六十二話 店舗完成とメイド
店舗の改築のほうがついに最終局面を迎えた。
愛着のある屋台の最終営業を最高の形で締めくくり、仕入れのルートも確保した俺は新居の広すぎる空間で一人、心地よい緊張感を抱きながら朝を迎えていた。
今日はいよいよ、我が店舗の改築が完了する日である。
昼頃、俺の店へと向かうとそこにはすでに道具を片付け満足そうな顔で腕を組んでいる大工の親方と職人たちの姿があった。
「おう、待ち兼ねたぜ。約束通り最高の店が完成したぞ!」
親方に促されて一階の店内へと一歩足を踏み入れた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
そこには俺が頭の中で思い描いていた「理想の日本の定食屋」が、この世界の温かみのある木材を使って完璧に再現されていたのだ。
入り口から入ってすぐの場所には一人客や冒険者がふらっと立ち寄ってサッと飯を掻き込める、滑らかな木肌の「カウンター席」。その奥には、仲間内や家族連れがゆったりと寛げる「テーブル席」が整然と配置されている。
そして何より、厨房の仕切りは低く抑えられ調理をしながらでも店内の隅々まで見渡せるオープンな作りになっていた。これなら客がどのタイミングで飯を食べ終えるか、どんな表情で噛み締めているかが一目瞭然だ。
「……素晴らしい。いや、完璧だ。親方、本当にありがとう」
俺が深く頭を下げると親方はガハハと豪快に笑い、俺の肩をバシバシと叩いた。
「気にするな!飯を美味く食わせるための工夫が詰まった店だ、作っていて俺たちも楽しかったぜ。開店したら、真っ先に俺たちを並ばせろよ?この新しい特等席で食うのを楽しみにしてるんだからな!」
「ああ、もちろん。最高の定食を用意して待ってるよ」
「そういえば、店の名前はなんていうんだ?」
店の名前は「定食屋 つむぎ」だ。街の人々や仲間たちとの「繋がり」や「縁」をこれからも美味しい料理で紡いで(つむいで)いきたいという願いを込めた名前にした。
親方たちと固い握手を交わして見送った後、俺は新しく磨き上げられたカウンターをそっと撫でた。これで店は完成した。アイリス、ルナ、セリアの三人がここで生き生きと働く姿が、目に浮かぶようだった。
店舗の完成を見届けた後、俺は次なる目的を果たすため昨日も訪れた仕事斡旋所へと急いだ。
用件は、あの広すぎる新居の管理を任せる「メイド」の募集だ。
「カケル様、いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付の担当者が昨日に引き続き丁寧に応対してくれる。
「実は、王様から譲り受けた別邸に引っ越したんだが、一人で管理するには広すぎて掃除が行き届かないんだ。だから住み込みで家事を任せられるメイドさんを一人募集したいなと思って」
俺がそう切り出すと、担当者は書類を広げることもなく、フッとプロの微笑みを浮かべた。
「お任せください、カケル様。実は『メイド』という職種に関しましては王都の貴族街や大商人の邸宅からの急な需要、あるいは解雇に備え、いつ募集がきても即座に対応できるよう斡旋所で常時数人の優秀な人材を確保しているのです。今すぐ面接可能な者が一名おりますが、いかがいたしますか?」
「えっ、今すぐ?ぜひお願いする」
異世界の優秀な人材派遣システムに感心していると、すぐに個室へと一人の女性が案内されてきた。
「初めまして。カケル様。主のお役に立つため、間違っても不手際はいたしません。――オリヴィアと申します」
部屋に入ってきたのは二十代前半ほどの仕立ての良いクラシカルなメイド服に身を包んだ女性だった。
美しい亜麻色の髪を後ろで綺麗にまとめ、背筋は定規を当てたかのように真っ直ぐに伸びている。眼鏡の奥にある切れそうな双眸は非常に知的で、およそ下町の定食屋の店主が雇うには不釣り合いなほどの洗練された「完璧なプロ」のオーラを放っていた。
「初めまして、カケルだ。……以前はどのような場所で働いていたんだ?」
