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異世界行っても料理する ~料理して材料集めてまた料理~  作者: デビルぱんだ


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六十三話 仕入れの狩りと仕込み

 まだ夜も明けきらぬ早朝。王都の街並みが深い霧と静寂に包まれる中、俺は新居の頑丈な門を潜り単身で外縁の広大な森へと足を進めていた。


 今日を乗り越えれば明日はついに新店舗の開店予定日だ。

 米や野菜といった農産物はガストン商会を通じて定期的に決まった数量が店に直接運び込まれる契約を結んである。だが店を支えるメインの「肉」と、天ぷらやフライの主役となる「魚」だけは俺自身の手で最高品質のものを揃えると決めていた。


 冷やりとした朝の空気を吸い込み、俺は感覚を極限まで研ぎ澄ませた。


 森の中に入ると、まずはいつも通りの手慣れたルーティンから始めた。

 木々の間を俊敏に駆け抜け、ココ鳥の群れを気配を消して一閃。さらに丸々と太り最高の油とロース肉を蓄えたワイルドボアを突進の軌道を見切って正確に仕留めていく。ここまでは我が家の屋台を支え続けたお馴染みの味だ。アイテムボックスへ次々と新鮮なまま収納していく。


 だが、明日の開店から始める「定食屋」には外せない王道のメニューがある。

――『焼肉定食』や『牛丼』だ。


 そのための牛肉となるのが、この森に生息する「グレートバイソン」だった。

 容姿そのものは前の世界にいた牛とそこまで大きくは変わらない。しかし決定的に違うのはその頭部から生える天を衝くような巨大な二本の角と、尋常ではない図体だ。前の世界の牛の倍はあろうかという巨体はまるで動く岩塊のようだ。


 木々の開けた場所に出ると、ちょうど一頭のグレートバイソンがいた。

 俺の気配を察知した瞬間、バイソンは激しく蹄で地面を蹴り凄まじい地響きを立てて突進してきた。


「――フッ!」


 まともに喰らえば骨ごと粉砕される驚異の突進。だがあの巨大な角の軌道さえ見切ってしまえば直線的な動きなど恐るるに足りない。

 俺は紙一重でその巨体を横へ躱し、すれ違いざまにバイソンの急所へとナイフを突き立てた。


ズゥゥゥン……!


 巨体がもんどりうって倒れ、砂煙が舞う。一撃だ。


「よし、まずは一匹だな。この調子で狩るか」


 俺は周りを確認してバイソンを見つけると同じように狩っていった。たまに群れでいるため一気に突進されるとかなり焦るが、落ち着いて対応すれば問題はなかった。


 その後、俺はさらに森の奥へと進み透き通った水が流れる清流のポイントへと移動した。

 天ぷらやフライにするための川魚を仕入れるわけだが、こんなところで悠長に釣り竿を垂らしていたら、日が暮れても必要な数は集まらない。


 俺が選んだのは、魚の群れが淀みに集まる浅瀬だ。

 水際に立ち、俺は完全に「気配」を周囲の自然と同化させるように消し去った。文字通り、一本の木か石にでもなったかのようにじっと佇む。


 すると、最初は俺の影に怯えていた川魚たちがやがて何もいないと錯覚したのか、スイスイと足元に寄ってきた。丸々と太った、銀色に輝く極上の白身魚たちだ。


「――そぉいっ!」


 水面が揺れた瞬間、俺の手が電光石火の速さで水中に突き刺さる。

 バシャバシャと暴れる魚を一切の道具を使わず素手で正確に次々とすくい上げていく。気配さえ完璧に消していれば、向こうから寄ってくるのでそこまで苦労はしない。これも料理の腕?とチートな身体能力の賜物だ。


「よし、これで肉も魚も仕入れ数は問題ない。……さて、それじゃあ店に戻って仕込みを始めるか」


 十分すぎる収穫に満足し、俺が引き返そうとしたその時だった。


――グルルルルルッ……!!!


