六十九話 カレー追加と懐かしい奴ら
最初のカレー試作から数日が経過した。俺はあれから営業の合間や夜の時間を使い、辛さを抑えるための試作を何度も繰り返していた。ベースとなるルーのコクを極限まで引き出し、なおかつ辛さはある程度で抑えるためにタマネギの炒め具合を調整し、果物のペーストを絶妙な比率で配合していった。
辛さを求める冒険者たちには、チリペッパーを独自の比率で調合した特製スパイスパウダーを注文を受けてから混ぜ合わせ自由に調節して提供するシステムを確立した。これによりすべてのお客様の好みを完璧にカバーすることに成功した。
満を持して『カレーライス』を正式メニューに加えた日。俺は大きな鍋にそれこそ腕が棒になるほどの量のカレーを仕込んで開店を迎えた。
結果は大好評。開店直後「待ってました!」とばかりにカレーの注文が殺到し、スパイシーな香りが店外にまで漂ってその匂いに釣られた新規の客までが吸い込まれるように並んだのだ。
さらに俺は日本の定食屋の強みを踏まえて、基本のカレーライスだけでなく店自慢のジューシーな唐揚げをトッピングした『唐揚げカレー』、そしてサクサクの衣を纏ったトンカツを豪快に乗せた『カツカレー』なども選べるようにした。「なんだこの食べ物は!」「トンカツとカレーの相性が抜群!」と店内は一時お祭りのような熱気に包まれた。
それからさらに数日が経過し、カレーが完全に店の看板メニューとして定着した頃のこと。
入り口のドアが開いた。
「いらっしゃいませー!空いているお席へどうぞ!」
ルナがいつものように元気な声で出迎えた。入ってきたのは、三人組の冒険者だった。
「……おいおい、見慣れた顔だと思ったら、お前ら執念深く戻ってきたな」
俺がカウンター越しに声をかけると、三人組の先頭に立った男が笑い声を上げた。
「おう、カケル!久しぶり!しっかり頑張ってきたのにそりゃないだろ!」
声をあげたのは俺が王都にくるときに途中で一緒になった冒険者のエルンだ。その隣ではテオとフィオがいて、フィオが声をあげる。
「すっごく良い匂いする!お腹ペコペコ!」
「エルン、テオ、ついでにフィオ。しばらく見ないと思ったら一体どこに行ってたんだよ?」
俺がお冷を三人の席へ持っていくと、テオがやれやれと首を振った。
「実は、ギルドの指名任務でここからかなり離れた隣国境付近まで魔獣の討伐遠征に行っていたんだ。かなりの大仕事さ。で、やっと王都に戻ってきて真っ先にカケルの屋台の唐揚げを食おうと広場にいったら……屋台が影も形も消えているじゃないか」
「本気で焦ったぜ?まさか別の街に逃げちゃったんじゃねえかってな」
エルンが決めつけながらしゃべる。
「屋台がなくなってかなり落ち込んだんだけど、冒険者ギルドで聞いたら店を出したって聞いてね。こんなに大きくて綺麗なお店出すなんてすごいね!」
フィオが椅子に座ってうれしそうにしている。
「色々縁があって、ここで腰を据えて店を始めることにしたんだ。アイリスとルナは屋台のときからいたからわかるだろうけど、セリアはこの店を開店してからの従業員だ」
俺が紹介するとカウンターの奥からアイリスとルナが「お久しぶりです」と、セリアは「初めまして」と丁寧に一礼する。
「ほほう、あの屋台の時の優秀な助手さんたちか。これだけ大きな店にするならカケル一人じゃ手が回らないからね」
「よし、積もる話は後だ。お腹空いてるんだろ?早速料理を注文してくれ」
俺がお品書きを差し出すと、三人は食い入るようにメニューを眺めていた。
「おいおい、屋台の時よりメニューが増えてやがるな……。この『トンカツ定食』ってのも気になるし、店内を包んでる美味しそうな匂いの正体は何だ?」
エルンが鼻を震わせた。
「それは最近追加した新メニューの『カレーライス』だ。スパイスを独自の比率で調合したうちの自信作だぞ。唐揚げやトンカツを乗せることもできる」
