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弔いの炎

 カラカは屋敷の裏手にある古びた倉庫の扉に手をかけた。


 胸の奥のざわめきがさらに強くなる。

 それは声ではなかったが、確かに何かが訴えかけていた。


『全てを見ろ。そして知れ。

 忘れるな……それがお前の……』


 重い扉が、軋む音を立てて開いていく。

 その先の光景を見たカラカの息が止まった。


「なんだよ、これ……」




 扉の先には、夥しい数の亡骸が積み重なっていた。


 腐った肉の臭いが喉の奥に張り付く。

 湿った空気は重く、肺の中まで腐敗が入り込んでくるようだった。


 カラカはゆっくりと倉庫の中へ足を踏み入れた。


 床には黒ずんだ血と泥がこびりついていた。

 天井の隙間から雨漏りの水滴が亡骸の上に静かに跳ねる。




 積み上がった亡骸の隙間からは、腕が力なく垂れ下がっていた。


 その腕は異様に痩せ細っており、雨に濡れた毛並みが張り付き、その先には鋭い爪があった。


 歪に絡み合っている腕に、不自然な方向へ曲がった脚。濡れた角や毛皮が、折り重なった亡骸の隙間から覗いている。


 そこに積み上げられていたのは、獣人たちの亡骸だった。



 白くなった毛並みの老人。

 我が子を抱くように丸まった女性の獣人。

 その傍らには、まだ身体の小さな子供まで埋もれていた。


「なんで……なんでこんなことができるんだよ……」




 その瞬間、カラカの体の奥で何かが弾けた。

 抑えきれなくなった感情に呼応するように、青白い炎が溢れ出した。


 蒼炎は床を這うように広がり、死体の山を包み込んでいった。


 だが、カラカはそれを無理に制御しようとはしなかった。


 蒼炎が何をしようとしているのか、不思議とわかっていた。


 それは、いつものような焼き尽くすための炎ではなかった。


 優しく揺れながら、名も知らぬ獣人たちの身体を一つ一つ抱いていく。

 壊れた骨、泥に汚れた毛並み、閉じられなかった瞼を撫でる。




 カラカは目を閉じた。

 そして、顔の前で手を合わせる。


「ごめんな……」


 声は震えていた。


「もう少し早く来てたら……」


 カラカが呟いている間も、蒼炎は自ら動いていた。


 死者を弔うように。

 雨の音に寄り添うように。

 静かに燃えていた。


 焼かれていく死体は、灰にはならなかった。


 雨が止まないこの街で、ただ光となり、天井の隙間から空へ昇っていく。


 青白い光が一つ。また一つ。


 暗い倉庫の中から、静かに消えていった。




 どれだけの時間、そうしていたのかわからない。やがて蒼炎が消えた。


 最後に残ったのは、静かに積み重なった白い骨だけだった。


 カラカは目を開けた。

 涙は流れていなかった。


 しかし、その目の奥には、燃えるような怒りが沈んでいた。


 カラカは脇に積まれていた木箱へ歩み寄る。

 蓋を外し、中を空ける。


 そして、白い骨を丁寧に入れていった。

 一つ一つ、眠らせるように。


「お前らの無念……俺が晴らすからな……」


 すべての骨を移し終えた頃、倉庫の中には腐臭ではなく、雨と蒼炎の残り香だけが漂っていた。


 カラカは顔を上げ、胸に手を当てた。

 そこには、まだ微かなざわめきが残っている。


「今回は、協力してくれるよな……」


 カラカは木箱を背負い、倉庫を後にした。




 その頃。

 応接室では、アサグの声が静かに響いていた。


「姫様……政は感情だけで行えるほど簡単ではありません。どうかご理解を……」


 ルーシアは唇を噛み締めていた。


 目の前の男は、あくまで丁寧だった。

 礼儀正しく、穏やかで、決して声を荒げない。


 アサグは細い指で卓の上を撫でながら続ける。


「昔は、もう少し自由にさせていましたが……」


 ルーシアが顔を上げる。


「なら──」


「ですが反乱が起き、多くの人間が死にました」


 アサグの言葉が、ルーシアの声を遮った。


「私は直接は知りませんが、鉱山設備も破壊され、女性や子供まで巻き込んで暴れたらしいのです。そこでホノリウス将軍が鎮圧し、現在の体制へ移行するために私が派遣されました」


 ルーシアの目が揺れる。


「ホノリウスが……」


「私が来てから急ピッチで制度を整えました」


 アサグは淡々と語る。


「首輪による魔力制御に始まり、居住区の分離や検問制度」


 マーランは黙って控えていた。

 フェールトも無言のまま、扉の近くに立っている。


「おかげで街は平和に豊かになりました。国王陛下も満足しておられますよ?」


 ルーシアの顔から血の気が引いた。


「そんな……」


「獣人への締め付けも反乱を起こした罰のようなものです。大人しく働いていれば順を追って緩めていくつもりです。ですから」


 その瞬間、応接室の扉が勢いよく開かれた。


「元はと言えば、その反乱もお前らが原因だろうが!」




 全員が振り返る。


 そこには、カラカが立っていた。


 背には木箱。

 片手で腰のナイフを押さえている。


 そのナイフは、鞘の奥で小さく震えていた。


「カラカ!」


 ルーシアが声を上げる。

 カラカはルーシアを見ると、短く答えた。


「悪い、遅くなった」


 その目は、静かに据わっていた。


 口元は固く結ばれ、いつもの飄々とした空気は欠片もない。

 感情を押し殺したまま、ただ真っ直ぐにアサグを見据えている。


 アサグはカラカの姿を見て、薄く笑った。


「これはこれは……」


 濁った瞳が、カラカの背負う木箱へ向けられる。


「面白い客人が来ましたねぇ」

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