巨体が乾いた川床を削り、周囲の木々を押し倒し、地形が変わるほど暴れる。


 しかし、蒼炎は離れない。

 大蛇の胴が一部から黒く砕け、崩れ始めた。


 その崩壊は尾へ、首へ、頭部へと一気に広がった。

 

 大蛇は喉を裂くような断末魔を上げた。


 蒼炎は瞬く間に大蛇を喰らい尽くした。

 そこに残ったのは、黒く崩れた残骸だけだった。


 


「はぁ、はぁ……やったぞ……!」


 カラカは肩で息をし、全身から血を流している。それでも力強く立っていた。


 その様子を見る少女は胸を抑えながら呟いた。


「あなたの中にも……何かがいるのね」




 だが、それで終わりではなかった。

 蒼炎は止まることなく、あたりを燃やし尽くそうとしていた。


 触れた木々は赤く燃えるのではなく、青白い侵食に呑まれ、内側から形を失い、黒い粉のように崩れていく。


 周囲の景色が一気に死んだ。


「くそ! やっぱり無理か!」


「ちょっと! どういう事!?」


「まだ、制御が効かねーんだ!」


「そ、そんな!」


 カラカは両脚を踏ん張った。


「っ……止まれ……!」


 暴れる魔力を力任せに押さえ込み、右手に全神経を集中させる。


 制御を、意志でねじ伏せるように。


 だが、蒼炎は止まらない。

 地面が軋み、炎が明滅する。


 魔力の余波が拡散し、辺り一帯が黒く焼け爛れていく。


「くそっ、止まれって……!」


 血が滲む。

 口内に鉄の味が広がる。

 抑えきれない。


 限界は、突然だった。


 全身を駆け巡った灼熱の反動が、右腕から胸へと一気に駆け抜ける。


 焼けつくような激痛が肺を貫き、カラカは思わず膝をついた。


「──っがはっ!」


 口から血が噴き出す。

 肺が、喉が、内臓そのものが灼けていくような痛み。


(くそ……内臓が焼けやがった……)




 蒼炎は少女に向かって伸びていく。

 獲物を見つけた獣のように、真っ直ぐ迫る。


 カラカが叫ぶ。


「逃げろ!」


「せ、聖結界っ!」


 少女は光の結界を展開した。


「そんなんじゃ無理だ! とにかく逃げてくれ!」


 青白い災厄が光の壁にぶつかり、押し潰すように広がる。焼き尽くすかのように荒れ狂い、結界全体を覆い尽くす。


 だが、次の瞬間。

 その炎は、力を失うように消えていった。


 少女の青い瞳が揺れる。


「と、止まった……」


 カラカは痛みに顔を歪めながら、その光景を見つめていた。


「俺の力を……初めてだ……」


 


 その後。

 ギルドに戻ると、再び笑い声が上がった。


 カラカはそれを無視し、大蛇の牙をカウンターに置いた。少女が受注していたクエストの報酬も合わせて受け取る。


 それを見た周囲の空気が変わった。


「あの大蛇の魔物を!?」

「どうやって!」


 ざわめく冒険者たちを、カラカが振り返って睨んだ。


「こいつにびびって昼間から酒ばっか飲みやがって。何が冒険者だ。呆れるぜ」


 冒険者たちは黙りこみ、誰一人、目を合わせられなかった。


 カラカは扉に手をかけ、出ていく前に振り返って宣言した。


「俺はカラカ・ルミアラニ。

 覚えとけよ。俺が最強の男だ」


 扉の外、入り口付近で少女が待っていた。


「ルミアラニ……」


 そこにカラカが駆け寄ってくる。


「よう! 待たせたな。換金してきたぜ。

 危ない目に合わせちまったからな。飯でも奢るぞ」


「それはいいけど……あなた、治療はいいの?  

 ボロボロだし、口から血も吐いてたわよね?」


「あぁ大丈夫だ。よくあることだし」


「よくあるのね……」




 二人は夕暮れの街を歩き始めた。

 道すがら、少女が口を開く。


「ねぇ、あなた王族よね?」


「な、なんで知ってんだ?」


「ルミアラニってさっき名乗ってたでしょ」


「へぇ、あんな小国を知ってくれてんのか。その国がどうなったのかも?」


「えぇ……知ってるわ」


「そっか……」




「なんで最強なんて言ってるの?」


「あぁ、戒めみたいなもんかな……」


 カラカの視線が少しだけ落ちた。

 夕暮れの街並みが、遠い日の炎と重なる。




 燃えていた。

 城が、家が、街が。


 目の前で人が死んでいく。

 血の匂いと煙が混ざり、叫び声が空を埋めていた。


 幼いカラカは、その場にへたり込んで泣いている。


「ふざけんなよ。俺の国が襲われてんだぞ?何してんだよ。なんで泣いてんだよ。なんでへばってんだよ。立てよ! 戦えよ! 抗えよ!!」


 それでも、動けない。


「俺は……何ができるんだよ……」


 少年は、その場で泣き続けていた。




 下を向き、歩きながらカラカは語る。


 「俺は何も守れなかった。妹も、国も、民も……」


「妹?」


「ああ。妹は絶対に生きてる」


「そう……」


「笑われたよ。小国の王子だって。

 なんの能もねぇバカだって。

 何も守れねぇって。

 でも、そんな言葉……受け入れられるほど賢くねぇ」


 カラカは顔を上げた。


「だから、見返してやるんだ。

 俺が生きた証を刻んでやる。

 次こそは誰かを守ってやる。

 こんな理不尽なクソみたいな世界も許せねぇ。

 妹も絶対に取り返す。

 全部成し遂げてやる。


 なら……最強になるしかねぇだろ?」


「そうね……」


「なんだよ! 暗いな!」


「あ、そういえば!」


「まだ名前聞いてなかったな!」


「私は……」


 少女は言いにくそうに顔を伏せた。

 少し間を置き、カラカの顔をまっすぐ見つめる。


「私の名前は、ルーシア・フィッツジェラルド」


「フィッツジェラルドって……」


「そう……あなたの故郷を滅ぼしたエルピディア王国」


 その瞬間、カラカの時間が止まった。


「私は……その国の姫よ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