第8話:真実を許した代償
真実は、刃物に似ている。
正しく使えば道を切り開く。
だが、握り方を誤れば——必ず血が出る。
王宮魔導研究棟の事件が「内部犯行」として処理された、その翌日。
王都の空気は、目に見えて変わっていた。
「……妙ですわね」
自室の窓辺で、私は王宮の方向を眺めていた。
研究主任は即日拘束。
事件は極秘扱い。
表向き、波風は立っていない。
——だが。
(静かすぎる)
噂が好きな王都が、
これほど口を閉ざしているはずがない。
その答えは、すぐにやってきた。
「お嬢様。
今度は……“非公式”です」
執事が差し出した封書には、
王家の紋章はない。
代わりに刻まれていたのは——
王弟派の印章。
「……なるほど」
私は、静かに封を切った。
指定されたのは、王宮の一角。
普段は使われない小謁見室。
そこにいたのは、
国王の弟にあたる男——ローデリヒ公。
「初めて会うな、エレーナ嬢」
柔らかな笑み。
だが、瞳は冷たい。
「先日の件、
実に見事だった」
「お褒めにあずかり、光栄ですわ」
「だが……」
彼は、声を落とした。
「やりすぎた」
「研究主任一人の不正で済んだ話だ」
ローデリヒ公は言う。
「それを“王宮の管理体制の欠陥”にまで、
話を広げる必要があったか?」
「私は、
聞かれたことに答えただけですわ」
「それが問題なのだ」
彼は、机を指で叩いた。
「王宮では、
答えてはいけない質問が存在する」
私は、目を細める。
「つまり——
真実より、体面を守れ、と?」
「エレーナ嬢」
ローデリヒ公は、
諭すように言った。
「君は優秀だ。
だからこそ、使い道がある」
「……使い道」
「王家の“管理下”で、
事件を解決する立場だ」
条件は、明白だった。
——論理に、鎖をつけろ。
「そうすれば、
君の地位も、安全も、約束しよう」
沈黙。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
「申し訳ありませんわ」
扇子を閉じ、はっきり言う。
「私は、
論理を選別しません」
ローデリヒ公の笑みが、消える。
「それは——
王家に敵対する、という意味だぞ」
「いいえ」
私は、首を横に振った。
「私は、
王家ではなく、真実の側に立つ」
空気が、張り詰めた。
その夜。
第二王子アルノルトから、
短い書状が届いた。
『君に、謝らねばならない
——王宮内で、君を危険視する声が上がっている』
私は、苦笑する。
(ええ、でしょうね)
『だが同時に、
君を必要とする者も、確実に増えている』
私は、窓を開けた。
夜風が、カーテンを揺らす。
(論理は、味方を選ばない)
(けれど、
人は論理を選り好みする)
私は、扇子を手の中で回した。
(ならば——)
(嫌われる覚悟で、進むしかない)
翌朝、王都に小さな噂が流れ始めた。
「……第一王子派が、
動いているらしい」
「“探偵令嬢”を、
黙らせる算段だとか……」
私は、静かに笑った。
「ええ。
ようやく、舞台が整いましたわね」
真実を許した代償は、
敵が増えること。
——ならば。
その敵ごと、論理で裁くだけ。




