第7話:王宮に存在する密室
王宮魔導研究棟は、沈黙の建物だ。
研究者たちの情熱と野心が渦巻く場所でありながら、
廊下に響く足音は、常に抑えられている。
「ここが、問題の研究室です」
第二王子アルノルトが示した扉は、
分厚い魔導金属で作られ、複雑な刻印が施されていた。
「事件当夜、
この部屋は完全封鎖状態でした」
私は、一目見ただけで理解する。
(……なるほど)
(典型的な“王宮式密室”ですわね)
「整理しましょう」
私は扇子を軽く叩き、条件を列挙する。
「この研究室は、
・入退室には個人認証式の魔導鍵が必要
・窓なし
・魔力遮断結界が常時稼働
・内部からも外部からも、鍵なしでは開閉不可」
アルノルトが頷く。
「その通りだ」
「つまり」
私は、扉に触れずに言った。
「事件当夜、誰も出入りしていない」
研究員たちの顔が、強張る。
「ですが、
重要研究資料は消失している」
一拍。
「……では、質問です」
「消失した研究資料。
それは、物理的な紙束ですか?」
「いえ」
研究主任が答える。
「魔導記録結晶です。
情報を刻んだ、単一の結晶体」
私は、微笑んだ。
「素晴らしい」
「……何が、です?」
「密室の条件が、
一つだけ、嘘をついている」
ざわめき。
アルノルトが、静かに問う。
「どういう意味だ?」
「密室とは、
人の移動を制限する仕組み」
私は、研究室全体を見渡す。
「ですが、
情報や概念までは閉じ込められません」
「……!」
「質問を変えましょう」
私は、研究員三名を順に見た。
「事件当夜、
この研究内容を“記憶していた”人物は?」
沈黙。
やがて、一人が口を開いた。
「……我々三名、全員です」
私は、満足げに頷いた。
「つまり、
消えたのは“資料”ではない」
扇子を閉じる。
「複製可能な情報です」
研究主任が、愕然とした顔で呟く。
「まさか……」
「ええ」
私は、はっきりと言った。
「この事件、
盗難ではありません」
空気が、凍りつく。
「正規の持ち出しです」
「魔導記録結晶は、
一定以上の魔力を流せば、
内容を外部に転写できる」
私は、指を一本立てる。
「結界は“物体”を遮断する。
ですが——」
二本目。
「魔力情報の流出までは、想定していない」
研究員の一人が、崩れ落ちるように椅子に座った。
「……知らなかった……」
「ええ。
知らないこと自体が、王宮の弱点」
「では、犯人は誰か」
私は、即答しなかった。
「三名全員に、
理論上の可能性があります」
アルノルトが、眉をひそめる。
「それでは、
特定できないではないか」
「いいえ」
私は、視線を細める。
「動機が違います」
「転写された研究内容は、
王国にとって——」
「軍事転用可能な魔導理論だ」
アルノルトが、低く言った。
「ええ」
私は、頷く。
「では質問です」
一歩、前へ。
「この研究が、
公表されることで困る人物は誰か」
沈黙。
研究主任が、苦しげに口を開いた。
「……私だ」
視線が、集まる。
「この研究は、
私の学説を否定する内容だった」
「ですから」
私は、静かに結論を告げる。
「あなたは、
完成前に“情報だけ”を外部へ売った」
「……!」
「物は出ていない。
だが、情報は出た」
私は、扇子を広げた。
「これが、
王宮密室事件の真相です」
研究主任は、膝をついた。
「……認めます」
その声は、震えていた。
すべてが終わった後。
「……恐ろしいな、君は」
アルノルトが、率直に言った。
「密室という概念そのものを、
ひっくり返した」
私は、微笑む。
「密室は、
守るための仕組み」
「ですが、
思考を止めた瞬間、
檻になりますわ」
研究棟を出ると、
王宮の空は、どこまでも高かった。
「王宮とは、
最大の密室かもしれませんわね」
私の呟きに、
アルノルトは苦笑する。
「……君を敵に回さなくて、良かった」
私は、扇子で口元を隠した。
「それは、
論理を敵に回さなかったからですわ」




