六十六話 限定メニューと王様と王女
翌朝、『定食屋 つむぎ』は万全の体制で開店を迎えた。
昨日アイリスが綺麗に書いてくれたお品書きのポップ――『一日限定・白竜肉の塩焼き定食』の効果は絶大だった。
「この『白竜肉』ってやつをくれ!」
「こっちも限定一つ!」
開店するなり右を見ても左を見ても限定メニューの注文が飛び交う。そして実際に口にした客は箸を止め絶賛する。
「う、美味すぎる……!見た目は鶏肉みたいだけど、信じられないくらい上品な脂の味旨がブワっと広がる!」
「この塩加減、そして白いご飯との相性が悪魔的だぞ!」
客席からは絶賛の声が絶え間なく湧き出て、用意していたバジリスクの肉は昼のピークを過ぎる頃にはかなり減っていた。
午後を回り、怒涛の昼ピークがやっと落ち着いた頃だった。入口のドアが静かに開いた。
入ってきたのは、いかにも怪しい恰好の二人組の客だった。
頭には帽子を被り、顔を隠すように異様なほど大きなマフラーを巻いている。王都の初夏の陽気の中で、その防寒具じみた重装備は浮き上がっていた。
(……いや、怪しすぎるだろ?……というか、あの体格と独特の雰囲気、一発でわかるわ)
俺はとりあえずお冷を持ってその二人の席へ向かった。
「いらっしゃいませ。……ご注文はお決まりですか?――国王陛下、ついでに王女殿下」
俺が周囲に聞こえないような小さな声で呟いた瞬間、二人の肩がビクッと大きく跳ね上がった。
「……!?なぜこの完璧な変装が見破られたのだ……!?」
マフラーの隙間から少し顔を出したのはまぎれもないこの国のトップ、エドワード王だった。
「いや、どう見ても怪しいですよ。……ところで、今日はお忍びですか?王妃様にはちゃんと許可を取りましたよね?」
「う、うむ……。いや、その……エルゼは本日、公務で他領の者と面会をしとってな?忙しそうであったから手を煩わせることもあるまいと、その……」
「……はぁ。つまり、無断で抜け出してきたわけですね。絶対怒られるやつじゃないですか、これ」
「カ、カケル様、申し訳ございません。ですが、お父様も私も我慢できなくて……本来であれば開店後真っ先に向かうべきだったのですが、お母様が許可を出してくれなくて……」
リリアーヌ王女が助け船を出すが、結果的に怒られるのは自分ではないのでどちらでもいい。
「まぁ、来ていただいた以上はお客様ですからね。怒られるのは俺じゃないですし……。それで、ご注文は?」
「うむ!私は『トンカツ定食』を頼む!」
「私は表の看板にあった限定の『白竜肉の塩焼き定食』をいただきたいですわ!」
「はい。しばらくお待ちください」
厨房に戻り、俺は一気に料理人の顔になる。王のために特製のボア肉にサクサクの衣を纏わせ、最高の火加減でじっくりとトンカツを揚げる。そして王女のためには今日限定のクリスタル・バジリスクの肉を絶妙な塩加減で香ばしく焼き上げた。
「お待たせしました。トンカツ定食と、白竜肉の塩焼き定食です」
カウンター越しではなく、自分がテーブルまで料理を運んだ。
「おお……!やはりこのトンカツがないとな!定食とはこの白いものとスープがつくのか……」
「白いものは白米や白いご飯と言ってまして、米というものを炊き上げたものになります。トンカツと一緒に食べるといいですよ」
王は分厚いトンカツを一口齧った。
――サクッ!!!
