七十四話 孤児院
パトロールがてらの屋台回りから数日が経過した。『定食屋 つむぎ』の厨房は今日も今日とて大盛況。アイリスがだし巻き玉子を美しく巻き上げ、ルナが強火でドライカレーを煽り、セリアが神速の立ち回りで客席を回っていた。俺も大鍋でカレーを温めつつ、山盛りの唐揚げやトンカツ、他の料理を作っていた。
店内の喧騒が少し落ち着いた昼過ぎのこと。入り口のドアが静かに開いた。
入ってきたのは定食屋には少し釣り合いなすっきりとした白い修道服を身に着けた一人の若いシスターだった。
「あの……失礼いたします。こちらに『カケル』様という店主様はいらっしゃいますでしょうか?」
「ああ、俺がカケルだけど……何か用か、シスター?」
俺が手を拭きながらカウンター越しに対応すると、彼女は深く丁寧に頭を下げた。
「私はこの近くにある孤児院のシスター、アリアと申します。……数日前、市場の広場で二人の子供にたくさんの温かいお食事を分けていただいたと聞いて、どうしても一言お礼を言いたいと思い伺いました」
「ああ、あの時の……」
まぁそうだろうとは思ったが、妹を必死に守ろうとしていたお兄ちゃんと小さな女の子だ。
シスターは顔を上げ真剣な目で言葉を続けた。
「カケル様が持たせてくださったあの包み、本当にたくさんの料理や焼き菓子が入っていました……。あの子たちだけでなく、孤児院の他の子どもたちもみんなでいただいて大喜びでした。最近はみんな、お腹いっぱい食べる機会がなかったので、本当に救われました」
彼女の切実な響きを含んだ言葉に俺は少し胸が痛かった。気になって俺はカウンターに腕を置き、彼女に問い掛けた。
「……シスター、ちょっと立ち話もなんだしそこに座ってくれ。……とりあえず聞いておきたいんだが、今の孤児院の経営って、一体どんな感じなんだ?」
シスターは少し悩むような素振りを見せたが、俺の真剣な眼差しに圧をかけられたのか静かに椅子に腰掛け、ポツリポツリと現状を話し始めてくれた。
「……お恥ずかしい話ですが、余裕があるとは言えません。国からの補助金や配給はあるのですが、ここ最近、周辺の開拓村が魔物に襲われたりして身寄りをなくした子どもが増えてきたのです……。当面、院の定員を遥かに超える数の子供たちが寄り合っている状態なのです」
「子供が多すぎて、飯が行かないってわけか」
「そうですね。少し大きくなった十代半ばくらいの子どもたちが少しでも足しにと、街の荷運びや雑用のアルバイトをしてお金を稼いでくれるのですが……育ち盛りの子供たち全員のお腹を満たすにはどうしても足りない状況です……」
彼女は申し訳なさそうに話した。その寂しい肩にはあまりにも重い責任がのしかかっているように見えた。
「分かった。……シスター、今度の俺の休みの日に孤児院に行ってもいいか?様子を見てみたかったんだ」
「えっ……?あ、はい、それはもちろん歓迎いたしますが……」
驚くシスターを見送り、俺はその日厨房で料理をしながら、次の休日の計画を練り始めた。
数日後、やってきた店の休業日。俺は食材や調理道具などをアイテムボックスに入れて孤児院に向かった。
到着するとシスターが門を開けてくれた。シスターの横からバタバタと小さな足音が聞こえてる。見るとあの市場の広場で出会った兄妹がそこにいる。
「お兄さん!この前はありがとう!」
「おう、約束通り来たぞ」
案内されて建物の中に入ると俺は驚いた。そこにはまだハイハイをしている赤ん坊から少し大人びた表情をした十代前半の少年少女まで、三十人近い子供たちがひしめき合っていたのだ。
「働ける年齢の子も何人かいるとは言っていたが……確かにこの状況じゃ全員を養うのは相当厳しいな」
俺は腕を組んで現状を確認した後、シスターに向かって直った。
「よし、シスター!とりあえず、今日の昼飯は俺が厨房を借りて作るよ。大量に食材を持ってきたんだ、遠慮なく食べさせてるからな」
「ええっ!?そんな、お客様であるカケル様にそこまでしていただくなんて……!」
「いいからいいから。料理人の前で腹を空かせた子供を放っておく趣味はないんだ。キッチンを貸りるよ!」
俺は孤児院の年季の入った厨房に入りエプロンを締めた。今日持ってきたのは事前に調味料に漬け込み仕込んでおいた大量の『ココ鳥の肉』に『ボアの肉』、たくさんの『野菜』、そして大量の『米』だ。
メニューはもちろん『唐揚げ』『トンカツ』に『白いご飯』と『野菜のスープ』だ。
米を洗い土鍋をセットして火をつける。
大きな鍋にたっぷりの油を注ぎ、温度を見つめる。
――シュワァァァァァァァッ!
