第10話:公開の法廷——論理は“事故”を裁けるか
王都評議会の大広間は、久方ぶりの公開審理に沸いていた。
貴族、官僚、記者役の書記官。
傍聴席は隙間なく埋まり、ざわめきは波のように揺れている。
本来なら、ただの“馬車事故”。
だが——
匿名告発状が投じられたことで、事態は変わった。
議題は一つ。
「一連の事故は、政治的圧力によるものか否か」
そして私は、証人席に立っていた。
「エレーナ・ヴァン・クロムウェル嬢」
評議会議長が、厳かに告げる。
「あなたは、今回の事故が“故意”である可能性を示唆しましたね?」
「ええ」
私は、静かに答える。
「単なる機械的損耗では説明できない点が、三つございます」
「三つ?」
「第一に、
車輪固定金具の摩耗状態」
資料が掲示される。
「通常の劣化であれば、
内側から均等に削れます。
しかし本件は——」
一拍。
「外側から、意図的に削られている」
ざわめきが広がる。
「第二に、
点検後二時間以内に発生している点」
私は続ける。
「偶然の劣化であれば、
発生時刻は予測不能。
しかし今回は——」
「エレーナ嬢の侍女が乗車した直後」
議長が補足する。
「ええ」
「偶然にしては、
出来すぎています」
「そして第三」
私は、視線を傍聴席へ向けた。
「事件当夜、
馬車付近で目撃された“王宮紋章入りの指輪”」
空気が、凍る。
王宮関係者が、顔色を変える。
「もちろん、
これだけでは個人特定はできません」
「では、何を証明できる?」
議員の一人が問う。
「“偶然”という仮説が、
最も不自然であることです」
「つまり、あなたは
王宮関係者の関与を疑っている?」
「疑いではなく、
可能性の比較です」
私は、淡々と言う。
「事故説と工作説。
どちらが、より少ない仮定で説明できるか」
「……工作説だと?」
「ええ」
扇子を閉じる。
「事故説には、
“都合の良い偶然”が三つ必要です。
工作説には——」
一拍。
「悪意が一つあれば足ります」
沈黙が落ちる。
その時、傍聴席から一人の男が立ち上がった。
「異議あり!」
王弟派の若手貴族だ。
「推論に過ぎぬ!
直接証拠がない以上、王宮を疑うなど——」
「直接証拠なら、ございますわ」
私は、静かに遮った。
視線が集まる。
「車輪金具に付着していた、
特殊な研磨粉」
「……!」
「それは、
王宮工房でのみ使用される配合」
広間が、どよめく。
「研磨粉の成分分析は、
すでに第三者機関に提出済みです」
私は続ける。
「一致率、九割八分」
若手貴族の顔が、青ざめる。
「偶然ですか?」
静かに、問いかける。
「私は、犯人の名を挙げておりません」
あくまで冷静に。
「ただし——
この事故が“自然発生”ではないことは、
論理的に確定します」
議長が、重々しく頷く。
「評議会として、
本件を正式調査案件とする」
木槌が打ち下ろされた。
——決定だ。
審理後、回廊でアルノルト王子が待っていた。
「……見事だった」
「まだ終わっておりませんわ」
「だが、
王宮の名は公に出た」
彼は、苦く笑う。
「亀裂は、広がる」
「ええ」
私は、窓の外を見た。
「ですが——
亀裂の中にこそ、光は差します」
その夜。
王宮の一室で、低い声が交わされる。
「……評議会が動いた」
「探偵令嬢を、止めるべきだ」
「いや」
別の声。
「もはや“止める”段階ではない」
静かな決断が、下されるのだった。