「……うん!この心地よい食感!そして噛んだ瞬間にとろけるような肉の旨味が溢れ出てくる!」
王はいつもの様子でトンカツを食べ、白いご飯を口に入れた。
「う、美味い……!この『米』という物、トンカツと一緒に食べることでお互いの美味しさを何倍にも高めている!箸が止まらない!」
「……素晴らしいですわ。こんなに濃厚な旨味があるのに、後味が驚くほど上品で爽やかですのね。お父様、この白竜肉も白米との相性が最高ですわ!」
二人は王族としての品格を半分ほど忘れ、夢中になって定食を貪り食っていた。
二人がかなり満足し、残り韻に浸っていたその時だった。
再び店のドアが開き、一人の端正な男が姿を現した。
入ってきたのは、王の側近であるアルフレッドだった。彼はいつも通りの隙間のない完璧な礼服の姿で登場した。
アルフレッドは店内に入って二人組の席へと歩み寄ってきた。
「――やはり、ここにいらっしゃいましたか」
「ア、アルフレッド……!な、なぜここが……」
「当然でございます。公務の合間に不自然にソワソワと下町の方を気にされている時点で、全て把握しておりました。そしてお伝えしなければならないことがございます。……王妃様が面会を終えられまして、執務室にて『あの方達は一体どちらへ散歩に行かれたのですか?』と、大変素晴らしい笑顔でお待ちになっております」
「エルゼが……怒って……」
「お父様……これはマズイですわ……」
先ほどまで上機嫌だった王と王女の顔から一瞬にして血の気が引き、顔面蒼白になっていく。
「カ、カケル!飯は最高だった!代金はここに置いておく!リリアーヌ!急いで帰るぞ!」
「はい!カケル様!また料理を教えてくださいね!」
王と王女は猛ダッシュで去っていった。テーブルの上には多すぎるほどの金貨が残されていた。
「……あはは、王様たち、大変そうですね……」
ルナが喋りながらも皿を下げる。
そんなちょっとした騒動があっても『定食屋 つむぎ』の日常は止まらない。ディナータイムが始まる夕方になると仕事を終えた冒険者や下町の住民たちが押し寄せてきた。
「カケルさん、『白竜肉』の注文が止まらないです!」
アイリスが注文を受けて報告してくる。
「本当だよ!お昼に食べた人が口コミで広げてくれたみたいで、みんな席につくなり『噂の限定のやつ!』って言ってくれるよ!」
ルナも満面の笑顔で白米を茶碗に盛っていく。
実はクリスタル・バジリスクの肉はかなり巨体だった事もあり、相当な食数を大量に仕込んでおいたのだ。今日一日で余るようなら量を考えて後日出すか、自分たちで食べようと思っていたが結果的に残ることはなさそうだ。
「おい、店主!この白竜肉の塩焼き、もう終わりなのか!?」
「すまん、ちょうど今入った注文で、最後の一食になっちまったんだ!」
閉店時間を前に、仕込んだバジリスクの肉は綺麗にゼロになった。仕込んだ分がすべて一切の無駄なくお客様の胃袋に収まったのだ。完売御礼をお品書きに貼り出すと、食えなかった冒険者たちが「クソ、明日は絶対に早く来てやる!」と悔しがっていた。まあ、明日はもうないんだけどな。
夜の部の営業も無事に終わり、すべての片付けを終えた厨房で俺は一人、静かにカウンターに腰掛けて休んでいた。
アイリスとルナ、セリアは今日も最高の働きをしてくれた。そして何より、今日一日を振り返って強く思ったのはこの世界の「食材」としてのポテンシャルの凄まじさだ。
(……この世界には、俺がまだまだ知らない魔物がごまんといる。そしてその中には今日みたいに美味い魔物が隠れているはずだ)
「これからは仕入れの狩りのたびに、少しずつ新しいエリアに足を伸ばしてみるのもアリだな……」
定番の唐揚げやトンカツ定食で店の安定感を守りつつ、俺が気まぐれに狩ってきた未知の美味しさを、今回のように『限定メニュー』として突発的に提供する。こんな遊びとハッタリを利かせた定食屋なら、飽きっぽい冒険者たちもワクワクしながらこの店に通い続けてくれるだろう。
「……よし、次の狩りもちょっと気合を入れて珍しいやつを探してみるか」
独り言を呟きながら立ち上がり、店の明かりを落とす。鍵を閉めて外に出ると夜風が火照った身体に心地よかった。
家へ帰ればきっとオリヴィアが完璧に整えた空間で待ってくれているはずだ。
新店舗の心地よい疲れを噛み締めながら、俺は静まり返った王都の道を一歩一歩進んで歩いて帰った。