厨房から唐揚げが揚がる音が響き渡り、香ばしい凶暴なまでに食欲をそそる匂いが孤児院の建物いっぱいに広がっていた。
作り終えた唐揚げとトンカツを皿に盛り、白いご飯は土鍋ごと持っていく。
孤児院の食堂の長テーブルには山のように盛られた黄金色に輝く熱々の唐揚げとトンカツの皿と湯気が立つ真っ白なご飯、そしてたくさんの野菜で作った特製スープがズラリと並べられた。
「さあ、みんな!今日は『定食屋 つむぎ』の唐揚げとトンカツの定食だ!遠慮しないでお腹いっぱいになるまで食べてくれ!」
シスターの合図と同時に、歓声を上げて子供たちがスプーンやフォークを動かした。
「……っ!!お、おいしいぃぃぃ!!」
「お肉が柔らかくて、ジュワって汁が出てくる!」
「この白いご飯と一緒に食べるともっとおいしく食べられちゃう!」
大人びた顔で行儀よくしていた少し大きな子供たちも最初の一口を食べた瞬間、なりふり構わず唐揚げやトンカツをご飯と一緒に口まで掻き込み始めた。
まだ普通の食事を食べられない小さい子どもには白いご飯と野菜を使った離乳食を作ってみた。最初は食べずに少しイヤイヤしてはいたが、一口食べたら気に入ったのかしっかり食べてくれた。
子供たちがもりもりと飯を平らげ、皿がやがて空になっていく光景をシスターは涙を浮かべながら見つめていた。
「みんな、あんなにうれしにそうに……。カケル様、本当に、本当にありがとうございます……」
「気にするなよ。おいしいって言葉は、料理人とってこれ以上ない褒め言葉だからな」
とりあえず、今働きに出ている子どもたちもいるとのことだったので、仕込んだ分を全部追加で作っておいた。かなりの量になってしまったが、たぶん今日中にはなくなるんだろうな。
片付けも終わり、満腹になって満面の笑顔の子供たちに見送られながら俺は孤児院を後にした。
(働けそうな子どもは大きい子どもだけ……うちの店で何かやってもらうなら裏方か……)
次の日の営業終わり、俺はアイリスとルナ、セリアに孤児院の現状と自分の考えている案を相談してみた。
「孤児院の子供たちを、うちの店で……ですか?」
アイリスが少し驚いたように聞き返す。
「ああ。外にアルバイトに行ってるっていう大きい子たちだ。うちの店もカレーや新メニューが増えて、仕込みの量や皿洗いの量が尋常じゃなくなってきてるだろ?裏方の仕事ならできるだろうとは思っているんだが、どう思う?」
「野菜の仕込みや皿洗いならすぐにできるようになりますし、いいと思いますよ!」
よし、方針は決まった。
数日後、俺は再び孤児院を訪れシスターと個室で話をした。
「シスター、今日は相談があって来たんだ。……実はうちの『定食屋 つむぎ』で孤児院の子供たちを雇いたいと思うんだ」
「えっ……?お店で、子供たちを……ですか?」
シスターがびっくりして目を丸くする。
「ああ。無理な労働をさせるつもりはない。裏方で野菜の皮を剥いたり空いた皿を洗ったりする簡単な仕事だ。これなら子どもでもできるし、危険なことはないだろ?」
俺はアイリスがまとめてくれた労働条件の書面をテーブルにまとめた。
「そして、これが給料の額だ。……とりあえず、王都の一般的なアルバイトの『相場の1.5倍』を出すように設定してある。それと、店に来た日はうちの定食やカレーを『賄い(まかない)』としてお腹いっぱい無料で食べられる。あと、定期的に作った料理を持たせて帰るから小さい子どもたちにも食べさせてあげて」
シスターは書面に書かれたことに、あまりにも破格、かつ子供たちへの優しさに満たされた条件を見て、大きな涙をポロポロと書類の上にこぼし始めました。
「カ、カケル様……これではあまりにも、私たちがいただくばかりで……。このようなお給料や食事をいただいてはお店の経営が……」
「心配はいらない。うちの店、あなたの想像の倍は繁盛してるからさ。それで優秀な子どもたちが頑張ってくれれば店が回って売上も上がっていく。これは正当なビジネスの提案だ」
俺がニヤリと笑うとシスターは何度も何度も頭を下げ、声を詰まらせながら感謝の言葉を述べた。
「ありがとう……!ありがとうございます、カケル様……!あの子たちに誇りを持って仕事を、そして明るい未来へのチャンスをいただいて……神に、そしてあなたに、心からの感謝を……!」
「神様より先に、俺の店でしっかり働いてくれる子供たちに感謝してくれよ。また近いうちに面接(というか顔合わせ)に来てもらうから、よろしくな!」
孤児院の門を出ると、今日も家路を急ぐ人々や冒険者の活気あふれる声が響いていた。
明日からの営業、そして小さな仲間たちを迎える準備に向けて俺は大きな期待感を胸に我が家へと帰宅した。




