六十一話 屋台終了と狩りリスト
今日は俺の異世界料理人としてのスタートラインであり、数え切れないほどの笑顔と出会いをくれた「屋台」の文字通り最後の営業日だ。
大工の親方たちが腕を振ってくれた新店舗のほうが今日で完成するということなので完全に移行する予定だ。
「カケルさん!泣いても笑っても今日が最後です。私たちの、最高の形で締めくくりましょう!」
ルナがいつも気合の入った声で拳を突き上げる。
「カケルさんの屋台の味に救われた街の人々は数知れず……。今日も忙しくなります」
アイリスも材料のリストを手にキリッとした表情で話した。
そして手伝いしてくれる新入りのセリア。
いつもと違うのは店先の看板には「本日で屋台は閉店。店を開くから次回からは店に来てください」という内容が書かれている。
「よし、みんな、よろしく頼む。それでは……開店だ!」
油の中で弾ける唐揚げとフライドポテトの快進撃が広場中に響き渡る。
「はい、お待たせしました! 唐揚げの黒とフライドポテトです!」
セリアがしなやかな動きで商品を処理していく。
昼時を過ぎても、客足は一方向に止まらなかった。
「おいおいカケル!今日で屋台を畳じまうってのは本当かよ!?俺たちの明日からの活力は一体どうなっちまうんだ!」
常連のガテン系冒険者が悲壮な顔で唐揚げを頬張りながら叫んだ。
「店先に書いてあるだろ!心配すんな!屋台は今日で終わりだけど、新しく『店』を構えることになったんだ。次からは座ってこの唐揚げや色んなものを食べられるようになるぞ!」
「なんだって!?唐揚げの他にもなにか食べられるのか!?」
周囲の客たちがざわめき立った。
「行く!絶対に行くに決まってるだろ!」
「いつオープンだ!?最初は朝から並んでやるからな!」
「カケル、新メニューはどんなのなんだ!?期待して待ってるぜ!」
集まった客たちがまるで自分のことのように大歓声を上げ、口々に絶対に行くと約束してくれた。熱いその言葉の一つが俺の胸に深く染み渡っていく。この屋台はただ食べ物を売る場所じゃなかった。
夕方になり、仕込んできた材料が全くの無駄なく、綺麗に完売した。看板を下ろした瞬間、アイリスもルナも、少しだけ名残惜しそうに屋台の木の枠を撫でていた。
「……やりきりましたね、カケルさん」
「ああ、みんなお疲れ様。……よし、ここからの片付けと荷物の搬入はセリアと一緒に三人に任せても大丈夫か?俺はちょっと冒険者ギルドへ行ってくる」
「はい!お任せください、カケル殿」
セリアが頼もしく胸を張って頑張ってくれた。
夕闇が王都を包み込む頃、俺は一人で冒険者ギルドの重厚な扉を開けた。
「あ、カケルさん!お待ちしておりましたよ。ご依頼いただきました、食材の『定期仕入れ用リスト』、バッチリご用意しておきました!」
受付嬢がいくつかの書類をまとめてくれた革のファイルを差し出した。
「ありがとう。助かるよ。肉の質と量が安定しないと困るからな」
リストにはいつものココ鳥やボア、牛肉となるバイソンや川魚が数種類のっていた。
「今のところこの王都周辺の森でココ鳥やボアの異常発生とか、逆に凶暴な上位種の魔物が現れたみたいなイレギュラーな依頼はなさそうか?」
「そうですね、周辺の魔物の生態バランスはずっと安定してます。森の奥まで行くとわかりませんがそこまで行く必要はないと思いますし、とりあえずはリストを参考に狩っていただければ大丈夫です」
「了解。よし、これで仕入れのルートも完璧だ。ありがとう」
ギルドのサポートがあり、これで本当に開店へ向けての障害はすべて消え去った。
ギルドを出て俺は手に入れた高級住宅街の「家」へと向かった。下町の騒々しい騒音から離れ、静寂が支配する美しい街並み。その一角にある、白亜の壁に囲まれた新しい家だ。
大きな鍵を差し込み、広々とした扉。
「……ただいま」
声を出すが戻ってくるのは静かな静寂だけだ。玄関を入り、運んだばかりの荷物が少しだけ置いてある広いリビングに足を踏み入れた。
前の家なら二階に上がればアイリスやルナのにぎやかな話し声が聞こえてくる、そんな温かい「気配」があった。
「……うん。これは、ちょっと寂しいな」
ポツリと独り言が漏れる。今までは一人の時間なんて贅沢だったと思っていたが、仲間たちと過ごす温かさを知ってしまった今の俺には、この静けさと広さは寂しいものがあった。
そして、寂しさ以上に現実的な問題が俺の目の前にどっしりと横たわっていた。
「……というか、これ毎日掃除するの無理だろ」
リビングの床を見つめ、寝室を考え、さらに最新鋭の魔導設備が揃ったあの広大な厨房を思い出す。 料理人として厨房の掃除や手入れは一寸の妥協もしたくない。しかし、この家のすべての空間を、毎日の店舗営業をこなしながら俺一人で完璧に掃除して管理して維持していくのは、どう考えても肉体的なキャパシティを超えている。
(……これは、あれか。この家を管理してくれる『メイド』さんが必要かもしれないな……)
異世界にやって来て、ついに「メイド」なんていう元の世界では想像もつかなかったような貴族じみた悩みを恐れることになる。
俺はキッチンへ行き最新の魔導コンロに火をつけ、自分一人のための簡単な夕飯の準備を始めた。フライパンが熱される音を聞きながら、頭の中ではすでに新店舗のシミュレーションが始まっている。
ちなみに、アイリスとルナを雇うときに俺が三食作るという条件を付けていたんだが、自分たちで作って精進したいということもあり、その条件は結局「たまにおいしいものを食べさせて」というものに変わった。
屋台が終わった寂しさや静かな家の寂しさはあるが、その寂しさを吹き飛ばすほどの熱い情熱を胸に、俺は新店舗のことを考えながら料理をして過ごした。




