七十三話 屋台巡りと子供たち
今日は「完全休養日」の日。ベッドの中で目を覚ました俺は窓から差し込む心地よい日差しを浴びながら今日一日のスケジュールをどう過ごすか考えていた。
(家で料理の練習やってオリヴィアに何か珍しい料理でも作って振舞うか。それともたまには一歩も外に出ずにダラダラ過ごすか……。いや、いい天気だし外に出て王都の屋台や他のお店を回ってみるのも悪くないな)
俺が商業ギルドを経由して「唐揚げのレシピ」を公開して以降、王都で唐揚げを扱う屋台が急増していた。レシピを広めてこの世界の人々に美味しいものを知ってもらうこと自体は大歓迎だが、万が一生焼けの肉を出して食中毒を起こしたり、非常に質の悪い油を使って客の健康を害するような悪質な店舗があればレシピの元締めである俺としても、そして一人の料理人としても許すことはできない。
特に商業ギルドからチェックしてくれ、ということを言われているわけではないが気になるため定期的に屋台や店を回るようにしている。
「よし、今日は『王都・唐揚げ屋台パトロール』といくか」
俺は軽く身支度を整えて、活気溢れる屋台街へと足を向けた。
お昼前、香ばしい油の匂いと煙が立ち上がる広場に到着した。
「へい、いらっしゃい!ココ鳥の唐揚げ、揚げてだよ!」
威勢のいい若い男がやっているその店で、俺は一つ注文した。シンプルな醤油ベースの唐揚げを口に運ぶ。味は問題なし。ちょっと濃いめに作ってあるから俺としてはもうちょっと薄くしたほうがいいとは思うが許容範囲内。ただ衣の具合はもうちょっとかな。
「……お兄さん、肉のジューシーさは良いんだけどちょっと揚げ時間が足りなくて衣がベチャついてる。あと三十秒だけ長く揚げるか、温度を上げて余熱で火を通すようにするとサクサクになるぞ」
突然現れた男からのあまりにも真面目すぎるアドバイスに、屋台の若い男は一瞬「なんだこいつ……?」と俺の顔を見ていたが、さすがに顔はわかっていたんだろう。唐揚げレシピの提供者という人物からのアドバイスとわかると真面目な顔をして「ありがとうございます!」とお礼を言ってきた。
続いて少し離れた二店舗目の屋台へ。こちらは少し年配の夫婦が営んでいるようで、何やら複数の粉末が混ざった独特の香りが漂っていた。注文して受け取ると口へ運ぶ。
(なるほど、スパイスを使った『スパイシー唐揚げ』か。カレーとはまた違う考え方だが、肉の臭みが完全に消えていて美味いし、そこまで辛さがないから食べやすいな。アレンジの方向性として問題なし。揚げ方もいい感じだし、アドバイスは不要かな)
最後に広場の隅にある三店舗目の屋台へ。ここでは揚げたての唐揚げの上に何やらとろりとしたソースがかかっていた。注文して匂いを嗅いでみると柑橘系の匂いがする。
(このソースは柑橘系ベースのものか。唐揚げ自体の味付けを濃いめにしてソースを使うことでうまいこと合うようになっている。唐揚げにレモンを絞るっていうのと同じか。味も揚げ方も問題はないけど……)
「お姉さん、ソースをかけるなら衣の水分を飛ばすために少ししっかり揚げたほうが最後まで食感が死なないよ」
そうアドバイスすると向こうは俺の顔をわかっていたんだろう、すぐに笑顔で「ありがとうございます!これからも精進します!」と元気よく返事された。
とりあえずどの店舗も衛生面やレシピの悪用といった重大な問題は一切なく、真面目に商売をしていることがわかってホッとした。
今日の唐揚げの屋台回りを終えた後も、俺は休日を楽しむために他の屋台で珍しい串焼きを買ったり、食べたことのない焼き菓子を買ったり気の向くままに買い食いを続けていた。
しかしここで一つ誤算が起きた。一店舗あたりの量は少なくても何軒もハシゴして色々なものを買って食べているうちに、胃袋が限界を迎えてしまったのだ。
(流石に欲張りすぎたか……。アイテムボックスに入れておいて、いつも通り店に持っていってアイリスたちに『これ、他の店の味の研究用だから食ってみてくれ』って言って丸投げするかな……)
そんなことを考えながら広場のベンチに腰掛けて包みを眺めていた、その時だった。
少し離れた大きな馬車の陰から、じっとこちらを見つめている「視線」があった。「勘」は敵意を告げていない。それもそのはず、一人は五歳くらいに見える小さな女の子、もう一人はその手を引いている七歳~八歳ほどのお兄ちゃんらしき男の子だ。
(視線が痛い……。これだけ飯が残ってるし、俺はもう食べられないしな。ちょうどいい)
俺はベンチから立ち上がり、二人の子供たちの元へと歩み寄った。
「ほら。さすがに買いすぎて食べられないんだ。良かったら食べるか?」
俺が笑顔で唐揚げや焼き菓子が入った温かい包みを差し出すと、後ろにいた小さな女の子は「わぁ……!」と目を輝かせていた。
「ダメだよ!シスターが言ってたもん!街で知らない人から食べ物もらっちゃダメって!変な薬が入ってたり、悪い奴かもしれないから!」
幼いながらもこの厳しい世界で妹を守る必死の警戒心。
「はは、しっかりしたお兄ちゃんだな。知らない奴を疑うのは正しい。……だけどな、これはここで買ったばかりのただの美味しい食べ物だ。毒なんて入ってないし俺は悪い奴じゃないよ」
俺はそう言うと男の子はちょっと考えてみせた。
「疑うというなら俺の身元を教えてやる。俺はここから少し歩いた『定食屋 つむぎ』の店主をやってるカケルって言うんだ。お腹が痛くなったらいつでも店に怒鳴りつけにきていいぞ。……ほら、冷めないうちに二人で食べな」
男の子はあまりにも暴力的に美味しそうな匂いについに抗いきれなくなった。
「……本当に、ただのご飯……?」
「ああ。味は保証するよ。じゃあな、妹をしっかり守ってやるんだぞ」
俺は二人の頭を軽く撫でるとそれ以上は何も言わず背を向けて歩き出した。
(……シスターってことは孤児院とかの子供か?異世界の孤児院ってなると子供がいっぱいで経営難で、というのがテンプレなんだろうけど、まさかな……)