「じゃあその『カレーライス』ってやつにトンカツ乗せて頼む!」
エルンが決断する。
「カケルがイチから調合したスパイスという味をじっくり見極めたいな。普通の『カレーライス』を一つ」
テオが注文した。
そしてフィオが身を乗り出してメニューを指差す。
「私は唐揚げ定食!この白いご飯がわからないけど、一番大きいので!」
「はいよ、注文入りました!急ぎで作るから待ってろよ!」
厨房に戻り俺は包丁を握った。懐かしい人物なだけにいつも以上に気合が入る。サクサクに揚げたトンカツをザクザクと包丁で分け、白米の上にセット。そこにカレールーを投入。
唐揚げもしっかり揚げて皿に盛りつける。
「お待たせしました!カツカレー、カレーライス、そして唐揚げ定食のご飯大盛りです!」
料理を前に、三人の目は一瞬で変わった。
「おおおお!これがカツカレーか!見た目の破壊力が凄まじいな!」
エルンが我慢できず、スプーンでカレーとご飯とトンカツを豪快にすくい、口に放り込んだ。
――サクッ、ジュワァ……。
「……ッ!?う、美味い……!!」
エルンが目を開き、スプーンの動きを速めた。
テオも静かにスプーンを動かしカレーを口に運んでいたが、一口食べた瞬間に目を丸くした。
そしてフィオは唐揚げをものすごいスピードで口に放り込み大盛りご飯をガツガツと胃袋へ流し込んでいた。
三人は一心不乱に皿を空にしていた。その食欲は見ていて本当に気持ちがいい。
三人が皿を綺麗に平らげ一息つく。
「いやあ、これは旅の疲れがこの一皿で完全に吹き飛んだな!」
エルンが満足そうにお腹を叩く。テオも満足そうに頷いている。
しかし、一人だけ全く満足していない様子で空になった皿を見つめている小柄な人物が。
「……フィオ、どうした?」
俺が気になって問うと、フィオは突然バンッ!と勢い良く立ち上がった。
「全然足りない!お肉はすっごく美味しかったけど、エルンたちが食べてたあの茶色い『カレーライス』の匂いがずっと鼻の奥でおいしいって言ってるの!我慢できない!」
「おいおいフィオ、お前大盛りご飯の定食を平らげただろ?」
エルンが声をかけるが、フィオの食欲の火は完全に燃え盛っていた。
「注文する!今度はエルンと同じ『カツカレー』のご飯普通盛りで!」
「ははは!いいね、すぐに作るよ!」
俺は笑いながら厨房へ戻り、すぐにカツカレーを仕上げて彼女の前に差し出した。
「……っ!~~~~~っ、おいしいぃぃぃ!トンカツのサクサクにカレーのとろとろが合わさって、お口が幸せの嵐!ちょっと辛いけど、すっごくすっごく美味しい!」
小柄な体のどこにそんなスペースがあるのか不思議になるほどの勢いで、フィオはカツカレーもあっという間に完食してしまった。
ぷはぁ、と今度こそ満足に息を吐き椅子に深くもたれかかったフィオは幸せそうだ。
「決めた。私、明日もここに来る」
「おう、大歓迎だぜ」
「明日だけじゃない。このお店のメニュー上から下まで全部、全種類制覇するまで毎日通う!明日は『焼肉定食』にする!余裕があったら『唐揚げカレー』も追加で!」
「おいおいフィオ、お前壊れる気か?」
テオが言うが、フィオは「おいしいものは正義。どれだけ食べても壊れない」と胸を張った。
三人は「本当に美味しかった、またな!」と、多すぎるほどのチップを置いていった。
夜の部の営業も無事に終わり、アイリスたちを帰らせた後、今日一日を思い返していた。
(エルンたちか……。やっぱりあいつらが美味そうに飯を食べてくれるの見るのはいいもんだ)
目の前のお客様に自分が美味しいと信じる最高の飯を出し、胃袋と心を満たして笑顔で帰ってもらうことがなにより一番の幸せでもある。
「よし。フィオのやつが全種類制覇するって息巻いてたし、明日もしっかり頑張るかな」
独り言を呟きながら立ち上がり、厨房のコンロの火が完全に消えているのを確認して、店の明かりを落とした。




