七十七話 好評な風呂
自邸に完成させた異世界初?であろう『本格的大浴場』。オリヴィアと共にその極上の温もりと疲労回復効果を堪能してからというもの、俺の日々の生活は劇的に快適なものとなっていた。
それにしても、こんな素晴らしい体験を自分たちだけで独占しているのは毎日店で汗流して働いている仲間たちに少し申し訳ない。そう思った俺はいつかの営業終了後、アイリスとルナ、そしてセリアの三人へ声をかけた。
「三人とも、片付けが終わったら今日家にこないか?実は……『最高の癒やし』があるんだ」
「カケルさんの家に、ですか?一体何が用意されたのですか?」
アイリスが首をかしげる。
「えっ!カケルさん家のご飯!?食べたい!」
ルナが目を輝かせた。いや、ご飯とは言ってないぞ。
屋敷に到着すると事前に準備をお願いしておいたオリヴィアが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、皆様。本日はカケル様特製の『お風呂』をご用意しております」
脱衣所へ案内され、ふんわりと香る薬草の香りと心地よい湯に包まれた瞬間、三人は言葉を失った。 着替えの手順や身体の洗い方、湯船への浸かり方は同じ女性であるオリヴィアが手取り足取りレクチャーしてくれた。
しばらくすると浴室の方から賑やかな歓声が響いてきた。
「~~~~~~っ!?な、何ですかこれぇぇぇっ!?身体が……身体が溶けちゃいそうな……っ!」
「きゃーっ!お腹まで入ったらふわふわ浮いてるみたい!すごい、すっごく気持ちいいよ!」
アイリスの叫びに似た歓喜の声、ルナの楽しそうな水跳ねの音、そしてセリアの深い感動のため絶句。 オリヴィアの「肩までじっくり浸かるともっと気持ちいいですよ」という優しい声が聞こえてくる。
一時間後、脱衣所から出てきた四人は全員が髪をほんのり濡らし、頬を桜色に染めてスベスベの肌を輝かせていた。
「カケルさん……!あんな素晴らしいものを家で作るなんて……。もう、あの湯船のない生活には戻れません……!」
アイリスが熱っぽく、ルナも
「カケルさん!毎日お店が終わったらここに来てもいい!?」
と言いつつ、セリアも
「素晴らしい工夫です。身も心も清められました」
と深く満足していた。
お風呂に感動したアイリス達、店で「お風呂が素晴らしかった!」と絶叫していて、噂は特定の人物の耳へ届いた。
数日後、噂を聞きつけてやってきたのはガストン商会の商人・ガストンだった。
「カ、カケルさん!お願いです、『お風呂』とやらに私も入れさせてくださいっ!連続の商談と簿記で肩と腰が裂けそうなのです!」
必死になっているガストン。風呂を作るときに色々と優遇してもらったこともあるし無下に断ることもできず風呂に入ってもらった。風呂に入るときのレクチャーをしてから数分後、浴室から「ひゃああああああああああこぉぉぉれぇぇぇはぁぁぁ疲れが取れるぅぅぅぅ!」という商人の悲鳴のような歓喜の声が響き渡ったのは言うまでもない。
そしてガストンの商会のネットワーク、あるいは王の執事であるアルフレッドからの報告だろう。
「……というわけで、カケル。急で悪いが、案内してもらうぞ」
ある休日、我が家の前に止まった豪華な馬車から降りてきたのは、王妃様と王女殿下、そしてその後続いてコソコソと降りてきた国王の姿だった。
「お、王妃様、王女殿下……まで!?一体どうされましたか!?」
俺が仰天していると、王妃様が気品ある笑みを浮かべた。
「ふふ、ある『噂』を聞きまして。ガストンが『天の上の心地良さ』と絶賛するお風呂というものを、どうしても体験してみたくて。まずは私と娘が入らせていただいてもよろしいですか?」
とりあえず王妃様と王女殿下がオリヴィアの案内で浴室へ。一時間ほどして出てきたお二人の顔は今まで見たことがないほどツヤツヤで、王女殿下に置いては「カケル様……私、このお屋敷に住みたいですわ……」とうっとりとした目で言われた。
「よし!次はワシの番だな!」
代わって俺と国王、そして執事のアルフレッドの三人で男湯タイムとなった。
大きな浴槽に並んで肩まで浸かると、国王は「ふはぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」と豪快な声を上げて天井を仰いだ。
