六十四話 店開店
新店舗の『定食屋 つむぎ』の記念すべき開店の朝。俺はまだ薄暗い朝から厨房に立ち、土鍋を並べて大量の「白いご飯」を炊き上げていた。
厨房には仕込んだボア肉のトンカツや、特製ダレに盛られたココ鳥が、出番を待つように整然と並んでいる。
すべての準備を終え、開店予定時間の一時間前に差し掛かかった時のことだ。
「……カケルさん、ちょっと表の様子を見ていただけますか?」
アイリスが少し緊張した面持ちで窓の外を指差した。
俺が入り口の扉を少しだけ開けて外を覗くと、思わず「うわっ」と声を上げそうになった。
「おい、カケル!待ち兼ねたぜ!今日からここで、あの美味い唐揚げが座って食えるんだろ!?」
「屋台の最終日約束したからな!朝から並んでやったぜ!」
列の先頭辺りには、屋台の最終日に「絶対に行く」と約束してくれたガテン系の冒険者たちや、常連たちの顔が並んでいた。さらには噂を聞いたらしい新しい客や、身なりの良い商人風の男たちまで混ざっている。
「みんな、ありがたいな……。よし、これだけいてお客さんを待たせるわけにはいかない。予定より少し早いけど、今すぐ開店しよう!」
「「「はいっ!!!」」」
俺が看板を表にして扉が大きく開けられる瞬間、王都の新しい食の歴史が幕を開けた。
「いらっしゃいませ!『定食屋 つむぎ』へようこそ!空いているお席へどうぞ!」
ルナの元気な声が店内に響き渡る。開店するや否や、カウンター席もテーブル席も一瞬で満席になった。
「カウンター一名様、唐揚げ定食です!」
「テーブル四名様、トンカツ定食四つ入りました!」
「よし、任せろ!」
厨房は開始とともに戦場と化した。俺はサクサクの衣を纏ったトンカツを油へ投入し、隣のコンロでは唐揚げを豪快に揚げていく。
次々に入る注文を順番に調理していく。屋台のときの唐揚げや噂となったトンカツを注文する人が多く、グループの人たちは全員が違うものを注文してみんなで分けて食べるといったこともしていた。
「……う、美味い!なんだこのトンカツってサクサクの肉は!屋台の唐揚げと同じくらいジューシーになってやがる!」
「この『白いご飯』ってやつ、初めて食べたけど唐揚げの濃い味付けと合って無限に食べられるぞ!」
客席からは感動と絶賛の声が絶え間なく湧き起こった。セリアはしなやかな動きで次々と出来立ての定食をトレイに乗せて運び、ルナが笑顔で皿を下げ、アイリスが正確な手際で会計をこなしていく。
昼のピークが過ぎても行列は全く途切れず、そのまま夕方のディナータイムまで突入した。
やはり人気は唐揚げ、そしてトンカツだった。以外にも白いご飯がかなり好評でおかわりをする客もいた。
今日来た人数としては予想よりもはるかに多く、開店初日としては成功と言えるだろう。
「……はぁ、本当に、本当にお疲れ様でした……!」
最後の客を送り出し店の鍵を落とした瞬間、ルナがカウンターの椅子にぐったりと倒れ込んだ。
「みんな、最初から本当に頑張ってくれた。ありがとう。売上も客数も、屋台の時代の数倍だ。大成功みたいだ。……だけど、今日一日やってみていくつか『次のステップへの課題』が見えたから、今のうちに共有しておきたいんだ」
俺がそう言うと、三人は疲れているにもかかわらずキリッと表情を引き締めて俺の言葉に耳を傾けた。
「まず一番の大きな問題は、『料理の提供スピード』だ。全体的に遅いということはないと思う。だが、今のやり方だとすべての調理を俺一人で担当しているから注文が同時に重なった時、どうしてもお客様を待たせる時間が発生してしまう。しばらくは仕方ないことだけど、将来的にはアイリスとルナに調理も担当してもらうことになる。余裕がある時間帯なんかに練習も含めて調理をしてもらう」
俺はアイリとルナの二人の顔をまっすぐに見つめた。
「それとアイリス。サポートは本当に丁寧で量も盛りつけも完璧だ。だけどちょっと丁寧にしすぎている部分がある。きっちりした盛り付けや正確すぎる調合を意識するあまり、ピーク時のスピード勝負になるとどうしても遅れてしまう。飲食店では丁寧さを維持しつつも、ある程度の割り切りとスピードが必要になる」
「……確かに、少し丁寧になりすぎてしまい時間をかけすぎてしまいました。明日はもう少し全体の流れを意識して動くように考えます」
アイリスは真剣に聞きメモ帳に書いていた。
「逆に、ルナ」
「ひゃいっ!?」
名前を呼ばれ、ルナの背筋がピンと伸びる。
「ルナは準備や動く速度も抜群に早い。だけど目を惹くとどうしても作業が雑になる傾向がある。お皿の端にたれが少し飛んだまま出そうとしたり、キャベツの千切りの盛り付けが少し乱れていた。早いのは良いことだけど、お客様に届く料理の最後の美しさだけは、絶対に雑にしちゃダメだ」
「うぐぅ……。スピードを意識しすぎて雑になってしまいました……。カケルさんの綺麗な料理を汚さないように、明日はもっと丁寧にやります!」
ルナは両手で自分の頬をパチンと叩いて反省していた。