 突如、周囲の鳥たちが一斉に飛び立ち森の空気が凍りつくような禍々しいプレッシャーが背後から立ち上った。

 植物が押し潰される不穏な音が響き、藪を掻き分けて姿を現したのは並の冒険者なら見ただけで腰を抜かすような凶悪な魔物だった。


「ツインヘッド・ディザスタータイガー(双頭の災害虎)」


 体長は優に五メートルを超え、その名の通り一本の太い首から二つの凶悪な虎の頭が生えている。全身は黒と紫の禍々しい縞模様に覆われ四本の脚には鉄をも切り裂くであろう巨大な鉤爪が鈍く光っていた。

 間違いなく災害級の魔物だ。なぜこんな森の浅い場所にいるかは不明だが本来であればもっと奥深く行かないと遭遇しないはずだ。


 四つの爛々とした赤い瞳が明確な殺意を以て俺をロックオンする。


「……おいおい、開店前日の忙しい時にとんでもないお邪魔虫が入ってきたな」


 俺は苦笑しながらも、腰のナイフの柄に手をかけた。

 ディザスタータイガーが二つの口を同時に開き、凄まじい咆哮を上げながら跳躍してくる。その巨体からは想像もつかないスピードだ。空気が爆ぜるような圧力が俺を襲う。


 だが、今の俺は明日の開店に向けてモチベーションが最高潮に達している。


「邪魔する奴は、誰であれ容赦しねぇ!」


 一瞬の交錯。虎の爪が俺の残像を切り裂いた瞬間には俺はすでにその懐へと潜り込んでいた。

 二つの頭が同時に俺を噛み砕こうと迫るが、そのわずかな隙間を縫うように俺はナイフを振った。


ザシュゥゥゥッ!!


 確実な手応えと共にディザスタータイガーの巨体が地面に激突し激しくのたうち回った後、完全に動きを止めた。


「ふぅ……。やっぱりこの手の魔物でも一対一ならどうとでもなるな。……さて、こいつ見た目はあれだけどどんな肉質なんだ?もしかして、ものすごい高級食材だったりして……」


 料理人としてのさがが疼き、少しだけ解体してみる。出てきたのは綺麗なサシが入った肉だった。もしかしたらうまいかも、なんて期待を胸に俺はその巨体もアイテムボックスへと放り込み、足早に森を後にした。


 午後、完成したばかりの新店舗へと戻るとすでにアイリスとルナがエプロン姿で待っていた。セリアも客席の最終チェックを終えて厨房を覗き込んでいる。


「カケルさん、おかえりなさい!仕入れはどうでしたか?」

「バッチリだ。最高のご飯に合う、最高の食材を揃えてきたぞ。……よし、アイリス、ルナ、早速仕込みを始めるぞ!」

「「はい!」」


 厨房に三人の活気が満ちる。

 俺はアイテムボックスから今日狩ったばかりのココ鳥、ワイルドボア、グレートバイソン、そして川魚を取り出し、三人で手際よく捌いていく。その他にもルナが野菜の下処理をし、アイリスがタレの調合や分量の計算を正確にサポートしていく。このチームワークはすでに完璧だ。


 一通りの仕込みが目処を立てたところで俺はふと思い出し、アイテムボックスを開いた。


「そうだ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだ。……実はさっき、森でこんなのを狩ってな」


 ドスン、と厨房の大きな解体台の上にあのディザスタータイガーの肉の一部を取り出した。

 禍々しい魔力は抜けているものの、その肉の断面を見た瞬間、ルナが「ひゃあっ!?」と小さく悲鳴を上げた。


「か、カケルさん……これ、ディザスタータイガーじゃないですか!?こんな危険な魔物を仕入れのついでに狩ってきたんですか!?」


 アイリスも目を丸くして驚愕している。セリアにいたっては「……さすがはカケル殿。Bランクのパーティーでも全滅を覚悟する相手を平然と食材扱いにするとは……」と呆れを通り越して崇拝の眼差しを向けていた。


「いや、向こうから襲ってきたから返り討ちにしただけなんだけどさ。それより見てくれよこの肉。解体してみたら、信じられないくらい綺麗にサシが入ってるんだ」


 俺は包丁を入れ、その肉を丁寧に切り分けてみた。

 確かに見た目は最高級の霜降り肉のようだ。真っ赤な赤身の間に純白の脂が網目のように美しく広がっている。


「もしかしたら『限定メニュー』とか特別なステーキとして出せるんじゃないかと思ってな。……よし、ちょっと試しに焼いて味見してみよう」


 俺は小さなフライパンを熱し、その肉片を一切れのせて火を通した。

ジュワァァァァ……!