「うむ……うむむむ……っ!これは凄まじいぞ、カケル!国政の重圧でガチガチだった肩と腰が、まるで温かい水の中でゆっくり解けていくようだ……!アルフレッド、お前も浸かれ!」
「は……ハッ!恐れ入ります……。……くっ、これは……なんと見事な……」
無表情なアルフレッドの目元まで、心なしかトロけているように見える。
「なぁカケル……これ、城にも作れんか?城の一部分をこれに改修すれば、ワシも王妃も毎日ご機嫌で公務に励めるのだが!」
ご機嫌かどうかは知らんがな。作れと言われれば作れるだろうけど、さすがに俺が監修してまで作ろうとは思わない。とりあえずはガストンに丸投げしておこう。
そんな会話を交わしながら、じっくりと湯を満喫した。
風呂から上がって全員がリビングに集合した頃には夕方になっていた。風呂に入って代謝が上がったのか、全員のお腹が「ぐぅ~」と鳴り始めている。
「ふむ!風呂というものはこれほど腹がなるものなのだな!」
国王陛下が腹をさすりながら俺を見る。
……まぁ、作れっていうことだよな。
「では、我が家で夕食を食べていきませんか?」
「おお!カケルの手料理か!たのむぞ!」
俺は厨房へ向かった。今夜は王族たち、それに護衛やお世話係の人が集まっている。いつもの定食やカレーもいいが、せっかくならみんなでワイワイ食べれる「特別な料理」にしたい。
そこで目に留まったのは、立派な『石窯』だった。
(パン焼き用の窯……。以前から作ろうとは思っていたから材料はあるし、やってみるか……!)
俺の料理人魂に火がついた。俺は即座に発酵させた小麦粉の生地をこね、試作用として作っておいた『チーズ』、新鮮なボア肉の自家製ソーセージ、完熟トマトのソース、そしてバジルに似たフレッシュハーブを用意した。
チーズに関してはこの世界にはないものだった。そもそも乳製品というものがほとんどない。それもそのはず、魔物から採れる乳をわざわざ加工して飲んだり食べたりするのであればこの世界の食レベルはもっと高いだろう。
実際に採れることがわかった時点で料理に使えるか、というのが第一に確認することだった。結果、そのまま飲むのはダメだった。どうしても熱を通さないとダメだったので一般的なフレッシュチーズの作り方でつくってみたところ、意外にもちゃんとしたチーズを作ることができた。
成分がどうとか、チーズが作りやすいものなのかどうかはわからないが、結果的にいい方向に行ったので良しとしよう。
一気に伸ばした生地の上にトマトソースを塗りたくり、細かく切ったボアソーセージとたっぷりのチーズを敷き詰める。カンカンに熱した石窯の奥へ生地を滑り込ませた。
――パチパチパチ……ッ!
高熱の石窯の中で生地の縁がみるみるうちにプクっと膨らみ、表面のチーズがジュワジュワと泡を立てて香ばしく溶けていく。数分で完璧な焦げ目がついた『特製マルゲリータ&ミックスピザ』が焼き上がった。
「お待たせしました!今夜の料理は、石窯で焼き上げた『ピザ』です!」
焼き立て熱々のピザを切り分けテーブルの中央置くと、香ばしいチーズとトマト、ハーブの暴力的な良い匂いが部屋中に満ちた。
「まあ……!パンの上に具材がたっぷりのっていますわね……この白いのはなんでしょうか?」
王妃様が目を輝かせる。
「熱いので気をつけてお召し上がりくださいね」
全員が手に取り、一口かぶりついた。
――とろぁぁぁぁぁぁっ……!
「……っ!?な、なんだこれはぁぁぁぁぁっ!?」
国王が叫んだ。
「この白いものがどこまでも伸びますわ!それにおいしい!ちょっと塩気がある味、そしてハーブの香りとトマトのジューシーさ……お風呂上がりの身体に、凄まじく染み渡ります!」
王女殿下も夢中でピザを頬張り、口の端にチーズをつけながら目を輝かせている。
何枚も焼き上げたピザはあっと言う間に全員の胃袋に消えて、テーブルには満足感に満ちた笑顔だけが残された。
夜も遅くなり、大満足した国王ご一行は「最高の日だった!城の風呂の件、頼むぞ!」と言い残し、城まで帰っていった。
明日もまた『定食屋 つむぎ』の厨房に立ち、来てくれる客たちと頑張ってくれる子どもたちのために、最高の飯を作り続けるだけだ。




