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最後の祭り

 カラカの目は、真っ直ぐにアサグを見据えていた。その表情にいつもの飄々とした空気は欠片もない。


 アサグはカラカを見て薄く笑い、ルーシアに尋ねた。


「……姫様、そちらの方は?」


 ルーシアは一瞬だけカラカへ視線を向け、すぐにアサグに向き合った。


「私の協力者よ」


 カラカが一歩前に出た。


「俺はカラカ・ルミアラニ。最強の男だ」


 その名を聞いた瞬間、アサグの目がわずかに細くなる。


「ルミアラニ……」


 今まで黙っていたマーランが、鼻で笑った。


「ははっ。変わった護衛ですな」


 フェールトはカラカを観察するように見ていた。


「ですが、腕は立ちそうだ」


 カラカは二人を無視し、背負っていた木箱を静かに下ろした。

 それを見たルーシアが、低く尋ねる。


「それは?」


「後で言う」


 そして、ゆっくりとアサグの前に立った。


「お前がアサグか?」


 アサグは丁寧に胸へ手を当てた。


「はい。エルピディア王国の財務卿を務めております。以後お見知り置きを」


「獣人たちを解放する気は?」


「ありません」


 返答に迷いはなく、あまりにも平然としていた。カラカは短く息を吐いた。


「そうか」


 アサグは窓の外へ視線を向ける。

 その先には、屋敷裏の古びた倉庫があった。


「何を見たのか知りませんが、これはビジネスです。感情論だけでは回りません」


 その発言に、カラカの目がわずかに冷える。


「感情を捨てたら人はそこで終わりだろ」


「これがこの世界の秩序です。あなたたちの意見が異端だと言うことをお忘れなきよう」


 部屋の空気が重く沈む。

 ルーシアは拳を握り締めていた。


 マーランは薄ら笑いを浮かべ、フェールトは無表情のままカラカを見ていた。


 カラカはアサグから目を逸らさない。


「なぁ……」


「はい」


「お前……本当に人間か?」


 アサグは一瞬だけ沈黙した。

 そして、穏やかに笑った。


「はい、人間ですよ」


「そっか……」


 カラカはそれ以上何も言わず、ルーシアへ視線を向けた。


「ルーシア……こんな奴らと話しても無駄だ。行くぞ」


「カラカ……」


 カラカが歩き出そうとした時、アサグが口を開いた。


「カラカさん、そのナイフはどこで?」


 カラカの手が、腰のナイフへ触れる。

 震えはまだ止まっていなかった。


「お前に関係ねぇだろ」


 カラカは部屋の隅に置いた木箱を背負い、そのまま扉へ向かった。


「ちょっと! カラカ!」


 ルーシアが追いかけようとした時、アサグの声が背中にかかった。


「姫様、最後によろしいでしょうか」


 ルーシアは足を止め、ゆっくりと振り返った。


「……なによ」


 アサグは薄く笑ったまま、静かに言った。


「城に戻られる気はありませんか?」


「ないわ」


「それは残念……」


 アサグの口元が、気味の悪い形に歪む。


「王妃様が心配しておられましたよ」


 部屋の空気が、一瞬で変わった。

 ルーシアの肩が震える。


「あなた……どこまで知ってるの?」


 アサグは小さく首を傾げた。


「さて、なんのことやら」


 ルーシアは唇を噛んだ。

 青い瞳の奥に、怒りと迷いが揺れている。


「……あなたたちの闇は、私が必ず払ってみせるわ」


 そう言い残し、ルーシアはカラカの後を追った。


 扉が閉まり、応接室には雨音だけが残った。




 二人が屋敷を出た後。

 アサグは窓辺に立ち、遠ざかっていくカラカとルーシアの背中を見下ろしていた。


 白い石畳の上を、二人は雨に濡れながら歩いていく。アサグの視線は、カラカの背負う木箱に向けられていた。


「さて、今代の強欲はどれほどのものか……少し協力してあげましょうか」


 その声は低く、楽しげだった。


 マーランが眉をひそめる。


「強欲?」


 フェールトも静かに問い返した。


「協力?」


「こちらの話です」


 そして、ゆっくりと二人へ向き直った。


「2人とも、仕事ですよ」


 マーランが姿勢を正す。


「はい」


「今すぐにこのエリアの客人たちを避難させ、街中の兵を集めておいてください。あと、獣どもに作業を止めさせ、寝床にて待機するように伝達してください」


 フェールトの目がわずかに動いた。


「それは……」


 陶器のように罅割れた顔に、薄い笑みが広がる。


「アパルトヘイムの最後の祭りは楽しくなりそうです。お願いしますよ」


 マーランとフェールトは同時に頭を下げた。


「かしこまりました」




 屋敷を出たルーシアとカラカは、鉱山へ向かって歩いていた。


 白い石畳は次第に途切れ、雨に濡れた赤茶色の道が戻ってくる。香木の匂いは薄れ、代わりに香辛料と泥と煙の匂いが近づいてきた。


「ちょっとカラカ! どうしたのよ!」


 カラカは振り返らなかった。


「あんな奴らと話すだけ時間の無駄だ。何も変わらなかったろ?」


「そうだけど……」


「なら、やり方変えねーとな。獣人たちはほっとけねぇし」


 その言葉に、ルーシアの顔色が変わった。


「まさか……だめよ! 血を流すような事は」


 カラカは足を止めた。

 雨が肩を打ち、背中の木箱が静かに水を吸っている。


「他に方法がないだろ。大丈夫だ……一般人に被害は出ないようにする」


 カラカの目からは静かな怒りが漏れていた。


「あなた……何を見たの? その木箱が関係あるの?」


 カラカは短く答えた。


「骨だよ」


 ルーシアの表情が凍る。


「骨? もしかして……」


「あぁ、獣人たちの骨だ。たぶん、鉱山にいる奴らの家族の」


 ルーシアは言葉を失った。

 雨の音が、二人の間に落ちる。


「そんな……なんでそんな事……」


 カラカは木箱の紐を握り締めた。


「ルーシア」


 彼女が顔を上げる。

 カラカは真っ直ぐに言った。


「言葉だけじゃ変わらないことが世の中ほとんどだろ。それなら俺の国は滅ばなかった」


「カラカ……」


 そう呟いた瞬間、ルーシアの足元がふらついた。


「ルーシア!」


 カラカが咄嗟に手を伸ばし、彼女の身体を支えた。


 昨夜、獣人たち全員を治癒した疲労が、まだ抜けていなかった。顔色も悪く、唇に血の気がない。


「大丈夫か?」


 ルーシアはカラカの腕の中で、小さく息を整えた。


「えぇ、ありがとう」


 カラカは眉を寄せる。


「いや……すまん。一旦宿に戻って休むか?」


 ルーシアは首を横に振った。


「いえ、大丈夫よ。早く鉱山に向かいましょう。遺骨を届けてあげないと」


 カラカは木箱を背負い直し、鉱山の方角を見た。黒い煙が、雨の向こうに揺れていた。


「ああ、そうだな」

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