第6話:忠誠か、論理か
それは、白い封筒だった。
王家の紋章が刻まれた蝋印。
差出人の名を見た瞬間、執事の指がわずかに止まる。
「……王宮、です」
「でしょうね」
私は紅茶を置き、静かに受け取った。
——招待状。
いいえ、正確には呼び出し。
王宮の回廊は、いつ歩いても息苦しい。
豪奢で、静謐で、そして——嘘に満ちている。
案内された先は、謁見の間。
そこにいたのは、現国王ではなかった。
「来たか、エレーナ・ヴァン・クロムウェル」
柔らかな声。
だが、油断ならない眼差し。
第二王子、アルノルト。
兄とは対照的に、穏健派として知られる人物だ。
「お招きに預かり、光栄ですわ」
私は一礼する。
「……堅苦しい挨拶は不要だ」
アルノルトは、微かに笑った。
「今日は、頼みがあって君を呼んだ」
「君が“探偵令嬢”と呼ばれているのは、承知している」
「光栄ではありますが、
正式な肩書きではありませんわ」
「だが、実態は同じだ」
王子は、机の上に一通の書簡を置いた。
「これは、数日前に起きた事件の報告だ」
目を通す。
——王宮魔導研究棟にて、重要な研究資料が消失。
内部犯行の疑いあり。
「容疑者は?」
「研究員三名。
だが、証拠は曖昧だ」
私は、書簡を閉じた。
「それで?」
「君に、真犯人を特定してほしい」
沈黙。
私は、ゆっくりと顔を上げる。
「一つ、確認を」
「何だ?」
「この件、
真実が王家に不都合でも、明らかにしますか?」
アルノルトは、即答しなかった。
「エレーナ」
彼は、静かに言う。
「王宮とは、
真実より“安定”を重んじる場所だ」
「ええ。存じております」
「時に、
“知らない方が良い真実”もある」
——つまり。
「私に求めているのは、
真犯人ではなく、都合の良い結論ですか?」
空気が、張りつめる。
「……君は、鋭いな」
王子は、苦笑した。
「だが、君ならわかるはずだ。
王家に刃向かえば——」
「処罰、失脚、排除」
私は、淡々と続けた。
「ええ。よくある話ですわ」
私は、一歩前に出た。
「では、こちらから条件を」
「条件?」
「はい」
扇子を、静かに閉じる。
「私は、
論理に反する結論は出しません」
王子の目が、わずかに細くなる。
「たとえそれが、
王族に不都合であっても?」
「ええ」
迷いはなかった。
「それが嫌なら、
最初から私を呼ぶべきではありませんわ」
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて——
アルノルト王子は、深く息を吐いた。
「……いいだろう」
彼は、はっきりと言った。
「真実を明らかにしろ」
驚きはしなかった。
ただ、少しだけ——評価を改める。
「ただし」
一言、付け加えられる。
「その結果が、
王国を揺るがすものであった場合——
君も無傷では済まない」
私は、微笑んだ。
「覚悟の上ですわ」
謁見の間を後にしながら、私は考える。
(忠誠か、論理か)
(選ばされると思っていたけれど……)
扇子を開き、光に透かす。
(最初から、答えは決まっていますわね)
私は、誰の家臣でもない。
誰の駒でもない。
——論理の側に立つ。
それだけ。
王宮の門を出た瞬間、
冷たい風が頬を撫でた。
「王宮内部事件……」
私は、小さく呟く。
「これは、
少々骨が折れそうですわ」
けれど。
唇に、自然と笑みが浮かぶ。
「ええ。
だからこそ、面白い」
——探偵令嬢エレーナの次なる舞台は、
王宮の“内部”。
真実を嫌う場所で、
真実を暴くために。