その瞬間、凄まじい量の脂が溢れ出し、白煙と共に強烈なまでの「肉の匂い」が立ち込めた。


「……う、うわっ。この脂の量は……」


 焼き上がった肉を、俺とアイリス、ルナの三人で少しずつ口に運んでみる。

 噛んだ瞬間――


「――っ!?な、なにこれ……というか、くどい……!」


 ルナがウッと口元を押さえた。アイリスも眉間に深い皺を寄せてお茶を飲み干している。


 見た目は霜降りで良さそうに見えたが、実際に口にすると脂が強すぎて肉としての旨味を完全に塗りつぶしてしまっていた。しかもその脂自体に魔獣特有の独特の臭みとしつこい粘り気がある。一枚食べきる前に確実に胃がもたれてしまうレベルだ。


「カケルさん、これは……肉としてそのまま提供するのは、ちょっと厳しいですね……」

「ああ。……じゃあボアの時みたいに、じっくり煮詰めて『ラード(油)』として使えないか?」


 俺は別の鍋でその肉の脂を抽出し、揚げ物をしてみたり他の野菜と炒めて試してみた。だが結果は同じだった。


「ダメだな。油にしてみてもこいつ自体の個性が強すぎて料理全体の味がすべてこの魔獣の味に支配されちまう。味が濃くなりすぎてうちの店の『白いご飯に合う、飽きのこない味』っていうコンセプトには絶対に合わない」


 どれだけ素晴らしい技術を使おうとも、食材そのものの方向性が店に合わなければ意味がない。


「よし、この肉は店では一切出せないな。どうやってもうちの料理には組み込めないや」


 俺は潔く諦めディザスタータイガーの肉をすべて再びアイテムボックスの肥やしとして放り込んだ。いつか別の大雑把な魔物料理でも作る機会があれば使うかもしれないが、今は用はない。

 以前狩った魔狼や熊みたいにうまかったら店の期間限定メニューとして出してもいいな、なんて思っていたが、そううまくいくことはなかった。


「残念でしたけど、やっぱりいつものボアやバイソンの肉が一番美味しいってことですね!」


 ルナが明るく笑い、厨房の空気が再び和む。


「その通りだ。さあ、気を取り直して明日の本番に向けて最後の仕上げだ!」


 そこからの仕込みは怒涛のようだった。

 唐揚げのための肉の漬け込み、トンカツのための衣の準備、タレの煮詰め、そして明日の朝一番に土鍋で炊き上げるための大量の米の研ぎ出し。

 アイリスとルナ、そして途中から手伝いに入ったセリアも含め四人で一寸の妥協もなく作業を続けた。


 夜の静寂が下町を包む頃、すべての仕込みが完了した。

 厨房には明日、客を満足させるための完璧な仕込みの数々が整然と出番を待っている。


「みんな、お疲れ様。準備はこれ以上ないくらい完璧だ。……明日は思いっきり楽しんで、王都の連中の胃袋をひっくり返してやろう!」

「「「はいっ!!!」」」


 三人の頼もしい笑顔に見送られ、俺は新しくピカピカに磨き上げられた店の扉を閉めた。


 夜風に当たりながら今頃オリヴィアが完璧に整えてくれているであろう我が家へと歩みを進める。


 満天の星空を見上げながら、俺は静かにしかし最高に熱く胸を高鳴らせていた。

 いよいよ明日、俺たちの定食屋が産声を上げる。



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