「はい。以前は王都でも指折りの上級貴族、ラインハルト伯爵家にて第一令嬢付きの筆頭メイドを務めておりました。家事全般、邸宅の維持管理、衣服の修繕から主のスケジュール管理に至るまですべてを最高水準でこなすことができます。……諸事情によりそのお屋敷が取り潰しとなりましたため、現在はこうして新たなる主を求めている次第です」
経歴は文句のつけようがない。以前の職場が犯罪などで潰れたわけではないことも担当者が保証してくれた。真面目で仕事に関しては一切の妥協を許さないタイプなのだろう。
「分かった。俺の家は王様から譲り受けた別邸で、一人で住むには広すぎる。基本的にはその家の掃除、洗濯、管理をお任せしたい。俺は採用したいと思うがどうだ?」
「寛大なるご決断、感謝いたしますカケル様。あなたの忠実なる影となり、完璧な快適空間を提供することをお約束いたします」
彼女は完璧な角度でスカートの裾を持ち上げ、美しい一礼をして見せた。
さっそくオリヴィアを連れて馬車で高級住宅街の別邸へと帰宅した。
道中、彼女は無駄な口を一切利かず静かに控えていた。さすがは上級貴族に仕えていたプロだと俺はすっかり安心しきっていたのだが――
「ここが俺の家だ。オリヴィア、君の部屋は一階の――」
俺が玄関を開けて中へ案内した瞬間、オリヴィアの雰囲気がガラリと変わった。
「……失礼いたします」
彼女は一歩足を踏み入れるなり、スッと人差し指をドアの縁の棚の裏へと滑らせた。そして指先に付着した僅かな埃をじっと見つめ、眼鏡の奥の目をキリリと鋭く光らせた。
「――判定、不可。カケル様、大変不躾ながら申し上げます。この邸宅の現状はプロのメイドの目から見れば『実質的なゴミ屋敷』の一歩手前でございます」
「えっ!? ゴ、ゴミ屋敷!?」
引っ越してきたばかりでまだ荷物も解いていないだけなのだが。
「家具の配置の動線が考慮されておらず、気の流れが滞っております。何より、この大理石の床の磨き込みが甘い。これでは王様から賜った格式高い別邸が泣きます。カケル様、本日より私はこの家を『本来あるべき輝き』へと戻すため、睡眠時間を削ってでも大掃除を敢行いたします。よろしいですね?」
彼女の真面目すぎる瞳の奥に家事に対する異常なまでの執着と、どこか「癖の強そうな」職人気質の狂気を感じ取り俺は思わず一歩後ずさった。
「あ、ああ……。オリヴィアのやりやすいようにやってくれて構わないけど、無理はしないでくれよ?」
「無理、という言葉は私の辞書にはございません。主が常に最高のコンディションで料理に集中できるよう、私はこの空間を神殿の如く清めてみせます。……まずは、そのだらしない荷物の整理から始めさせていただきます」
彼女はそう言うと、凄まじい手際で荷解きを始めあっという間にリビングを片付け始めた。
真面目で仕事ができるのは間違いない。ただ、家事に関しては一切の妥協を許さず主である俺に対してもズバズバと正論を突きつけてくるなかなかに濃いキャラクターのようだ。
(……まぁ、これで家の管理や掃除の心配は完全に消えたな。セリアとはまた違う意味で頼もしすぎる仲間が増えたな……)
夕方、オリヴィアによって驚くほどピカピカに磨き上げられたリビングで俺は一人、明日の予定を組み立てていた。
店舗の改築は終わり、優秀なメイドも雇った。アイリス、ルナ、セリアの三人は新しい店舗で開店準備や模擬練習に励んでいるはずだ。
そしてすべての準備が整った今、開店に向けて残された最後の、そして最も重要な仕事がある。
「――食材の『初仕込み』のための、本気の狩りだ」
ギルドから貰った仕入れ用のリストを参考にして開店初日、そして最初の数日間に店を訪れるであろうあの常連冒険者たちや、もしかしたら来るかもしれないお忍びの賓客たちに出す料理の食材は店主である俺自身の手で、最高品質のものを狩り集めてこなければならない。
ボアの肉、ココ鳥の新鮮な胸肉とモモ肉、そして焼き魚などに使うための美味な魚。
俺の心はすでに明日向かう王都外縁の深い森へと飛んでいた。
店という城を手に入れ、それを支える最高の仲間たちが揃った。
料理人として、そしてAランク冒険者として明日は全力を以て、最高の食材をキッチンへと持ち帰る。
磨き上げられた窓に映る自分の顔を見つめながら、俺は静かに明日への闘志を燃え上がらせるのだった。