二人の性格が綺麗に正反対なのが面白いが、お互い一番の所を混ぜ合わせれば完璧な調理補助になれるはずだ。
「そして、セリア」
「はい、カケル殿」
セリアが耳を少し伏せて緊張した面持ちで一歩前に出た。
「セリアの接客は本当に丁寧だし、列の整理も完璧だった。お客様も君の美しさと立ち振る舞いに見惚れていたくらいだ。……だけど、やっぱりまだ冒険者時代の『クセ』が抜けてない。いつの間にか店内を移動するとき、無意識に足音を消して動いていたんだ」
「あ……」
セリアがハッとしたように自分の足を止めた。
「前にも言った通り、気配や足音を消した状態で後ろからすっと現れて『お待たせしました』って料理を出して、お客様がビクッと見えてしまう場面が何度かあった。店の中では自分がどこにいるのかをお客様に知ってもらうために、ほんの少しでも足音を立てるか、たまに『失礼いたします』と一言添えるクセをつけてほしい」
「猛省いたします……。大地を踏み締める音を意識し、自らの位置を常に配膳しながら仕事をします」
セリアは武人のように深く下げた。
「そこまで真剣に捉えなくて大丈夫だ。最初としてはみんな本当に百点満点以上の動きだったんだ。少しずつ直してこう」
俺の言葉に、店内にホッとしたような笑顔が戻ってきた。
片付けを進めながら俺は以前から考えていたこれからの「営業スケジュール」についてみんなに切り出した。
「これからの店のお休みについてだ。いろいろ考えた結果、うちの店は『三日営業して一日休み、二日営業して一日休み』のローテーションで回っていこうと思う」
「えっ……?三日やって一日休み、二日やって一日休み……ですか?」
アイリスが計算するように指を動かした。
「当初は休みは週に一日だけでいいっていう意見もあったよな。この世界のお店はそれが普通だし、みんなもやる気満々だからそれでもいいとは思った。だけど三日して一日休みのローテーションにしたらこの世界の暦の関係や俺たちの仕入れの都合上、一週間ごとに休みの日がズレていて、お客様が『今日、店やってるのかな?』ってなってしまう原因になるんだ。だから、この『三勤一休、二勤一休』のローテーションなら、お客様にとっても一定のリズムでわかりやすい」
それに、俺は人差し指を立てた。
「ちなみに、うちの都合もある。このローテーションなら、一週間のうちに『二日』の休みが発生することになるが、一日は俺が森に行って肉や魚を仕入れ、店で仕込みをするための『仕入れの狩りと仕込みの日』。そしてもう一日はみんなが完全に仕事を忘れて体を休めるための『本当の休日の日』だ。実質完全休養日は一日になってしまうし、屋台の時より確実に体への負担は大きいからな」
「なるほど。お店としては週に二日お休みがあっても、私たちは一日なんですね」
ルナが納得したようにうなずいた。
「ただし、どうしても外せない用事や体調を崩した時のために、給与を引かずに休める『有給休暇制度』もちゃんと作ってあるからな」
「有給休暇制度……ですか?」
アイリスが首を傾げる。どうやらこの世界ではそんな制度はないようだ。
俺は有給休暇制度について説明する。最初は頭にハテナがつくような感じでいまいち把握できていなかったが、最終的に「まぁ決まった日数分だけ休みたいときに休めるんだ」ということで納得していた。
「カケルさん……。そこまで私たちのことを考えてくれるなんて、本当にこの店で働けることが誇りです」
アイリスが感動で目を潤ませて、セリアも「主の慈悲深さ、このセリア、生涯を懸けて店を守ることでお返しいたします」と胸を熱くしていた。
「よし、じゃあ片付けも掃除も終わったし今日はここまで!明日も朝から大忙しになるぞ、しっかり休んでくれ!」
「「「はい! おやすみなさい!」」」
店を出て、随分夜の帳が下りた高級住宅街への道を一人で歩く。足は棒のようだし、腕は鍋を振り続けたせいで心地よい筋肉痛が始まっている。だけど胸の中にあるのはかつてないほどの充実感だった。
我が家である門を潜り、扉を抜ける。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、カケル様。初日の営業、誠にお疲れ様でした」
玄関に入ると完璧なメイド服に身を包んだオリヴィアが一寸の狂いもない美しい一礼で迎えてくれた。 家の中は彼女の手によってチリ一つなく完璧に清められ心地よい香布の香りが漂ってきている。
「オリヴィア、ただいま。……ああ、家の中が綺麗だと、本当にホッとするな」
「主が外で戦い、勝利を収めて帰られる場所を完璧に維持することこそ、私の存在意義にあります。すぐに温かいハーブティーをお持ちいたしますので、お座りになってお寛ぎください」
彼女の少し癖があって、しかし至れり尽くせりの完璧なサポートを受けながら俺は座ってゆっくりした。
今日店内で響き渡った客たちの「美味い!」という笑顔と歓声が、脳裏に蘇ってくる。明日もあの笑顔を作るために、俺は厨房に立つ。俺は異世界の新しい、そして最高に愛おしい日々の始まりを感じながら、ゆっくり過ごしていた。




